XP∅
キクイチ
チヒロ、アレがソレになる
この世界ではない、どこかの世界。
日本のような、日本ではない国。
男子学生チヒロは、気になるクラスメートの女子ミサキと急接近中だった。
初夏、男女数名のグループから発展した恋。
プールや夏祭りの甘酸っぱい思い出。
その全てが順調だった。
あの日が来るまでは……。
ある朝、チヒロが
驚いて股間を確認したら、あるはずの男性のアレがなくなって、ないはずの女性のソレから血が流れ出していた。
チヒロの悲鳴を聞いて駆けつけた母親は、ベッドと息子の惨状を見て、すぐに病院へ連れて行った。
チヒロは数日にわたる精密検査を受けた。
担当の女性医師が、淡々と説明する。
「まだ正確な病名は決まっておりませんが、いわゆる女性化ですね。
初潮です。全国で同様の症例が、数件あります。
戻ることはないとお考えください。
いずれの症例も、最初は臀部および股間の骨格と生殖器の変化から始まりますが、1ヶ月ほどで体全体が完全に女性化してしまいますので、外科的・内科的な処置は不要だと思われます。
戸籍変更に必要な手続き書類を準備しておきますね」
母親もチヒロも、驚きで、何も言えなかった。
女性医師は続ける。
「不思議なことに、この症例、いずれのケースも、比較的近所で同年代の女性が男性化しているのですよね……。体型もまるで交換したように入れ替わってしまうのです。
他の病院と連絡を取ったところ、お隣のお嬢さんがそれに該当しているようです。
衣類の交換などご相談されてはいかがでしょうか?」
「隣?……もしかして、ナツキちゃんが男の子になったのですか?」
「そうですね。名称が一致します。
同じ学校に通われてるようですね。
夏季休業が終わる頃には体の変化も安定しているでしょうから、靴や制服などを交換するとお互いにぴったりになると思いますよ。
おそらくあちらにも娘さんのことが伝わっていると思います」
チヒロは退院し、自宅に戻った。
さっそくチヒロの母親が、ナツキの家に相談に行った。
しばらくすると、チヒロの部屋のベランダに人影が見え、窓をトントンと叩いた。
ここ何年かは無くなったが、中学生くらいまではナツキがいつものようにやっていた行動だ。ナツキの部屋から屋根伝いにやってこられるのだ。
チヒロがカーテンを開けると、ナツキが笑顔で手を振っていた。
手には、大きな袋を持っていた。
チヒロが窓を開けると、ナツキが部屋に入ってきた。
心なしか、ナツキの背が伸びているように感じた。
「おっす、チヒロ。女になったんだって?」
「ナツキこそ、男になったんだろ?」
「うん、なったよ」
ナツキは、あぐらをかいて座ると、部屋着の股間のあたりを指差す。
女性のものとは明らかに違うふくらみがあった。
「まぁ、胸とか体つきはまだ女子なんだけどね。
全部の膨らみがある状態。
お尻とか腰回りは、男の骨格になって、
大きかったヒップがスッキリしちゃってる。
でも、女の子座りできなくなったよ。
チヒロのお尻の感じなら女の子座りできそうだね?
やってみてよ」
ナツキはチヒロの股間やお尻をじろじろみる。
すでにあの日の朝から股間やお尻周りの骨格は女性のものになっているからだ。
「やだよ」
「試しにやってみてよ。ちょっとだけでいいから」
ナツキがうるさいので、試しにやってみたら、
苦もなく女の子座りができて驚いた。
「かわいいじゃん。女子って感じ。
普通に楽でしょ?
