新しい日常

想定以上に、あずさは沙弥の片腕として仕事をこなしていた。

少し前まで小学生だったとは思えないレベルだ。

町田は梓を気に入ったようで、報告は梓から聞いている。

「町田君。」

梓は沙弥の今までの手書きの書類をスキャンしたり、打ち込んでまとめたりしている。

「必要な部分だけわかりやすく纏められていて助かります。」

「良かったです。」

梓は照れ笑いをしながらも、何度も自分の作ったデータを見直し、慎重に仕事をこなしていた。

「町田君。」

景樹けいきさん程のスピードはありませんが、沙弥さんよりスピードがありますし、何より正確だ。」

「ありがとうございます。」

梓は照れながら頭を掻いている。

「町田君。」

「あの、町田さん、沙弥さんが呼んでいますが。」

「……。ではお迎えの時間にまた来ますね。」

「まーーーちーーーだーーーくん!」

沙弥はツカツカと町田のそばに歩み寄って耳の近くで叫んだ。

「うるさいです。」

「呼んでいるのだぞ!」

「用が無いのに呼んでいるでしょう。」

「そうだ!」

えへんと鼻息を荒くする沙弥を見て、ため息をつきながら町田は玄関に向かった。

「まちだくううううん!!!!」

「用がある時だけ呼んでください。」

「私と君は友だろう!?もう少しフレンドリーな会話をしようじゃないか!」

「私は貴方に恋愛感情が無いので、その懐き方は全く嬉しくないです。」

沙弥はぽっと顔を赤らめて喜んだ。

梓は複雑な顔で眺めている。

(恋愛感情を持たずに関わるとこんなにかわいい沙弥さんが見られるのか。

いやでもそれで恋愛感情が沸いたらこの顔が見られなくて…、でも恋愛感情無しで近づいたって前提で……。)

小豆河あずきがわさん。あまり考えすぎないでください。この沙弥さんはただ子供っぽいだけですよ。」

「それが可愛いので困っているのです‼」

「……はい。」

町田は一礼をして早々と出て行った。

「つれないなぁ。」

沙弥は残念そうに見送った。



景樹はあまり顔を見せなくなったが、電話は頻度高くかけてきた。

沙弥が冷たく相槌あいづちを打ち、梓と電話をかわる。

問題点、沙弥から聞き出したい事、今まで纏めたデータなどを話し合う。

梓に仕事の仕方やパソコンの使い方を教えた先生は景樹なので、スムーズにやり取りができている。

一通り話し終えると、学校の様子も報告していた。

沙弥は耳をそばだて、順調に過ごしている事を聞くと、胸を撫で下ろした。

(怪我もしていないし、友人もできたようだ。怯えていたあの頃が嘘のようだな。)

手書き書類を書き上げると、時刻は既に夜八時を過ぎていた。

「いけない、今日も遅くなってしまったね。寝不足になってはいないかい?」

「沙弥さんとお仕事をすると満たされた気分になるので、とてもよく寝られます。」

梓はニコニコと作業を終えた机を掃除しながら答えた。

そして、町田が迎えに来る。



新しい日常。

新しい平和。



梓が雑務をこなし、データを管理するおかげで沙弥は思い出すことに集中できる。

絵や図が必要な情報が多いので、手書きの書類の方が沙弥は早く書き上げられる。

それを梓が必要分スキャンし、データを見やすく纏めるおかげで景樹や町田が別の作業に集中できた。


スムーズに、平和になっていく。


だから、より、厄介になってしまった。



元々沙弥は疎まれる存在でもあった。



だからより、早く……動き出そうと。

沙弥の変えた未来が。変えた人災が沙弥を鋭く狙い始めた。



それだけは沙弥には読めないのだ。





薄暗いビルの奥で、景樹は口を覆って眉を顰めていた。

「どうしてこう埃っぽく臭い場所が多いんだか。」

足元に転がった災害は、沙弥が予測していないものだった。

「範囲外。って事はこれは沙弥狙いか。」


新しい日常。


あたらしい平和。


「町田を沙弥から離れさせるわけにはいかないし。

梓が思った以上に使えて良かった。」


新しい人災。事件。


「俺一人じゃそのうち殺されるかもしれないな。」

自嘲しながら景樹は無線を繋げた。

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