反撃①
日は沈み、病院もしまっている。
二人は病院の正面横の生け垣の隙間をぬって近づき、非常階段まで近づいた。
階段裏にしゃがみ、小声で話しはじめた。
「アズサ、あんたはこっちからまわって……。ああでも、靴がダメね。」
飴村は鞄から布を出すと、梓の靴を底ごとくるんだ。
「足音は減るけど滑りやすいから気を付けて。」
「お見舞いではなさそうですね。」
「ええ。……この壁沿いに行くと一ヶ所窓が開いてる部屋があるから、そこから入りなさい。
見つかったら町田に会いに来たと素直に話しちゃって良いわ。で、電話はこれ。」
飴村はシンプルな小さな携帯電話を梓に握らせた。
「めっちゃ古くて立ち上がりにもめっちゃ時間がかかるし、こちらからの電話しか受けられないわ。」
「やばいですね。」
「見つかったらこれを出して時間を稼ぎなさい。 」
街灯に照らされた、飴村の目がニヤリと光った。
「失敗したら殺すわ。」
「ひぇ。」
鋭い眼光に身をすくませる梓に、喉を鳴らせて飴村が笑った。
「OK。足だけはしっかり。立ち会いたければ。
合流はここ。地図を見て頑張りなさい。」
小さなペンライトと地図も渡し、梓は壁沿いに動き、飴村は非常階段をのぼり始めた。
・
・
梓は窓下で縮こまっていた。
窓は…受付裏のすぐ
(こんなの見つかるよ!飴村さん、まさかわざと?)
両手で口を覆い、身を潜ませた。
バクバクと鳴る心音のせいで穏やかな心持ちでいられなかった。
看護師が話をしている。
患者の話、時間帯の話、仕事の確認。
「町田さんの所にお見舞いに来ている吉田さん、凄いわよね。」
「二人とも警察らしいね。勤務を終えて帰る途中に襲われたみたい。」
(町田さんが沙弥さんを守ってるって話…いってないんだ。)
身動きのできない梓はそのまま話を聞き続けた。
「すみません、まだ面会できますか?」
野太い声。姿は見えていないから、男だろうとしかわからない。
「あら?正面はもう閉まっていたはずですが。どなたにご用事ですか?」
「町田旭。」
吉田の声はもっと軽くて高い。いったい誰の声だろう。
梓はさらに耳をそばだてた。
「町田さんなら回復も早いみたいで話はもうできそうです。明日なら面会できるかと。時間帯は――…。」
鈍い音と悲鳴。
何が起きた?
つんざく悲鳴、また鈍い音。書類の落ちる音。
椅子の倒れる音。
逃げ出す音。それを引き倒す音。殴り付ける音?音。音。
嫌な汗が滲み、壁の一部のようにさらに貼り付いて、梓は祈った。
半開きの―梓が真下で
頭のすぐ上で、何者かの手が窓枠に触れている。
痛いほど心臓が鳴った。緊張で視界が霞む。
ぬっと、影が落ちる。
その、地面に落ちた大きな影を見て口を覆う手に力をこめた。
―――――――動けない。
視線もやれない。目玉の動きでもばれてしまうのではと、意味もなく目を
外の様子を見ているのだろう。首をつき出して、病院の外から受付の様子が見られていないか確認したのだろうか?
生け垣の奥はコンクリートの壁が高く作られている。観測者はいない。……窓下にさえ目を向けなければ。
数時間とも思える数秒が終わり、乱暴に窓が閉められた。
息を止めていた梓は、慎重に呼吸を再開した。
(飴村さんに連絡いれなきゃ…。)
メールを入れようとポケットに汗ばんだ手を入れた時……。
「こんなところにいた。」
梓は、ゆっくり顔を上げた。
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