第8話
私は北部の名前も無いような小さな傭兵団で生まれました。
父は団長をしていて、母は治癒士をしていました。
団員は元兵士やその家族が多くて、たまに他の傭兵と組んで依頼をこなすこともありました。
父も元兵士としても有名でしたが、母は治癒士として有名でした。
そんな中で育ったので私も物心ついたころには母の教えを受けて治癒士になることを目標に毎日訓練の日々を送っていました。
できるのは治癒と簡単な護身術程度ですが、治癒ならそこら辺の傭兵には負けない自信があります。
それで、最近北部の治安も悪くなってきたしそろそろ移動をしようと傭兵団の全員で話をしていたんです。
その時は北部のエンブスという大きな街に居ました。
消耗品や食料を買い込んで、全員で街を出ました。
団員は全部で20人ほどですが、元兵士の傭兵が多く魔物や盗賊団に後れを取るような事はありません。
街道をグロースの方へ進んで5日目の事でした。
小さな村で補給を終えた私たちは、村の近くで野営をすることに決めました。
村からすれば近くに傭兵団がいるし、簡単な怪我なら治してくれる治癒士がいる、私達としても何かあればすぐに村に相談できるという事で悪くない状況でした。
ですがその夜、村の方から「うぉおおおおおおお」という怒声が聞こえてきました。
私たちは素早く火を灯し、明かりを確保しました。
そして斥候一人と団長として私の父が村を見に行くことになりました。
私の母は父に向かって何度も他にも数人連れて行った方がいいと伝えたのですが、斥候は急いで行って戻ってくるだけだと言って父と二人で行こうとします。
結局、父も斥候の意見に賛成し母が折れたのですがそれが失敗でした。
父と斥候が村の様子を見に行ってしばらくすると斥候だけ戻って来たのです。
父はどうしたのかと聞くと
「団長は村の近くで待機している。どうやら盗賊団だ。幸い人数は少ないようだ。あと5人ほど一緒に来てくれれば問題ないだろう。」
と言い、元兵士の傭兵も含めて腕の立つ5名を連れて行きました。
残されたのは治癒士の母、私を含めたまだ若い傭兵と子供や普段は炊事など担当する傭兵達の妻だけです。
さすがに警戒を解くわけには行きませんので若い傭兵が近くを見回りながら父達が戻ってくるのを待ちます。
しばらくして村の方も静かになりました。
するとまた斥候が一人だけ戻ってきて少しだけギラギラとした目で
「すまない、盗賊は退治したが団長が怪我をしてしまって。副団長も来てくれ!」
と言ってきました。
不安に思って副団長である母を見ます。
母は私に向かって少し頷くと
「杖を取ってくるので待っていなさい!」
と斥候に向かって言いました。
そして
「クーチも用意を手伝ってくれる?」
と言ってテントに私を引っ張っていきます。
テントに入ると母が私を抱きしめました。
「クーチ、よく聞きなさい。たぶんこれは罠よ。恐らく父さんと仲間達はもう殺されているわ。」
その時、私は何を言ってるのだろうと思いました。
「クーチ、愛しているわ。愛しい我が子。良い子だから私のお願いを聞いてちょうだい。私が斥候と移動したらすぐに最小限の荷物を持って全員で南に向かいなさい。いい?最後まで諦めないで逃げてちょうだい。きっと、追手が来るわ。静かに素早く南に向かうの。少しなら森に入ってもいいわ。分かった?」
「うん。分かった。母さんと父さんも後から来るんだよね?」
私はよく分かっていませんでしたが頷いてみせました。
きっと父さんも母さんも無事に帰ってくると思っていましたから。
「私が時間を稼ぐから、あなたは皆を連れて南に行くの。そうすると森があるわ。森から東へ向かえばグロースという大きな街があるの。そこに行けばきっと何とかなるわ。あなたは私の娘だもの。」
そう言ってタグとタグを重ねて「譲渡」と言います。
これは親族や仲間同士でドルグの受け渡しをする時に使う言葉です。
