違和感。

事務所に、人気ひとけがなかった。

街灯が薄くついただけの暗闇の中、慌てて走り出す。

もつれそうな足と、血の出そうな荒い呼吸。

探しても、探しても…。

家には彼女はおらず。

事務所にもおらず、いつもの店にも。散歩道にも。

最後に寄った公園も、暗がりに浮浪者が数人いびきをかくだけで目的の彼女はいない。

情けない呼吸とだらだらと垂れる汗を落ち着かせようと蛇口を捻り、少しだけ水を被った。

「糞が。」

重く呪いを込めたような声が絞り出され、低木の影にかくれていた浮浪者が小さく悲鳴を上げ、怯えて逃げた。

鬼のような目付きで八つ当たりをするように殺気をばらまいている。

睨むように辺りを見渡し、彼女がいないことを改めて確認すると…その場に座り込んだ。

深く息を吐く。


そして、途切れてぶつぶつと雑音を放つ無線に耳をあてて祈った。


「無事でいてくれ。」










小豆河梓あずきがわあずさは朝を迎え、ひんやりとした空気を吸い込んだ。

少し伸びをすると、窓の外の白い空を見上げた。

淡く雲が光っている。

貧血のような嫌な汗がにじみ、少し陰鬱とした気分になった。

切り替えるために洗面台で冷たい水を捻りだし、顔を洗った。

「さて、今日も頑張ろう。」

早めに準備してメモを見直す。

梓は慎重にメモを確認し、深呼吸をした。

「行ってきます。」

沙弥の隣に立てるように。


確実に成長していこうと努力をしていた。




なのに。







呻き声。





日中も日が差さないような暗がり。

細い路地…雑草だらけで、エアコンの室外機が並ぶだけの、人が通るようなスペースが殆ど無いその隙間に。

見覚えのある男がボロボロになって転がっていた。

思わず声が上がる。

「ま…町田さん!?」

駆け寄り、体を起こすと町田は痛みでまた呻いた。

擦り傷、打撲…大きな出血はないものの、かなり危険な状態だ。

「何があったんですか!?救急車呼びますね!」

「ごめん……沙弥さんが……。」

心臓が縮み上がるような寒気を感じた。

(沙弥…さんが……?)

息をのみこんで、続きに耳を傾けた。

「さらわれた。」

絞り出すように、最悪な報告をして、

町田は意識を失った。



梓は救急車より先に、景樹けいきに電話をかけた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る