反撃②

飴村あめむらが軽やかに町田のいる階に潜入した。

トイレの個室に入り、看護師の格好になる。

あの長い髪をどうしまったかわからないがシンプルな黒髪のひっつめになり、顔つきも派手なメイクからナチュラルメイクで一重つり目の東洋人らしい顔に変わった。

堂々と廊下を歩き、ナースステーションに到着すると、なれた手付きで書類を取り出す。

「あれ?松嶋さん今日でしたっけ?」

「ええ…。」

『松嶋』と声をかけられた飴村は、自然に返事をした。

「谷さんと変わったのよ。」

声も別人のようで…着替えるところさえ見なければ到底飴村とは思えない。

「お疲れ様です。急いでいるみたいですがなにか?」

「町田旭さん、緊急で移動させるわ。手伝って。」

「ナースコール鳴ってませんでしたよ。」

「ここに来る前に覗いたら容態が悪化していたの。急いで。」

「…ッ、はい!医師せんせいは?」

「連絡済み。」

飴村は急ぎ足で、町田の元に駆けていった。










薄暗い廊下に非常口の緑色の光が反射し、滑らかに彩る。

夜の病院というだけで不気味だ。

大男は異常なほど薄い気配で、慎重に移動していた。

「早く処理しねぇと。」

病室の番号を確認する。階がかなり上だ。

確認したメモを面倒そうにくしゃっとポケットに突っ込んだ。

エレベーターでは録画で記録が残るし、鉢合わせた時に面倒だ。

ため息をついて暗い階段を地道に昇った。



目当ての階の、目当ての部屋には町田はいなかった。

パタパタ走る足音と、話し声が聞こえる。

「アナタはステーションで待機して。」

「え?町田さんは?」

「私と医師せんせいでなんとかする。こういう時こそ他の患者に気を回さなきゃ。

頼んだわよ。」

「はい!」

男は静かに聞き届けると、町田の対応をすると言っていた看護師のあとをつけた。


看護師が個室に入り、暫くすると電話をしながら出てきた。

「ええ、はいそうです。…今はICUに移しました。出来るだけ早く来てください。」

医師と連絡を取っているのだろうか?

慌ただしく駈けていった。

「仕事をひとつ減らしてやる。」

ニヤリと口の端をねじ曲げ、男は個室に侵入した。

物々しく複数のチューブに繋がれ、心音を計られている町田の姿がそこにあった。

「昨日ぶり。あばよ。」

腕捲りをして近づくと…。



ぐらり。


景色が斜めにまわった。

地面に身体が吸い付くように近付き、男は立てなくなった。

「な……。」

倒れこんだ身体を起こそうと手を伸ばすと、腕の力も水を抜くように急速に弱まり、意図しない方向に振られた。

鈍い音を立てて床を叩く腕は自由を失い、次第に感覚が失われて冷たい床にはりついた。

大きな身体が完全に力を失い、床に転がっている。

そこへ、看護師の影がゆっくり男に近付いた。

「確かに、何も感じなかったわ。こんなデカブツなのに気配を消せるなんて生意気ね。」

倒れた男の即頭部を看護師―飴村あめむらが蹴った。

鈍い呻き声と共に、恨みに目を細めた男が、力をこめて見上げようとした、が

「う…ごけ……ねぇ―――ッ!」

脂汗が滲み、冷や汗に代わり、目玉を動かすのがやっとだ。

女を見上げられない男は、悔しそうに女の影を睨んだ。

「本来なら拘束して情報を聞き出すの。

だけどね、わたしもうダメなのよ。」

飴村の顔は暗闇にとけている。

「許せない。」

うっすら、窓から入る薄い街灯の明るみが、少しだけ彼女の姿を撫でた。

飴村はガスマスクをしていた。

「死ねよ。クズが。」

飴村は低い声で呪うと、二度、男の頭を足蹴にした。

そして、液体の入った小瓶を傾けて、男の顔にを垂らした。

大男は、激しい痙攣と…獣のような形容しがたい呻き声を最期に、息絶えた。


「あぁ……ダメよ、ダメダメ…苛立つ。糞が。糞が。――糞が。……絶対に許さない。」

飴村は耳上の髪をガリガリ掻き、絞り出すように薄暗い感情を呟き、床に転がる遺体をまた、足蹴にした。



「全部ブチ殺してやる。」



ガスマスクの奥で、飴村の表情は歪んでいた。

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