そのままでいなよ。
ああ、そうだ、これ、下着とか生理用品とかね。
あとで制服とか靴ももってくるよ」
ナツキは、大きな袋を逆さまにして、中身を一気にぶちまける。
夏物の衣類と下着類、生理用品などがチヒロの部屋に散乱する。
「ちょっと、なにしてんの?」
「チヒロの下着とか衣類をもらって行こうとおもってね。
親の了解はもらってるから気にしないで」
ナツキが、チヒロのタンスを開けて、中身を大きな袋に詰め込んでゆく。
「ナツキは大丈夫なの?」
「うん平気。チヒロはダメなの?」
「すぐに受け入れられるわけないじゃん」
「どうにもならないのだから、しょうがないじゃん。
恥ずかしがっても意味ないし。
女子もたのしいよ?」
ナツキが、空いた引き出しに、女性ものの衣類や下着を詰め込んでゆく。
「チヒロ、漫画とか雑誌を荷造りしておいて」
「え?」
「えじゃないよ。それも僕のなんだから」
「そこまでしなくても良いでしょ?」
「全部するの。ぼうっとしてないで手伝ってよ」
「……わかった」
「隠してあるエロ本とかも忘れずにちょうだいね。
これからは僕が使うのだから」
「……え? まじで? わかった」
「そだ、部屋着も交換しよ?」
ナツキが下着姿になる。
上はまだ胸にふくらみがあるのでキャミソールだが、下は男性用のボクサーパンツを履いていた。股間のふくらみがさらによくわかった。
「サイズが合わないよ」
「大丈夫、すぐに合うから」
仕方なく下着姿になる。
チヒロはキャミソールとショーツ姿になった。
二人は部屋着を交換する。
「早速、胸がふくらみ始めているんだ。可愛いじゃん。
ヒップ大きいね? すごい女性的なお尻になってる。
今持ってるパンツ、ヒップがピチピチなんじゃない?
交換してよかったね」
着替えると、お互いに手足の丈が合っていない状態になった。
「んー……ちょっと早すぎたか。
やっぱり交換しなおそ?」
「だから言ったじゃん」
二人は再び部屋着を交換する。
「ねね、この男性用ジーンズ履ける?
ちょっと、履いてみてよ」
チヒロが男性用ジーンズを履く。
「あはは、お尻ピチピチ。
全然似合ってない。
じゃ、こっちの女性用履いてみて」
チヒロが女性用ジーンズを履く。
「おぉ、エロ可愛いね。良い感じにピッタりしてる。
どお? 履き心地わるくないでしょ?」
「うん。でも、いかにも女性ですって感じだよね……」
チヒロは、自分の女性的なヒップに困惑する。
「女なんだからそれで良いの。
じゃ、このTシャツ着てみて」
チヒロは部屋着を脱いで女性向けのTシャツに袖を通す。
「普通に女子で通るね。
似合ってるから、今日はそれ着てなよ」
ナツキは、チヒロの部屋着を袋に詰めてしまった。
チヒロは、すっかりナツキの普段着スタイルになっていた。
姿見を見ながら、これが自分の体かと思うと妙な倒錯感を覚えた。
「そうだ、ちょっとまってね、すぐ戻る」
ナツキは、そういうと、大きな袋を持って、ベランダから出て行った。
チヒロは身体中に走る成長痛を意識した。
この痛みが止む頃には、完全に女性化が終了し、お尻以外もナツキのような体型になるのだ。
ナツキが、別の大きな袋を持って、ベランダから入ってくる。
「チヒロ、こっちきて。座って」
チヒロは、テーブルの前にしゃがむ。
「あはは、かわいいね」
無意識に女の子座りをしてしまっていた。
「そのままでいいよ。動かないでね」
そういうと、ナツキはチヒロの唇に、淡い色合いのリキッドルージュの筆を当てる。
「できた。まゆも処理してあげるね」
眉毛を抜き、女性的なラインにしてしまった。
「うん。こんな感じかな?
じゃ、手を出して」
マニュキュアを塗り始めた。
「とりあえず、これでいっか。
とりあえずだから、あとでちゃんと下地から自分で綺麗にするんだよ?
次、足出して」
ペディキュアを塗り始めた。
「15分くらいそのままでいてね」
袋から、女性向けの雑誌を出して渡す。
MP3プレイヤーをチヒロのオーディオに接続して、楽曲を流し始めた。
「これ、女子の間で流行ってる曲を集めたやつ。
プレイヤーごとあげるから、チヒロのもらってゆくね。
有無は言わせないから」
「……勝手にしてよ」
ナツキはチヒロの荷物との交換作業を再開した。
チヒロはしかたなく、渡された雑誌を読み始めた。
体を動かすとチラチラと見え隠れするマニキュアは、自分が、女性であることを意識させた。
チヒロの母親がお茶を運んで部屋に入ってきた。
「ナツキくん、ありがとね。
チヒロの事、これからもよろしくね」
「いえいえ、こちらこそ。お構いなく」
「あら、チヒロ、見違えたわね?
