町田巡査

町田旭まちだあさひ、三十五歳独身男性。

都会から電車で四十五分離れた中途半端なこの町の交番で巡査をしている。


町田の仕事は交番での待機と、沙弥の警護だ。

同僚からは羨ましがられている。

沙弥は非常に美人で、表に出せないとある力を持つため、出かける度に町田が見守っている。

暗い道では制服で傍に立ち、家まで送るが、それ以外の移動を守る時はツナギや私服に着替えている。

待機中は巡査本来の仕事、交番近辺と沙弥の近所のパトロール等をしている。


町田は秀でて地味だ。

まあまあ肌は荒れており、まあまあボサボサの黒髪の短髪。

少したれ目でほっそりした目。

体格は平均的な日本人男性。

溶け込んだらなかなか探し出せない。

その割に能力は高い。周囲をよく観察し、耳も良く記憶力もいい。

何故巡査のままなのか同僚の吉田がいつも疑問に思っている。

「旭!今日こそ呑もうぜ!」

「お断りします。」

大きな原因の一つは付き合いの悪さ。

「同期だろ?真面目なお前が何考えてるのか知りたいんだよ。」

「吉田がうざいと思っている。以上。」

吉田が誘い、町田が冷たく断る。

それがこの交番の日常だ。

「さては女だろ!?たまに送ってるあの美少女か!?」

「あの子はただの警護対象だ。」

真っ直ぐすぎて上司にも態度を変えず、口調こそ丁寧にするもののはっきりと物を言う。

いくら能力が高くても上に上がれないし、上がらない。

町田本人が巡査のままでいたいと希望も出している。

「この交番で同期で巡査のままなのお前だけなんだよ~、仲良くしようぜ。」

無理に肩を組もうとする吉田を、町田は素早く組み伏せた。

「ぎゃふん。」

「お前は周囲をしっかり見て勉強と筋トレを頑張ればすぐに上がれる。」

「遠回しに馬鹿で弱いって言ってない?」

町田は大きく頷くと、時計を眺めてすぐに外出準備をした。

「冷たい。」

吉田はいてて、と唸りながら制服の土埃を払った。



---



「ご苦労様です。」

夜の道を隣で歩く沙弥が微笑む。

「巡査の中で町田さんが一番信頼ができます。」

「有難うございます。」

沙弥を見ずに周囲を警戒しながら町田が答えた。

「愛想笑いが下手糞ですよね。」

「…そうですね。」

「欲も無いし、どうして愚直に頑張れるんですか?」

「沙弥さんは僕に対して失礼すぎやしませんか?」

ふふ、と笑いながら沙弥が軽く謝った。

「普段から貴方がしている事なのに、傷つくんですね。」

ようやっと、町田の目線が沙弥に向いた。

「僕以外にその態度をとると、面倒な男が惚れてしまいますよ。」

「肝に銘じるよ。」

町田が沙弥にときめかない事を知っているせいか、沙弥は無邪気に町田に話しかける。

この町に沙弥が来てから、ずっとこういう関係が続いていた。




---



町田にこの仕事を与えたのは、長身の美形男子だった。

お偉いさんの息子で、エリートと呼ばれる存在。それに伴い実力も兼ね備えていて、世渡りもうまかった。

彼の周りは常に誰かが集っている。

町田と吉田と同世代で、並んでいると常に嘲笑を受けた。

吉田はそれに耐えきれず、彼が傍に来るとすぐに逃げ出す。

町田はうるさくなければ彼から下手に逃げる事はしない。

「お前は逃げたほうが面倒な追い方をするし、僕はそういう追い方から逃げきれない。」

「全くその通りだ。いつも話が早くて助かるよ…この件は慎重だから特に。

町田君に頼みたい。」

沙弥の事を軽く話し、非常に稀な存在である事と、それを世間に察させない警護をして欲しい事を説明した。

「難しいですね。」

「君の欲しいものは全て用意する。彼女が屋内に居る時は通常勤務をしていいし、もう一人信用のできる警護もつけている。警察官としてストーカー被害に脅える美少女の夜道を警護するのがメインの仕事だ。」

「そういう名目でのチンピラ避けがメインですか?」

「ああ。」

「わかりました。」

町田の答えに、男は少し驚いたように目を見開いた。

「町田なら断ると思っていた。断ってもお前しか適任がいないから無理にでもやらせるつもりだったがね。」

男はサラサラの髪を揺らし、色気のある長い睫に煙った瞳をぐにゃりと曲げて微笑んだ。

町田の周りは彼を含め、美形が多い。目立ちたくない町田には要らないスキルだが、美形になびかないせいで天然美形に好かれるのだ。

「容姿に関心が無い。高い能力。愚直に真面目。口も堅い。

しかも巡査で扱いが楽。」

「都合の良い存在なんですね。」

男はカラカラと笑った。

「わかっていて何故断らなかった。そんなに俺が怖いか?」

町田は首を横に振った。

「この仕事、僕にも都合がいいので受けました。それだけです。」

男に軽く頭を下げ、ドアノブに手をかけた。


「ああ。……景樹けいきさんを怖いと思った事はありませんよ。」

男…景樹はまた目を丸くした。

パタンと閉まるドアを眺めて頭を軽く掻いた。

「本当に、彼はどうして巡査でい続けるんだ。」


景樹は小さな写真を取り出した。

「藤枝沙弥。」

写真の中に無表情な沙弥がいた。




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