仕立て屋


沙弥のいる白い看板の事務所がみえる角の路地で、

小豆河梓あずきがわあずさは壁越しに覗いていた。

キョロキョロ左右を確認し、誰もいないことを確認して、事務所のあるビルへ小走りに……向かおうとしたところ、背後から襟を何者かに掴まれた。

「おいチビ。」

凄まれ、萎縮しておそるおそる振り向いて声の正体を確認すると、背の高い若い女性だった。

フリルだらけで派手な配色の衣服を着て、髪を高く二つに結んでいる。

結ばれた髪はくるんと大きく巻かれている。

髪型や服装だけでなく化粧も派手だ。

しかし、香水は見た目のイメージと違っていて……ふわりと何かの花の香りがした。

スッキリとした清涼感のある、でもどことなく柔らかで控えめな香り。

警戒と苛立ちの表情が彼女の魅力的な見た目を鈍らせていた。

「な、なんでしょうか。」

「あのビルに行こうとしたでしょ!ストーカー?」

「違います!っ…。」

梓は詳細を言いかけた所で言葉を止めた。

短期間だが景樹に躾けられた事がよぎったのだ。

人と、慎重に話すこと。

まだ頼りないが、こういう時こそ慎重に応対しなくては、と身構えた。

(初対面だし、相手が話すまで待とう。聞かれたら必要なことを見極めるんだ。)

「…生意気ね。可愛くないわ。」

「初めて言われました。」

最近梓は方々ほうぼうで『かわいい』と言われていたため、素直な感想を漏らした。

嬉しいようで目が少し輝いている。

「訂正するわ。可愛いわ。悪い意味で。」

一気に梓の頭が垂れた。

「あんた、関係者か用事のある子でしょ……。もしかしてアズサ?」

「!」

「正解のようね。行くわよ。」

女性は梓を引きずりながら沙弥の事務所に向かった。



---




ドアを開けると女性は別人かと思うくらいパッと明るい表情になった。

「沙弥さまぁ!!!!おはようございまーースッ!!」

飛び付く勢いで沙弥に駆け寄る女性。

沙弥は慣れているようで半身でかわした。

「危ないぞ飴村あめむら。私を怪我させたら悲しむのはお前だろう。」

「すみません沙弥さま!お美しすぎて気持ちが勢いに!」

梓はノリについていけず、口を半開きにさせて眺めていた。

「おお、アズサくん!おはよう。」

「夕方ですが。」

「仕事の挨拶は何故かおはようが定番なのだよ。玄関の鍵を閉めて早く中に入ってくれ。」

「そうよボケチビ!さっさと鍵を閉めないと危ないじゃない!」

飴村と呼ばれた女性は文句を言いながら沙弥に手を伸ばした…が、沙弥に本でガードされていた。

「鍵を放っておいて抱きついてきた大人の台詞とは思えないな。 」

「はきゅん!すみません!!」

梓の瞼がほんのり呆れぎみに下がってきたが、沙弥の安全が優先、と丁寧に鍵を閉めた。

内側のドアロックと数ヵ所の鍵を確認し、全て閉めた。

「ご苦労。そうしておけば私以外は開けられなくなるのだよ。カードキーは真ん中しか開けられないからな。……と、その前に彼女を紹介しよう。」

沙弥は先程から騒いで興奮している女性を梓の方に向かせた。

飴村二十日あめむらはつか、26才。服屋を営み、クリーニングが得意でとても耳聡い。

私の大切な依頼主でもあり、協力者でもある。

私に最新の情報を提供してくれる代わりに、私は彼女にの提供と私の服を仕立てさせてやってる。」

「仕立て…させて?あと情報って……?」

「彼女は好みの服を仕立て、私に着せるのが幸せなのだそうだ。情報については飴村の挨拶と仕立ての仕事が終わった後に話そう。」

「沙弥さまー。こんなガキに話して平気なんですかー?」

「ガキではなくアズサくんだ。小豆河梓あずきがわあずさ。」

「あ、アズサ。」

「よろしい。初対面には礼儀を持って接した方が良い。」

「はい…。」

少し気落ちする女性―…飴村に、沙弥は少しかかとを上げて背伸びをしながら軽く頭を撫でた。

飴村は真っ赤になってくねくねと身をよじらせて喜んだ。

梓は猛獣を手懐ける飼い主のようだと眺めていた。

「オスガキが…見てんじゃないわよ。」

「飴村。」

「すみませんっ!!!でもだってアイツ!じっと見てきてー!」

「自分が受け入れた注意をこんな短時間で忘れたのか?言葉を軽くする行為は愚かだぞ。」

「ご、ごめんなさい…。」

飴村は言葉を噛み潰し、ぎりぎりと梓を睨んだ。

そして、何度か顔を手のひらでほぐし、無理矢理笑顔を作ると梓に近寄り、握手をした。

わざと爪を立てているようで、梓の手の内側に赤い痕がついた。

「沙弥さまを裏切ったら殺す。」

飴村は小声で梓に凄むと、梓は痛みを我慢して飴村と目を合わせた。

飴村も、沙弥に強く好意を抱いている。

まだ彼女の事を何も知らないけれど、きっとこれは沙弥の外見に対してだけの好意じゃない。梓はそう感じた。

「ぼくも同じ気持ちです。」

スルッと出た言葉に梓自身も少し驚いたが、その素直な反応が飴村に梓の言葉を信じさせた。

敵意が殆んど消えた目の光を梓に合わせ、飴村は笑った。

「なるほど。さすが沙弥さまね。

わたしもあなたを育ててあげるわ。アズサ。」


沙弥は少し安心したようで、三人分のコップを取り出してお湯を沸かし始めた。




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