ナツキくんにやってもらったの?
似合ってる。
まだしばらく時間がかかるかなって思ってたけど、
ナツキくんがいれば、すぐにでも女の子として生きられるわね。
母さん、すごく安心したよ」
ナツキは徹底的にチヒロのモノを交換した。
カーテンやカーペット、布団や枕までも交換した。
チヒロの部屋は、少し前までのナツキの部屋に生まれ変わっていた。
ハンガーに掛けられた制服も女子の制服だ。
ナツキは、化粧品や小物類までおいて行った。
ナツキは一度部屋に変えると、交換した普段着に着替えて、戻ってきた。
髪型も少しアレンジを加えて、男性的に変えていた。
ぱっと見は少しサイズの大きい服を着ている男子学生の雰囲気になっていた。
ナツキは、チヒロの隣であぐらをかいて座りながら言った。
「ようやく終わった。
さよなら女子、ようこそ男子って感じ。
チヒロも、ここまできたら僕と逆な感じで切り替えたら?」
「……流石に切り替えざるを得ないよ。
思い切ってやっちゃった方が良かったのか。
気を使ってくれてたんだね。
ありがと」
「まぁね。伊達に幼馴染じゃないからさ。
てかさ、懐かしいね。
チヒロとは中学生くらいから離れた感じだったし。
小学生のときは、僕の方が男子っぽかったよね?」
「まぁ、そうかも。
突っ走るナツキに振り回されてばかりだったな……」
「なんで僕から離れたの?」
「性別違うからちょっと恥ずかしくなって……」
「まぁ、男子はそうか。
ガキが多いしね。周囲の目が気になるよね」
「ごめん」
「気にしないで。
これからはさ、前みたいに僕の後ろにいなよ。
学校でも守ってあげるから」
「学校か……転校したい気分」
「だめだよ、せっかく勉強頑張って入った学校じゃん。
二人一緒なら大丈夫だって」
「……うーん、交友関係どうしようかな」
「何かまずいことでもあるの?」
「ミサキと良い感じだったんだ。
夏の終わりの花火大会で告白する予定でいた。
みんなでプール行く予定も全部キャンセルする形になっちゃった」
「へー。ミサキとね。
女子になったことはみんな知ってるの?」
「言えるわけないじゃん」
「でも、いずれバレるよね?
それに、夏の終わりにはすっかり女子の体になってるよね?」
「……そうだけど」
「それでもミサキがいいの?」
「いあ、もう、それは諦めてる」
「なら、どうするの? 決まり切ったことだよね?」
「……わかってるけど、みんなと顔を合わせる勇気がなくて」
「なら、僕に任せてよ。
みんなに説明してあげる」
「何言ってんの? ちょっと、まじでやめてよ」
「チヒロは女子なんだから、女々しくていいの。
恥ずかしがっちゃダメ。
今は僕が男子なんだから、チヒロのこと助けてあげる」
「どうしたの急に?
中学の時から、ここ何年も関わってなかったじゃん」
「性別が変わったの。急に」
「そうだけど……」
「昔の約束覚えてる?」
「そんなことしたっけ?」
「僕は忘れてないよ」
「何を?」
「結婚の約束」
「してないよね? 捏造しないでくれる?」
「約束はしてないけど、宣言はしたよ」
「あれか、俺をお嫁さんにするってやつ?」
「うん。だからそうする」
「あれ、本気で言ってたの?」
「うん」
「信じられない……」
「今から信じてくれればいいよ。
もう、お互いにとって異性は、僕達しかいないのだからさ」
「異性か……」
「考えてみなよ。
チヒロにとって異性は同性になって、同性は異性になるんだよ?」
「無理かも……」
「僕もそう。
だから僕のお嫁さんになってね?
僕だって必死なんだよ?
チヒロを僕のものにしたいから」
「俺のために頑張ってくれるんだ?」
「あたりまえじゃん。
とりあえず、彼氏面するから、よろしく」
「相変わらずだね……。
好きにして」
「うん。チヒロも相変わらずで何より。
あと、『俺』はもうやめてね。
『私』っていってね。
『僕』も『私』をやめたのだし」
「わかったよ」
「だれが?」
「私」
「よろしい」
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