藤枝沙弥の  事務所。

匿名

沙弥 



この世は都合の良い様に出来ている。


都合の良い様に振る舞う人間が居る。


誰もが無意識で『こうしてくれ』と叫んでいる。

頭が良く諦めの早い人間はそれに従い、微笑んだ。


そして、そうしてやる。


世界に都合の良い人間の出来上がりだ。


都合の悪い人間は打ちのめされる。


そういう都合の良い世界だ。



私はもう疲れた。


「 私はとても幸せだ。」



世界は今日も都合よく回転している。




沙弥さや。」

低く優しい声が私を呼んだ。

夫だ。

柔らかな微笑みで答えると、夫は頬を染めて喜んだ。

子どもがぐずれば、緩くゆらし、おどけて笑って。

キャイキャイと笑う子の声だけは素直に私の心に染み込んだ。


夫の名を呼び、子を笑わせ、家事をこなし、綺麗な家を保ち。

買い物の道中で近所の女性ににこやかに相槌を打ち。


とても平和に回した。

世界を回した。


いいや、回されていたのだ。


とても目が回り、私の子が手を離れる大きさになった頃。


ぐらりと


耐えがたい強い胸の痛みと共に、私の世界は動きを止めた。

脂汗が滲み、音がぼんやりと遠くへ逃げていく。

そうか、無理をしすぎたようだ。


とても幸せなのに。


口元が緩く微笑んだ。


自分への嘲笑。

世界への諦め。


最初から最後まで、私は世界を諦めて笑って育った。


どうかな?


とても都合が良かったでしょう?



「お母さん‼」


小学三年生になったね。

とても賢い子に育った。


真理まり。」


あなたをあやしている時が一番私でいられた。

次に人で生まれても、もうあなたを生むことはないだろうけど。


さようなら。もう許してね。


静かに瞼を下ろした。

暗闇に包まれる。



---元気で。

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