チヒロ、プールへゆく
ナツキは、チヒロのスマホのパスワードロック機能を解除させると、チヒロのスマホをもって自分の部屋に戻って行った。
しばらくすると戻ってきた。
ナツキは、チヒロにスマホを渡しながら言った。
「片付いたよ」
「……ありがと。具体的にどうなったの?」
「チヒロはミサキがいる女子グループに入ることになった。
ミコトがいる男子グループには、チヒロの代わりに僕が入ったよ。
僕とチヒロは付き合ってるって宣言しておいた」
「みんなと関わるの?」
「夏休みが終わるまでに、女子グループに馴染んじゃいなよ。
でないとその後が大変になるからさ。
着替えとか、トイレとかいろいろあるでしょ?」
「そっか、そうだよね……頑張ってみる」
「ミサキにはよく言っておいた。
ミサキは、ミコトに気があるんだってさ。
チヒロの気持ちには気付いていたけど、どうしていいか迷ってたらしい。
危なかったね、夏の最後の思い出が失恋にならなくて」
「迷ってたなら脈があったんじゃないの?」
「……あのさ、これからチヒロは、女子目線でミサキと付き合うことになるからわかるようになるとおもうけど、ミサキって女子の評判は良い方じゃないからね?」
「そうなの?」
「嫌な感じがし始めたら、女子グループの移籍を考えておいた方がいいよ」
「どこに移ればいいのかわからないよ」
「学校が始まったら、おいおい紹介してあげる」
「最初から紹介してよ」
「相手のこともあるのだから、ちょっとずつね。
体の変化が安定してからの方がいいと思うし」
「ナツキは大丈夫なの?
今までの女子グループの関係とか」
「僕は、付かず離れずでいろんなグループと関わるようにしてたから、どこにいても大丈夫なんだよね」
「すごいね、そのバランス感覚」
「まぁね。大丈夫だよ、チヒロは僕が守るから」
「……わかった。いろいろありがとね」
「彼氏として当然だから」
「私が彼女って実感が湧かないのだけど……」
「なら、お互い、全裸になって確認する?
下半身だけでもいいよ?」
「……そういうこと言わないでね?」
ナツキは、チヒロに女子としての基本的なことをレクチャーし始めた。
チヒロが言う。
「そういえば、流石にプールには行けないでしょ? どうするの?」
「来週か……。チヒロは水着買えば普通に行けるね。
胸もふくらみ始めてるからね。
上げ底した方がいいかもだけど。
ぼくはサラシを巻いてラッシュガード着る感じかな?
お尻はもう男性の体格になってるから問題ないしね。
そうだ、二人きりで行ってみようか? 練習にもなるし」
「水着買わなきゃだね……すでにハードルが高い」
「とりあえず、タンキニとかの無難なのでいいと思う。
サイズが変わるだろうしね。僕が選んであげる」
ナツキは、スリーサイズを逆算して、どれくらいサイズが変わるかを計算した。
「水着代がもったいない気もするけど、お互いの親が妙に協力的だから、普通に買ってもらえちゃう気がする。
隔週にして、その週に行く回数を増やす感じがいいか……。
ミコトに連絡して調整してみるね」
ナツキがスマホのグループチャットで連絡を入れた。
「わかった。
そういえば、ナツキの家は男の子欲しがってたよね?」
「うん。男性用の浴衣まで買ってくれそうな勢いだよ。
父親からは男の子向きの趣味もそれとなく誘われてる。
とりあえず、無視してるけどね。
チヒロの家は女の子を欲しがってたよね?」
「うん……ファッションとかコスメなら、めちゃめちゃ甘い状態。
でも、私の心のライフがゼロだから無理だけどね」
「ミコトから返事が来た、僕たちの都合に合わせてくれるってさ」
「本当に行くのか……顔合わせ辛いよ」
「大丈夫、僕についてくればいいだけだから」
「……うん、そうする。
本当にそうするからね?」
「あはは。うん、それでいいよ」
チヒロは翌日、母親にサロンに連行され、無駄毛処理をさせられた。さらに、美容院にも行って、髪型を女性的に調整された。
性別の変化がきっかけで、一緒にいる時間が増えたので、お互いの体型変化がとてもよくわかった。
1週間くらいはできるだけ、外出は控えていた。
声がまだ今の性別には合わなかったからだ。
そのため、二人は宿題を一緒にして過ごした。
1週間ほどたつと、二人の体型は大幅に変わっていた。
もともと頭ひとつ分くらいあった身長差が、同じくらいの身長に変わった。
バストも大きく変化し、トップとアンダーの差が同じくらいになっていた。
肩幅も、同じくくらいになり、チヒロは華奢に、ナツキはガッチリした感じになった。
ウエストも似た感じだったが、ヒップが大きく体が華奢な分、チヒロの方が強弱があり、ウェストのくびれが強調されていた。
手足の造形も、かなり雰囲気が変わり始めていた。
声質も変わり、チヒロはやや女性的に、ナツキはやや男性的になっていた。
宿題をしながら、ナツキが満足そうに言う。
「チヒロはもう、男子じゃ通らないね?」
「うーん、そうかも。ナツキはまだ中性的だよね?」
「これから追い上げるよ。
小学生高学年か中学生くらいなかんじかなぁ?
