第四話、居酒屋 好きとは

好きという感情が分からない。

好きと言われたら、こっちも好きな気がしてくるものだろう。それで良くないか。

可愛いと好きは違うのか、可愛い子は好きだ。

可愛い子が好き、好きな子が可愛い。そうなってくると鶏が先か、卵が先か、哲学的な話になってくる。

そもそも可愛い子は俺に気がある。つまりは、俺に気がある子が可愛く見えているということだ。分からない時もあるが、近づいて様子を見ていたら直ぐに分かる。好意というのは見えやすく、好かれているな、と感覚的に分かる。

そこで俺の性的興奮を呼ぶか呼ばないか。後藤は呼ばない。あの子は呼び起こす。だから好きかと問われれば、答えはイエスだ。


後藤のことも好きだ。後藤は可愛くはないが、良い奴で一緒にいて楽だし、そもそも俺のことを嫌っていない。俺は俺を嫌ってない奴も好きということになる。男の友情と言ったところか。


好きになられて、好きになって、そして飽きたり、飽きられたり。恋愛はそれの繰り返しだろう。俺は何か間違っているのか。後藤にとやかく言われる筋合いはない。

後藤と俺の好きが違うだけだ。



「後藤は?好きな子でもできたの?」

後藤が箸を止めてこっちを見た。

「なるほどね。だから誘ってくれたんだ。」

後藤の恋愛に露ほども興味をそそられないが、聞いてほしいなら話せばいい。

「聞くよー。」

後藤の恋愛話は全く面白みもなく、誰にでも笑顔を振りまいている総務課の女と仲良くなったが、飲みに行く時はいつも何人かで行っていて、二人で行きたいが誘えない、という陳腐なものだった。

その女と一度関係を持ったが、直ぐに別れた、というより付き合ってもいないことは後藤には伝えない。

「笹井さんね。一回誘ってみて様子見しかなくない?」

「誘えないから困ってるんだよ。」

後藤は顔を覆って、情けない声を出した。後藤は酔うと、感情が顔に出やすい。笹井より後藤の方が可愛いけどな、と思った。

「そんなにいい女?」

本音が出てしまった。愛嬌があって可愛らしい感じだったが、実際はこっちが誘ってもいないのに、酔った振りをする女で遊びだろうと乗ったところ、翌日には彼女面する女だった。

「田村のいい女の基準がおかしい。ここの店員よりずっと美人だろ。」

声を潜めて、後藤らしからぬ発言をした。よっぽど惚れているらしい。

「そう?あの子の方がよっぽど可愛いけどね。」

「田村の目がおかしい。どうしたら良いと思う?脈なしかな?」

脈はないし、当たって砕けないと、ずっと都合の良い財布だと思われたまま、良いように使われるのが目に見えている。

「頑張れよ。当たってないと砕けるかなんか分かんないじゃん。男は押した方が良いんだよ。」

「それは田村だから言えるんだよ。」

情けない声を出し、おしぼりで顔を拭きだした。おっさんぽいな、と思ったが、それを見ているのは面白かったので、特に注意しなかった。


俺は後藤のように、脈がない相手を好きになったことがない。好意が感じられない人間に努力しようとしたことがなかった。そして少し後藤が羨ましく思った。ただ一人の相手のことを考えて、悩んで、酒を飲んで、俺に相談しているその姿が、生き生きして見えた。


結局女子のような恋愛話をうだうだと聞いて、後藤は彼女を誘ってみることをやっと決意した。

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