小豆河 梓
あだ名は『アズキ』。小学六年。
もうすぐ中学になると思えないほど小柄で、女子と間違われるくりっと丸い目をもった可愛らしい顔立ちにサラっとした小豆色の髪。
おずおずとはっきりと物を言わない弱気な態度は、わかりやすく苛めの対象になった。
「おいアズキ!」
夕日に照らされた人気の少ないビル裏の小道で、
ニキビを頬につけた大柄で太った男子が梓の髪を引っ張った。
「いたい!やめてよぉ!」
梓は思わず目じりに涙を滲ませた。
梓は大柄の男の他に、4人程の男子に囲まれていた。
「弱虫アズキ!お前昨日逃げただろ!」
「せっかくドッジに誘ってやったのに‼キョウチョウセイ無い奴だな!」
取り巻きのような細身の男子がギャイギャイと梓の顔を覗き込み罵倒する。
「バツとして荷物持ちな!」
「俺も!」
5人のランドセルが梓に渡された。
「こんなに持てないよぉ。」
「俺ら行くところあるから、家に帰るまでにみんなの家に届けておけよ!」
「お前は自分から親切で運んだんだ!チクったら……。」
大柄の男子が梓の髪の毛を一本むしった。
「痛い‼」
「こんなもんじゃないからな!」
梓はぞっとして、ランドセルの山に手を置いた。
「いけないねぇ。」
透き通る綺麗な声。
女性の声だ。
梓は驚いて振り向いた。
「なんだい?わかりやすい苛めかい?」
美人だ。
その場の、梓を含めた男子全員があんぐりと彼女を見つめた。
細身だが女性らしい膨らみを持つシルエット。
色素の薄い肌と長い髪、キリっと涼しい…はっきりした目元。
ビー玉の様な綺麗な目、整った鼻と口……唇は薄いピンク色をしていて。
「芸能人ですか?」
おもわず大柄の男子が呆けた声で聞いた。
「そう見えるかね?残念だが、ただの一般人だよ。」
狐の様な悪戯っぽい笑みで大柄の男子の頭をクシャっと撫でた。
彼の顔は熟れた桃のように赤く染まった。
「ねぇ君。このランドセルの山はこの子一人で持てるようにはとても見えない。
きっと冗談で遊んでいたのだよね?」
「えっ…。」
またニコリと女性が笑った。
「冗談でも相手が痛いと泣いたら、一度止めてあげると良い。
本当の冗談は相手と自分、両方が笑って初めて成立するものだ。」
真っ赤な桃がマゴマゴと口籠っていると、女性は近くに顔を寄せた。
桃がリンゴに変わる勢いだ。湯気でも出るのではなかろうかという勢いで男子が盛大に固まった。
「私は賢い子が好きだ。君はどうだね?」
目の前の子が完全に固まったのを確認すると、彼女は他の四人にも視線を向けた。
全員、息を飲んでいる。
「こんな道端で固まっても仕方あるまい。解散!」
彼女が片手でジェスチャーをして解散を促すと、その場にいた梓を除いた全員が歯切れのいい返事をした。
そして、各自のランドセルを抱えて走り去った。
全員の耳は真っ赤に染まっていた。
「君は何という名前かな?」
くるりと女性が振り向くと、
梓も真っ赤なまま固まっていた。
「ぼぼぼぼぼぼ。」
「『ぼぼぼぼぼぼ』という名前かい?」
「違います‼あ、ああ、
女性は目を丸くして、唇に少し指をあてて悩んだ顔になった。
「困ったな。アズサでは男女どちらか決定打にならない。
非常に失礼だがアズサ、君の顔がとてもかわいらしいので性別がわからない。教えて貰えるかな?」
「あっ、えと、ぼくは男です…。」
おずおずと見上げながら答えると、女性は優しく梓の頭を撫でた。
「綺麗で手触りの良い髪質だね。きっといい男に育つだろう。頑張れ少年。」
「はイ!」
梓は半分声を裏返らせてガチガチな敬礼をした。
すると、女性はその様子が面白かったのか、大きく笑った。
その笑い声も、笑顔も、透き通った肌も、髪も。
全てが綺麗で、梓は初恋をした。
「な、なま…なまえ…。きい…。」
緊張しすぎて言葉にならない梓に、また女性は微笑んだ。
「重ねて失礼をしてしまったね。私は
「沙弥…さん。」
梓は彼女の事務所を見上げた。
看板が真っ白で、何の事務所かわからない。
傾いて暗くなり始めたオレンジピンクの夕日に照らされた彼女が、ただただ美しく。
梓は明日もここに来よう、と唇にギュッと力を入れた。
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