久しぶり


あずさは大理石の床を緊張しながら歩いていた。

見知らぬビル。町田はもう帰ってしまった。

見渡せど人の気配はない。

景樹けいきさん、どこだろう。」

不安になりながらも、奥へと進む。

(本当にここにいるのかな?)

町田が案内したのだから間違いではない筈なのだが。

疲れた梓が柱に手をつくと、

「ああ、いたいた。」

景樹が現れた。

「会うのは久し振りだね。怪我はどう?治った?」

「はい、もう痛くないです。」

「良かった。じゃあ、こっちに来てくれるかな。」

梓は景樹に案内され、小さめの部屋に入った。



景樹は電話で話した通りのゲームとノートパソコンを用意した。

「この後の時間大丈夫?」

「はい。」

「泊まったりできる?」

いきなりの提案で梓は戸惑いながら携帯でスケジュールを確認した。

「親に電話して許可が貰えたら大丈夫です。」

「うん。手配は終えているよ。」

にっこり笑う景樹に梓は背筋をゾクっとさせた。

(この人に助けてもらって大丈夫なのだろうか。)

「大丈夫さ。」

クスクス笑いながら景樹が言った。

梓は口に出していない筈だと口に手を当てて慌てている。

「顔に出すぎなんだよ。君は。」

ゲームを起動しながら景樹は携帯を隣に置き、同時に何かを打ち込んでいる。

「梓君。」

「ハイ!」

緊張して肩が強張り、声も裏返ってしまう。

「君はこれから暴漢に襲われそうになって警察で一晩預かり、守ることになっている。」

「!?」

「だからその時刻になったら家に電話するよ。…そうだね。二十時くらいに俺が電話をするから、梓君は怖がりながら親に説明してくれ。できるかい?」

「…やります。」

景樹は優しい微笑みを浮かべたまま静かに頷いた。






----







日が昇り、沈み……最後に梓と沙弥が顔を合わせてから半年が過ぎた。

沙弥は事務所の机に突っ伏して足をバタバタさせていた。

「景樹くんも来るペースが減ったなぁ。」

小さめのノートパソコンでニュースを流しながらうだうだと過ごしている。

「僕では仕事相手として不足ですか?」

少し離れた客用ソファーに座った町田が姿勢良く書類を眺めていた。

「いいや町田さんはとても有能だ。私が景樹くんに求めているのは情報でね…。

絶対アズサくんの事詳しく知っているはずなのに奴は狡いのだ!」

沙弥は強めに机を叩き、臥せっていた顔を上げた。

むんとした鼻息で興奮したまま話を続ける。

「大体あいつはバレていないと思っているようだが、私は色々わかっているからな!

物凄く意地が悪い!性格も悪い!危なげだ!

今は私の味方をしているがいつ裏切るかわからない、悪役のにおいもする!くさい!」

無表情で沙弥を眺めていた町田が沙弥の「くさい」という発言に口元を少しぴくりとさせた。

それに気づいた沙弥がにんまりと笑顔を見せた。

「君の笑顔が見られるとはな。子供の様に駄々をねるのも良いものだ。」

「町田君が笑ったのかい?」

音もなく部屋の中に入ってきた影に町田が銃を構え警戒態勢を取り、沙弥が大きめに声を上げた。

「ああ俺だよ。景樹。」

町田がそれでも目つきを鋭くしたまま構えた銃を下げないため、景樹は両手をあげて「ごめんごめん」と謝罪をした。

町田はため息をつきながら肩の力を抜き、ソファーに座りなおした。

沙弥は指を差し憤慨している。

「気持ちが悪い!鍵を取り変えねばならないな。」

ソファーに座った町田は、机の下でまだ銃を握ったままだ。

「いつドアを開けたんですか?」

「彼女が興奮気味に語りだしたあたりでそっと入室してみた。」

「鍵を取り変えねばならないな‼」

しつこめに怒る沙弥に景樹が再び頭を下げた。

ふーふーと威嚇をする沙弥に、景樹はかわいさを感じてしまい、緩む口元を隠して息を整えた。

「もともと常連の仕事相手である町田君と俺、あともう一人は入れるようにカードキーを持っているだろう。ピッキングなどしていないよ。」

景樹は沙弥に困ったようにカードキーを見せた。

「この半年アズサくんの話題になりそうになるとすぐに電話を切るし、事務所に来る頻度まで減らして、唯一の取り柄である私への情報提供を怠っていたのだ。縁を切る直前だよ。まったくもう。」

沙弥がちょいちょいと何かを求めるように指を動かす。

景樹は口に手を当て、少し考えると

「梓君の情報が欲しいんだっけ。」

沙弥はうんうんと大きく頷いた。

その様子をたまらなくかわいく感じた景樹は、我慢ができずに隠せないほど顔を緩めた。

「きもちわるっ。」

「君が可愛いすぎるのが悪いんだ。」

ケタケタと緊張を解いて久し振りに緩んだ景樹の笑い声が短く終わると、小さい足音が景樹の後ろから聞こえた。

ようやく町田は銃をしまった。

沙弥は目を丸くして立ち上がり、前のめりに覗き込んだ。


「お久しぶりです。沙弥さん。」


少し背が伸びた小豆河梓あずきがわあずさがそこにいた。


「もうランドセルじゃないんですよ。」

中学の学生鞄を持ってはにかみながら笑う梓に、沙弥が駆け寄った。

そしてふわりとハグをする。

梓の顔は真っ赤に染まり、熱を帯びた。

「えっ!?」



「本当に久しぶりだ。無事で良かった。本当に。」




景樹は二人を短い時間眺めて、事務所を出て行った。




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