第74話 果て無き希望の証明は

 俺の手から生み出された一本の剣は、聖剣使いがこちらに突き出した右手の剣を打ち砕いた。


「なっ……」


 柄から先がすっかりなくなってしまったそれを驚くような顔で見つめると、そのままフローレンスはこちらにちらと視線を寄こした。


「ふっ……ははっ……ははははははっ!!!!!これが君の力かアヤトっ!」


 開き直ったかのように高笑いを浮かべるフローレンス。しかしその間俺の気が休まることは一切なかった。


 先の一撃を振り下ろした際に、直前の戦闘で奴に付けられた傷が一気に開いたからだ。垂れ流れていたはずの血はいつの間にか吹き出すように傷口から溢れ出し、視界は少しずつ霞がかかっていくかのように焦点が定まらなくなっている。


「極移神域転換魔法。運命神トゥルフォナが操ると言われるこの世が定めた理を捻じ曲げる力。それが本来折れないと定められた聖剣を君が砕くに至った力の源か」


 何やら難しそうなことを口にしているがそれも話半分にしか聞くことが出来ない。


「ふむ……太陽神から抽出できた神性も僅か。黎冥剣もその実体を留めておくには神性の貯蔵がいささか心許無いと来たか……」

「どうだ……引く気になってくれたか?」


 体は万全ではない。だが俺は気丈に奴に向かって笑って見せた。どれだけこの身がボロボロであろうとも、心までは決して折れてはいけない。


 俺が信じたものがそう俺に訴えかける。トゥルフォナ様が俺に指示したのは、奴をここにくぎ付けすること。


 きっとトゥルフォナ様は今、目の前のこのクソ野郎よりも強大な敵と戦っているはずだ。ならばこいつをここからトゥルフォナ様のところに行かせる訳には行かないのだ。

 それが例えどれだけ不可能な事であろうとも――


「それは僕のこの100にも上る聖剣の力を乗り越えてから言うんだなっ!」


 フローレンスが取り出した新たな聖剣が俺へと襲い掛かってくる。それは先と同じように大規模なかまいたちを空中に生成し、俺の方へと不規則な軌道で飛び込んできた。


「この程度っ!」


 しかしそれも見えてしまえば問題ない。右手の剣を勢いよく振りかざすと、その剣先に触れた攻撃は俺を避けるように両隣の地面を穿った。


「へぇ……」


 それを見て再び、聖剣使いの口元が大きく歪む。


「自らの体を引き裂く。そう決められた運命を捻じ曲げるか……。ますます欲しいな、その力っ!だが……っ!」


 フローレンスが宝物庫から新たな剣を取り出した。しかしそれは先ほどの聖剣たちに比べてどこか心許無く思えてしまう。


 それはその聖剣が小さなナイフのような形をしているからだった。


「その剣には一つ弱点がある」


 直後、唐突に俺の左の脇腹に激痛が走った。見ればそこには先ほど奴の手元にあったはずの聖剣が柄の部分だけが飛び出す程の深さにまで突き刺さっている。


「神はいろいろなところに存在し、そして様々な信仰を受けている。それは例え自然の驚異のみならず人々の文化の中にであってもだ」


 なぜ、いつの間に。という疑問が頭の中でぐるぐると沸き立つ。どれだけ強大な攻撃であろうともそれが見えさえすれば、または攻撃の挙動さえ把握できれば防げると思っていたからだ。


 奴はただ手元にナイフを呼び出しただけ。それがどうしていつの間に俺の脇腹を抉っているんだ。


「手品師ミリエステはその技術からいつの間にか神と崇められるようになった。多くの曲芸師たちの羨望の的となった彼の技術は、いつしか娯楽の神の一端としてその力を放つようになった。その剣の弱点は、刀身に触れなければ運命は捻じ曲げられないということだ」

「……がはっ」


 今度は先ほどとは逆側の腹部に。先ほどの痛みと相まってまるで全身が串刺しにされたような錯覚が俺の体の隅から隅までを走り抜ける。


「例えそれが殺傷能力に恵まれないナイフであろうとも、それを相手の懐に潜り込ませられるのであれば、それは必殺の刃となる」

「……ごっ……はぁっ」


 地面に鮮血が飛び散る。俺の口から噴き出たそれは闘技場の地面に跳ね返り俺の右足をどろりと染めた。


「おっと、心臓を狙ったはずがちょっとずれてしまったようだ」


 何が心臓を狙った、だ。俺の左の肺を肋骨の隙間から縫うように突き刺したそれは間違いなく意図して行われた攻撃だ。


「いかに強大な力を手に入れたとしても、それを振るう本人が何も力を持たないただの一般人では宝の持ち腐れだ。それに、君のその様子だとまずその力を振るうことすら困難なのではないのかい?」


 確かにそうだ。右足、左肩、両方の腹部。更には先ほど左の肺もやられた。もうまともに立っている事すら異常だと言えるだろう。


 そんな状態の俺が果たしてどうやって奴と対峙し続けられようか。


「さて、僕にはやらなければいけないことがあるんだ。そろそろ終わりにしよう」


 奴の手に再び姿を見せたのは先ほどその手に握られていた漆黒の剣。その神性は今まで奴がコレクションのように見せびらかせてきた聖剣とは比べ物にならないくらいに異質な気を放っている。