「さっ!お別れは終わりよ。クーチ、あなたが皆を守るの。しっかりね!」
そう言って母はテントを出ていきました。
慌てて母についてテントを出ると母は斥候と一言二言交わしてから村の方へと歩いて行こうとしています。
「母さん!」
大きな声で呼びかけると、こちらを振り向いてニコリと微笑みすぐに後ろ手で行けという合図を送ってきます。
私はよく分からないままでしたが、母の指示に従って残っていた人たちに最小限の手荷物をもって集まるように言いました。そして母の言葉を伝え、全員でローブを被り南へと向かいます。
子供や荒事が得意ではない女性ばかりなので速度は上がりませんでしたが急いで南へと進みました。
すると、後ろからドンッ!という大きな音がしました。
後ろを振り向くとはっきりと分かる火柱が上がっています。
あれは母さんのが唯一使える攻撃魔法のファイアウォールです。
その時私は母さんの言った通りになったんだと思いました。
母さんの言葉が蘇ります。
「あなたは皆を連れて南へ行くの。」
「諦めないで逃げてちょうだい。」
「あなたは私の娘なんだから。」
目から勝手に出てくる涙をそのままに私は叫びました。
「急ごう!今の内に離れないと!」
溢れる涙は止められませんでしたが、私たちは寝る間も惜しんで南へと向かいました。
夜が明けそうになる頃に私たちは森の側の廃墟へとたどり着きました。
皆、疲労でいっぱいいっぱいだったので教会だったであろう建物で休むことにしました。
気づくと少し眠ってしまっていました。
起きて辺りを伺うと日が高くなっておりだいぶ長い時間寝ていたことに気づきます。
慌ててみんなを起こして東へ向かう用意をさせました。
建物から出て廃墟から出た時でした。北の方から土煙が見えました。
私はその時、父と母が追いついてきたのかもしれないと思ってしまいました。
少しだけ歩みを止めてしまったのです。
それに気づいたのは若い傭兵でした。
「違う!団長じゃない!盗賊だ!」
そう言われてやっと足を動かし始めましたが盗賊は東へ回り込むように走ってきます。
「こっちへ!」
若い傭兵に言われるままに廃墟へと戻ります。
「クーチさんはここへ!」
若い傭兵が示したのは私が隠れていた地下室でした。
「早く!先に入って!」
言われるがままに地下室に入ると蹄の音がもうそこまで迫ってきている音がします。
「くそっ!クーチさん!ここまでありがとうございました!絶対に生き延びて下さい!」
そう言って地下室の扉を閉められました。
私は外に出ようとしましたがまだ若い傭兵がいるようで何かに抑えられて扉は開きませんでした。
外からは悲鳴とうぉおおおという若い傭兵の叫び声がします。
少しづつ外の声が離れていきました。
そして暫くすると何の音もしなくなりました。
私は地下におりていろいろな事を考えました。
父や母はどうなったんだろう。一緒に逃げた人達はどうなったんだろうと。
ドォン!!
という音で目が覚めました。
気づいたら眠ってしまっていたみたいです。
「どこに隠れやがったぁぁぁあ!!」
柄の悪い男の声がします。
「クーチちゃぁぁぁぁん。どこに行ったのかなー?」
「おい、本当にこの辺りにいるのか?」
「へい。一緒に逃げた連中がここから別行動になったって言ってやした。」
「くそっ!治癒士を手に入れるためにやったのにばばあの方は自爆するし、娘はいねえし無駄骨じゃねえか!黙って全員殺しときゃ良かったぜ!おい!もう一度周辺を探せ!あの逃げた連中を殺した辺りもだ!絶対に逃すんじゃねえぞ!」
「「「へい!!」」」
そう言って男たちが遠ざかっていきました。
私は知りました。
私がいた傭兵団は、家族たちが死んでしまったことを…。
そこからはあまり覚えていません。
何もする気が起きなくて。
気づいたらベットの上でした…。
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