スペシャルケーキ

慌ただしく材料を並べる。


牛乳、卵、砂糖、バター、ベーキングパウダー、苺、コーヒーリキッド…。

「アズサ!グラニュー糖計った?」

「はい!」

小豆河あずきがわあずさ飴村あめむら二十日はつかは公立中学校の家庭科室にいた。

曜日は日曜。許可を得て使用している。

「沙弥さまは動けないからね。とびっきり美味しいのつくって差し入れるわよ!」

「はい!」

梓は慎重に秤のメモリを見て、メモ通りに材料を取り分けていく。

飴村は手際よく生地を作り始めた。

「町田さんって今どんな感じなんですか?」

あの事件からもう一か月近くたつ。

かなりひどい怪我をしていたし、骨も折れている。

「骨折って普通治るのに半年くらいかかるのよ。町田旭は使えないと思った方が良いわ。」

「……余った材料でなにか差し入れを作れないでしょうか。」

「余るわけないでしょ。けど…そうね、後で見舞いに行く?」

梓は困り眉毛で小さく頷いた。

「何よ。なんかしちゃったワケ?」

「守れなかったことを気にしていたのに何の気づかいもできず、そのあとも何も連絡をしていないので…失礼かなと思ってまして…。」

「あー。沙弥さまと町田が同時に骨折してたら沙弥さまへの心配で頭いっぱいになって当たり前よ!あんたは正常!」

飴村は梓の頭を勢いよくはたいた。

「私たちは恋敵ではあるけど、恋仲間でもあるからね。気持ちはイターイほどわかるわ。」

ケラケラ笑いながら飴村が梓の頭をぐりぐりと撫でまわした。

髪の毛をぐしゃぐしゃにされた梓は、「でも」ともごついて少し考えた。

「人としてはやばいですよね。命張って守った人に冷たい態度をとったんですから。」

「確かに。」

迷いがない飴村の肯定に、梓は苦笑いで返した。

「ぼくがその場にいたら、たぶん自分の命さえ危なくて…沙弥さんがぼくを守ろうとしてしまうと思います。それなのに町田さんに冷たい態度を取るのはおとなげ…。」

「ガキ。」

飴村は口を平たくして意地悪く笑った。

「ガキでした。」

梓が緩く笑いだすと、飴村も声をあげて笑いだし、空気が解れていった。








甘く芳ばしいかおり。

コーヒーの香りを閉じ込めたスポンジケーキが焼き上がった。

それと同時に、長身の男性が調理室のドアをノックした。

「配達しに来たよ。」

低めの甘い声とシルエットからも読み取れる整った外見。

飴村と梓はドアを注視した。

「遅かったわね、景樹けいき

連れがいるみたいだけど……ワンコかしら?」

気配が一人ではなかったため、警戒を解かずに答えを待った。

「おや。」

と、高めの透き通った声。

飴村は目を輝かせて駆け寄った。

梓もその声を聞くと、飴村に負けないくらい爛々と喜びに表情を任せた。


「お前が犬みたいだな。飴村。」

「さやさまぁああ!!!本物!本物!!クンカクンカ……スーッ……はぁ!!」

抱擁をした後に激しく息を荒げる飴村。

景樹は襟を掴んで引き離した。

「流石に気持ちが悪いぞ飴村。」

「すみませーん……。」

どんよりした顔の沙弥に、それでも喜びで顔を綻ばせたまま飴村は謝罪をした。


「沙弥さま、ケーキがもうすぐ仕上がるんです!」

「何と。これはとても美味しそうだ。私も一緒に仕上げたいが、良いかね?」

「はい!是非! 」

梓も後ろでこくこくと頷いた。


「沙弥さまが好きなコーヒーを加えた特別スペシャルなケーキです!」

にっこりと、飴村の素直な笑顔に場にいる全員がつられた。

「俺は飲み物を買ってきたんだ。並べるよ。」

「ありがとうございます!では、コップを……。」

梓は景樹を食器棚に案内した。


沙弥は、久々に緊張をほぐした。

「息はこうするものだ。」

ゆっくり吐き、ゆっくり吸う。

にこやかに調理器具へ手を伸ばした。


ふわり、ミルクのかおりと、コーヒーのかおり。

そして甘酸っぱい苺のかおり。

それらを混ぜ合う。



そのまま…―

甘く芳ばしく、特別スペシャルなケーキと一時ひとときの安らぎを味わった。


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