 恐らくあれは俺の持つトゥルフォナ様の力と同等。つまり、六柱の神の力。


「さぁ!これでとどめだ、英雄気取りのナナサキ・アヤトっ!!!!」


 奴が地面を蹴ると同時に勢いよく突っ込んでくるのが見て取れた。絶体絶命の状況。だが活路は確かに俺の足元に転がっていた。


「……がぁああ!!」


 手の中の聖剣を俺は勢いよく突き刺した。それは今だ動きを止めないフローレンスにではない。動かなくなった俺の右足に、である。


 それにより体を痛みが駆け抜けるがその程度のことにかまっていられる状況ではない。この剣は、刀身が触れたものの運命を捻じ曲げる。


 それは所有者自身の体であってもだ。


「う、ごけっ!」


 地面に縫い付けられたように動かせなくなっていた足が少しずつ感覚を取り戻す。俺はそのままそれを勢いよく後方へと引き下げるとそのまま体をくるりと右足を軸に背中側へと回って見せる。


「なっ!?……ふざけろっ!」


 視界の端で聖剣使いが大きく体勢を崩すのが見えた。俺が一縷の望みを託したそれを、奴は明確に踏み抜いたのだ。


 地面に先ほど吐き出した血。勢いよく突出してきた聖剣使いは、その地面の吐血に足を取られた。


「舐めるなっ!聖剣使いっ!」


 奴が咄嗟に自らを守るように突き出した剣を俺の創命剣が弾いた。そしてその勢いのまま切っ先がフローレンスの右肩を大きく抉り取る。


 バランスを崩して地面を転がる俺とフローレンス。


 咄嗟に起き上がった先では、奴がその顔を精一杯に歪めながら剣を支えに立ち上がっていた。


「小癪なっ!」


 傷口が痛むのだろう。奴は大きく肉が開いた右肩を痛そうに抑えていた。


「もうやめだ。その力を奪ってやろうとじわじわ痛めてやったものをっ!決めたぞっ、もう痛みも感じぬままに消し去ってやるっ!」


 フローレンスの左腕が手首の先から消失した。いや、僅かに手首の先端の時空が歪んでいるのが見て取れる。じっくりと見るのはこれが初めてだったから気づかなかったのだろう。あの先が宝物庫へと繋がっているのだろう。


「どうだ、六柱の剣の二振り。世界を作る根幹となった力が今、僕の手には備わっているんだ!」


 数多を照らす創世の光、太陽剣ホルスティアとそして幾多の輪廻から理を切り離す闇、黎冥剣オルフェウス。


 その二つの聖剣が、フローレンスの両手で歪にその神性を放ち続けている。


「さぁ……選べ。右と左、どちらの力で死ぬかをなっ!」

「……断るっ!俺は第三の選択肢を選ばせてもらうぜ!」

「はっ、自分の置かれている状況も理解できない雑魚が何をほざくっ!」


 二種類の剣戟が俺に飛来する。焼き尽くす浄化の光。そしてもう一方が全てを飲み込まんとする漆黒の闇。


 対して俺の手の中には一振りの剣しか握られていない。迎撃できるのは一方のみだ。しかし忘れていないだろうか。


 俺はいつだって、美少女に救われてきたってことを。いつだって、そんな彼女たちのすぐ後ろに、俺の居場所があったってことを。


「俺は諦めないぞっ、俺の死に場所は美少女の腕の中って決めてるからなぁ!!!!!!!」


 創命剣が闇を切り裂いた。俺を両断するはずだったその剣戟はその運命を捻じ曲げられてあえなく霧散する。


 しかしもう一方の浄化の光までは届かない。出来ることはやった。後は、俺の運命を信じるのみだ。


「土壇場でなんてことを呟くでありますか」


 凛とした声が耳に届くと同時に、目の前に迫っていたはずの浄化の光が突如として何かに両断された。


「……遅くなって申し訳ないであります」


 目の前の少女は首だけをこちらに振り向かせると、申し訳なさそうな顔を浮かべて見せた。


「大丈夫、まだ死んでないからな」


 流れるような所作で刀を鞘へと納めた彼女は、大きく腰を落とすと見覚えのある構えのまま小さく俺の名前を読んだ。


「アヤト殿」

「わりぃ、後は任せた、シグレ」


 ふっ、と小さく彼女が笑うのが見えた。どうやら彼女にとって目の前の聖剣使いとやらに一発ぶち込んでやるのはもう確定事項らしい。


 ならばそんな彼女の気概に応じて俺も、とっておきの魔法をシグレにかけてあげることにしよう。


「シグレ、『一生に一度のお願いだ、奴をぶった切ってこい』」

「……任されたでありますっ!」


 威勢よく応えるその背中を見ながら思う。


 やっと、俺は彼女達の背中に追いつくことが出来ただろうか。


 

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『美少女が一生に一度のお願いを何でも聞いてくれる力』を手に入れたのだが、どうやらエッチなことに使っている場合じゃないらしい 庵才くまたろう @kumatarou101010

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