女子の方が成長早かったからね。
ちょうど昔と逆な感じだね」
「あー、そうかも。
昔とは逆に、一気に身長を抜かれて、見上げるようになるのか……」
「うん。楽しみ」
「憂鬱だよ、これ以上、チビになりたくない」
「女子としてはまだ高い方だよ。
女子は身長が高すぎるのもコンプレックスになるからね。
前の僕と同じ身長になるのだとすると、まだまだ縮むね」
「だね……」
「声もすっかり今の性別にあってきたし、
そろそろ外出しても大丈夫そうだね。
明日さ、水着買いに行こっか?」
「……ほんとに?」
「予定が入ってるのだから、もう買わないとだめだよ」
「……わかった」
「そのあと、プールに直行していろいろ体験しておこうね」
「……うん、その前向きさが眩しすぎるよ」
「あはは。僕の取り柄だからね。
チヒロは、無理に前向きにならずに、いまのままでいいから。
僕が守りたいからね」
「普通にイケメンになってきたね?」
「惚れ直した?」
「まだ、惚れてないし……」
翌朝、チヒロは、お出かけの準備をするため、ナツキから、再度、たくさんレクチャーを受けながら、身支度を整え、プールに行く準備をしてから、ショッピングモールへ向かった。
ナツキは中性的な容姿で、身長差がほとんどない状態だったが、ナツキはスッピンで男性的な服を着ており、対照的に、チヒロはメイクをしてややフェミニンな服を着ていたので、普通にカップルに見えたようだ。
店員もナツキのことを彼氏呼ばわりしていた。
チヒロの水着は、デザインとサイズはナツキが決めてくれた。
ナツキの水着は、ナツキが自分で選んできめた。
二人は、その足で、プールへ向かった。
チヒロは行き慣れたはずのプールなのに始めてくるような錯覚を覚えた。
女子の入り口は男子とは真逆にあるからだ。
チヒロは恐る恐る女子ロッカールームへ入り、空いているロッカーを探す。
ナツキにレクチャーしてもらった手順でタンキニ水着に着替えた。
ナツキに言われたとおり、水着パッドもつけた。
姿見で確認すると、少し背が高めの水着姿の女子が鏡に写った。
チヒロは、この数週間、変わり果てた自分の体を何度も姿見で見ていたつもりだったが、ここまで女性的になるとは思っていなかった。
鏡越しに見える他の女性達と同一化に溶け込んでいることが驚きだった。
ロッカールームを出て、体を洗い、プールへ向かうと、出口に、ラッシュガード姿のナツキが待っていた。
ヒップの大きさと形状が違うこともあり、鏡越しに見た自分との性別の差がよくわかった。中性的に見えていたナツキだが、すでにチヒロとの大きな性別の差があったのだ。
どう見ても、今のナツキは女子には見えなかった。
そして、どう見ても今のチヒロは女子にしか見えなかった。
「おまたせ、ナツキ」
「似合ってる。可愛いよ、チヒロ」
ナツキがチヒロの手をとって言う。
「じゃ、いこっか」
ナツキとチヒロが一緒にプールに遊びにきたのは、小学生以来だ。
そのころもほとんど同じ身長をしていた。
しかし、水着以外での性別の差はほとんどなかった。
今は、ほとんど同じ身長をしていても、水着以外でも一眼でわかる性別の差があった。
チヒロは、自分が女性であることを理解していたつもりだったが、ここまでナツキと違う生物だとは思っていなかった。
男性の時に女性に感じた性別の差を、いままさに、逆の立場で実感していたのだ。
すでに腕力は圧倒的にナツキの方が上だった。
体に触れると、今の自分にはないたくましさを覚えた。
「大丈夫? 少し休む?」
ナツキが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫、でも、休憩しよっか」
「わかった。こっちきて」
手をつないで空いている日陰のベンチに腰を下ろす。
「どうしたの? まだ恥ずかしい?」
「なんか、自分が女性なのをいやってほど思い知らされてる気がした。
ナツキと体格はほとんど同じはずなのに、全然ちがうから戸惑っちゃった」
「そっか。僕もなんとなく同じ気持ちでいたよ。
女の子ってか弱いよね?」
「うん。自分のか弱さにびっくりしたよ」
「どんどん可愛くなるね。チヒロは」
「恥ずかしいこと言わないでよ」
「本気だから、大丈夫。
でも、本当に大丈夫そうだね。
みんなとプールきても普通に女子できるよね?」
「そうかも。ただ、女子同士で何を話していいかわからない」
「普通にしてればいいと思うよ。
チヒロはチヒロなんだし、そのままでいいよ。
でも、僕以外の男子には近づかないでね。
誤解されちゃうから」
「誤解はされないと思うけど、わかった。
今更こんな格好して友人と話なんかできないよ」
「だから、よけいに心配なの。
警戒心がないから男子がつけ上がる。
他の女子から目をつけられるよ?」
「そういうことか……逃げ回るくらいでいいのかな」
「うん。僕の側から離れないくらいでいいよ」
「わかった」
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