どうも。

「どうも、藤枝沙弥ふじえださやです。

目が覚めたら、薄暗い倉庫らしき建物の中に居ました。」

虚しく声が響いた。

沙弥の後ろ手は紐で拘束されている。

強く引っ張っても取れないし、縄抜けの心得もない。

「見張りが見当たらないから呟いてみたものの、全く反応がないな。」

入り口は閉まっているが、古い倉庫らしく隙間から外の光が差し込んでいる。

どうやら外は明るいようだ。

沙弥は足に目をやった。

膝を縛られている。

いや、その前に…違和感があった。

「私は、足を折られた筈だが。」

パタパタと足首を動かしても痛くない。

骨折は一晩で治るものではない。

確かにあの夜、派手に折られたし…異様な腫れ方をしていた。

考えても仕方がないと、また改めて周りを見渡した。

窓はすべて塞がれており、薄明かりの中、小さな手洗い場、粗野な机、ビニールシートとバケツや工具類が見えた。

壁際には雑多な物が詰められた棚、サーキュレーターと小さな事務机も一つあるようだ。

広さの割に物はかなり少ない。

さらに目を凝らすと、何かが置かれていた跡がいくらか見えた。

「……町田君は無事だろうか。」

考えが纏まらず、諦めて瞼を閉じて横になった。

沙弥には自在に取り出せる記憶がある。

だがそれは全て以前起きた情報――過去だ。

こういったイレギュラーなものにはどうしようもない。

いくら膨大な情報を持っていても、身体能力は普通だ。景樹ほど頭が回るわけでもなく、簡単には抜け出せない。


「仮にここを出たとして、そもそもここはどこだ。

運ばれてる最中……アイツが受け渡しの……そうだ、小さい奴に渡された時に何か飲まされたな。

そこから意識がない。睡眠薬か?」

ぶつぶつと思い出せる範囲を整理した。

「中々に独り言が多いんだね。」

一人、声がした。

「やっと反応してくれた。寂しかったよ。」

だが、姿はまだ見えない。

「何故私は怪我が治っているのかな?」

続けて沙弥が話しかけた。

声は少し困ったように黙った後、おずおずと答えた。

「まだ仲間が皆出払っているんだ。君に情報を与えすぎたら怒られてしまう。勘弁してくれ。」

沙弥はケタケタ笑い、少し挑発するような表情を作った。

「仲間は、はたして帰ってくるのかな?」

「え?」

声は、少し慌てた様子だった。

「私は、とても心配なのだ。

君達はやばい二人を怒らせた。私に止められるかわからんよ。大丈夫かね?」

「どういうことだ。」


やっと、声の主が現れた。

痩せ型の若い男。高校生くらいだろうか。

猫背で怯えた表情をしていた。


「やあ、どうも。」

沙弥は、薄暗いながらもゆるりと照らされたその姿をしっかりと見て、


「田村キミノブ。キミノブは本名でカタカナ。今から三年後に賞をとった教授の助手。名前が特殊だから覚えやすいね。」

沙弥に言い当てられ、田村は慌てて隠れた。

「一度思い出せたら無駄だよ。出て来て話し相手をしてくれよ。」

「君は知らないんだ!怒られたら、殺されるかもしれないんだぞ!」

「少なくとも私をさらった男は、ニュースに出てないなら…高い確率で死んでいるぞ。」

田村が情けない声をあげながら再び姿を現した。

「ど、どういうことだ!?君も見ただろ?アイツは素手で人を殺せる上に、で『隠密』を貰った筈だ。殺しはしても殺される事はない。」

「ほー。君らはギフトと呼ぶのか。そして隠密…そうか、だから町田君の反応が遅れてしまったのか。」

田村は慌てて自分の口を塞いだ。

涙ぐんでいる。

「私から離れなければ死なないように配慮してやろう。」

沙弥はニヤリと笑って誘惑した。

「つ、捕まってるのは君だぞ!?優位なのは俺たちだ!」

田村はハッとしたあと、深呼吸してから笑顔に変わった。

「ハッタリか。やめてくれ俺はビビりなんだ。」

「そうだね、やれることがなくてからかったのは事実だ。だが、」

沙弥は真顔で続ける。

「この事が起こる前からうちの暴れん坊が姿をあまり見せていないんだ……。アンタらが見つかってるのはほぼ確実だ。

逮捕されるか消されるか。…機嫌次第だろうね。」

真っ直ぐ放たれた言葉に、田村は息を飲んだ。

「私はどれ程寝ていた?」

「骨折を治すのに丸一日かかったから…今日で二日目かな。

水や食料、排泄管理を任されたのにずっと起きないから心配になってたところだ。」

「そんなに…薬で寝かせたのか?」

「初日は薬だけど

……怪我を治す時にリスクで眠ってしまうから…それで長く寝たんだと思う。」

沙弥は平静を装っていたが、内心穏やかではなかった。

ギフト?骨を治す?リスク?

聞きなれない情報で混乱しかかっている。

ただ、『ギフト』については理解できそうだった。

事実、大男が空気のように景色に溶け込んで気配を消したり、骨折が短時間で治ったり……魔法のような出来事が立て続けに起こっている。

沙弥自身も膨大な記憶をチョイスして引き出せる…充分マジカルな状態だ。

それをギフトと呼ぶのなら……。

「田村君。まさか君も神に会ったのかね?」

田村は、静かに頷いた。



大雑把な神だ。

複数のやり直し人生を同時に起こしたのか。


そんなの


「滅茶苦茶じゃないか。」



沙弥は奥歯を強く噛み、軋ませた。

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