第9話
クーチの話をプカプカと紫煙を吐き出しながら聞いた。
ようするにだ。
クーチは小さな傭兵団に居た。
父親と母親、特に母親のほうは治癒士として名が知れていた。
それに目を付けた盗賊団?が一人スパイを送り込んだ。
そのせいで、傭兵団は壊滅。クーチも治癒ができるから狙われていたという事か。
俺が昨日聞いた大きな音とうっすらと見えた煙はその時のものなんだろう。
「そうか「あ゛ん゛た゛ぁぁぁぁぁぁ!た゛い゛へ゛ん゛だったんだねぇえぇぇえええ!!。」」
がばりとクーチが宿の女性に抱きしめられた。
どうやら話を聞いていたらしい。
わんわんと号泣しながらクーチを抱きしめている。
するとクーチも我慢していたのか、女性に抱き着いてシクシクと泣き始める。
暫く落ち着きそうもないなと思いながらビールを飲んで煙草を吸う。
ポリポリとナッツを摘まんでいるとクーチも女性も落ち着いたようだ。
「すまなかったね突然。あたしはこの『鷲の止り木』の女将でセーラってんだ。困ったことがあったら言うんだよ!」
女将さんだったのか。
恰幅の良さといい昔ながらの定食屋にいそうだなと思う。
「…いえ、母さんを思い出してしまって…すいません…。」
少し、目を潤ませながらクーチが話す。
「いいんだよ!ほら、お腹が空いただろ!夕飯の用意をしてくるからちょっと待ってな!」
照れ隠しなのか、慌てるように女将はカウンターへと引っ込んでいった。
「…すみませんでした…。」
「いや、気にするな。貴重な話を聞けた。一つ聞いてもいいか?」
「…あ、はい。」
「その、裏切った斥候は金髪に近い髪の色で弓を背中に背負っているか?」
「!!…はい。そうです。」
「そうか…。」
ふぅ~っと煙を吐き出し、コクリコクリと果実吸いを飲む少女を見ながらどうしたもんかなと考える。
恐らくこの辺りには知り合いも行く当ても無いだろう。
今回は拠点を移動しようとしていたそうだからな。
まあ、俺もこの辺りには知り合いも何もいないんだが。
そして、案の定バンデットレイヴンがクーチ達を襲った盗賊団のようだ。
南下してきているというよりも、逃げたクーチ達を追って来たという形だな。
これもブルクスに報告だな。
とりあえず今後の事は後でゆっくり考えるか。
クーチにも落ち着く時間は必要だろうしな。
「はいよ!今日はシチューとパンとサラダだよ!ビールと果実水はあたしからのオマケだ!いっぱい食べて今日はゆっくり寝るんだよ!」
「…はい。ありがとうございます。」
そう言ってクーチがペコリと頭を下げる。
「いいんだよ!冷めないうちにお食べ!」
「「いただきます。」」
シチューも美味い。
ちらりとクーチの方を見ると少しだけホッとしたような顔で食べ始めていた。
食欲はあるようだし、とりあえずは大丈夫だろう。
焦らせないようにクーチに合わせてゆっくりと食べる。
少しだけクーチより先に食べ終わり頼んでおいた食後の暖かい珈琲を飲みながら煙草を吸う。
「ご馳走様でした…。」
「俺はこの後用事があるからさっきの部屋に戻ってシャワーを浴びてゆっくり寝ると良い。ベッドは使って構わないぞ。とりあえず今日はもう休んだほうがいい。」
「はい…ありがとうございます。」
クーチはペコリと頭を下げ、女将さんにも礼を言って階段を上がっていった。
暫くはここで時間をつぶすか。
ふぅ~と息を吐く。
「はいよ。珈琲のお代わりサービスだよ。」
「ああ。気を遣わせてすまない。」
「いいんだよ。それに用事なんて無いんだろう?それであの子はどうすんだい?」
「分かりやすかったか?ああ、名乗って無かったな。俺はソロで傭兵をやっているハントだ。」
「最近この辺に来たのかい?」
「ああ。だからどうしたもんかと思ってな。」
「そうだねぇ。しばらくはアンタが一緒にいてあげてくれるとあたしは安心だけどねえ。」
「まあ、連れて来たのは俺だしな。とりあえず、部屋が空いたら教えてくれ。別の部屋にしてやらないと可哀想だ。」
「う~ん。しばらく空きそうもないんだよねぇ。まあ空いたら教えるよ。」
「すまないな。そういえば聞きたいんだが、治癒士は珍しいのか?」
「そんなこともないねぇ。荒鷲団にも何人かいたはずだよ。普通に傷薬で治療するよりも早く治せるから重宝されるんだよ。規模の大きい傭兵団なら何人いても困らないだろうね。」
そうなのか。でもそうすると追われていた理由はほかにあるのか?
「そうでもないよ。」
心の声が漏れていたらしい。
「治癒士はもちろん需要があるさ。だけど、クーチと母親は女だからね。しかもクーチの容姿をみるに母親も相当な美人だったんだろう。そりゃ狙われるさ。盗賊団に碌な奴はいないからねえ。」
そうか。治癒士で女、だからか。
下衆だな。
「ふむ。気分は悪いが理解した。」
「傭兵もアンタみたいに全員が礼儀正しくて分別があるわけじゃないからねえ。」
しかめっ面をしながら女将さんが言う。
「まあ、あんたみたいな傭兵に助けてもらえてあの子は幸運だよ。あんたじゃなかったら今頃はどこに居たか分からんね。」
そう言って女将さんはカウンターへと戻っていく。
俺は新しい煙草に火を付けてふぅ~と煙を吐いた。
俺は当たり前に助けたが、この世界は死が近い分、欲望に忠実な人間も多いのだろう。
この辺は倫理観の違いだろうな。
「…あの。」
考え事をしていると階段から小さく声を掛けられた。
ちらりと見るとクーチが階段のところから呼んでいた。
「ん?どうした?」
「…いえ、あの…。」
言いにくい事だろうか。
「分かった。部屋に戻るから上がっててくれ。」
そう伝えるとクーチはホッとしたように階段を上がって行った。
煙草を吸って燃やし尽くし、少しだけ残った珈琲を飲みこむ。
「ご馳走様。」
カウンターの奥に声を掛けて自分の部屋へと戻った。
部屋に戻ると薄暗い部屋のベットの上に膝を抱えて座っているクーチが見えた。
持ちっぱなしだった素材を入れていた皮袋にクリーンを掛けてバックパックに仕舞い、腰のベルトを外し椅子へ座る。
「どうした?何かあったのか?」
「…いえ、あの、寝ようとしたんですが、目をつぶると思い出してしまって…。」
クーチをよく見るとカタカタと震えているようだ。
無理もないか。
俺は元が40手前のおっさんだからな。10代の少女には辛かっただろう。
椅子とテーブルを少しベットに近づけて座り直す。
「俺がここに居よう。これでいいか?」
「…はい。ありがとうございます…。」
「気にするな。ゆっくり休め。」
「…はい。」
おずおずとクーチが毛布の中に潜り込む。
俺は煙草に火を付けて息を吐きだした。
「…甘い香りがしますね。良い匂いです…。」
「そうか。」
「本当にありがとうございます…。おやすみなさい…。」
「ああ気にするな。おやすみ。」
すぐに規則正しい息の音が聞こえてくる。
疲れていたのだろうなと思う。
とりあえずバックパックに仕舞ってある野営道具から毛布を取り出す。
「シャワーと着替えは明日でいいか…。」
静かに寝る用意を整えて、全身にクリーンをかけてから床の上で寝転がり目を閉じた。
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