第三話、居酒屋 後藤

「見過ぎだよ。」

 後藤がまた呆れた表情をしていた。違う店員が次々に料理を運んできていて、俺のハイボールもすぐに来た。この店は居心地がいい。

「この店の子は皆可愛いね。ごはんも美味しいし。」

 店員が近くにいたが、聞こえるように言った。

「田村のそういうの良くないと思うよ。」

 後藤も次のハイボールを注文し、できたての唐揚げを頬張った。

「そんなにだめ?」

 思ったことをそのまま言っているだけだ。嫌なことは言わないようにしている。良いことだけ、人が気持ちよくなるようなことは伝えた方がいいだろう。

「田村はね、顔が良いから皆その気になっちゃうよ。俺にもそういうこと平気で言うじゃん。」

 東京には慣れたはずだが、やはり男の話し方がたまに気になる。優しすぎるというか、中性的というか、これは誘われてると思っても仕方がない言い方ではないか。

「後藤は?俺でもいける?」

 ポテトサラダを掻き込み、でかい唐揚げを口の中に入れた。

「これ旨いね。」

「無理無理。絶対無理。」

 そう。話し方が中性的でも中身は男。分かりにくい。

「残念。」

 ちっとも残念ではないが、そう言っておく。

「田村はね、それで許されるところがむかつくよ。誰にも本気じゃない感じあるじゃん。好きとか思ってなくても言える人。」

「好きな子にしか言わないよ。」

「さっき俺にも言ったじゃん。」

「後藤のこと好きやから。」

「違う違う。好きってそんな軽いもんじゃないから。」

 後藤は会話に疲れたようで、長いため息をもらし、焼き鳥にかぶり付いた。この会話は終わりのようだ。俺も唐揚げと焼き鳥を貪り、ハイボールで流し込む。

 先程の女の子が料理と後藤のハイボールを、少し緊張した面持ちで持ってきた。刺身は普通先に来るものだろう、と思ったが言わない。嫌なことは言わない、良いことだけ言う。

「ありがとう。ほっそいのに一気に持ってきてくれたん。」

 笑顔を向ける。

「…いえ。これくらい持てます。」

 後藤の視線を感じたが、そのまま続けた。

「彼氏おるん?」

 女の子の緊張が伝わる。これはいけそうか。

「まじでやめとけって。そいつ良いの顔だけだからほんとにごめんね。」

「すみません。」

 それだけ早口で言い放ち、逃げるように行ってしまった。

「プライベート邪魔しないでよ。」

 だし巻きが旨い。この店に決めて良かったと思える位それは旨かった。

「これも旨いよ。後藤の注文センス最高。」

 満面の笑みを後藤に向ける。

「ほんと嫌いになれないのが辛いよ。思ったこと何でも言って、相手のこと振り回して、素知らぬ顔で好き放題してても許されるんだよね。」

「思ったこと言った方がいいじゃん。」

 後藤の語尾を真似し言ってみたが、相手には伝わっておらず、後藤は話を続けた。

「あの子のこと好きになったの?」

「誰のことー?」

 一応惚けてみたが、後藤は彼女の心配を本気でしているらしい。正義感が強いというか、貞操観念が高いというか、男にしておくのが勿体ない。

「後藤が女だったらな、貞操観念高いから安心やわ。」

「女でも田村とは絶対付き合わないけどね。」

 後藤は顔をぶんぶん振りながら言い放ち、刺身に取りかかった。

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