第69話 世界は変革の前奏を鳴らして

  地面に倒れ伏せた大型の四足獣をちらと横目で眺めながらユフィは服に付いた埃を手で払う。


「造作もないわね」


 その戦いは戦いと呼ぶにはあまりに粗末だった。


 術師の力により呼び出された召喚獣はユフィの魔法によって一瞬にして四肢をもがれた。突如切断された自らの手足の先に戸惑う間も無く四足獣の頭部が爆発する。


 その様をユフィの対戦相手である召喚術者は呆然と眺めることしか出来ずにいた。


「召喚術ってのは初めてだったけど……指示を受けて動き出すまでのラグが問題かもしれないわねぇ」


 控室へと向かう通路でユフィは先の戦いをそう振り返った。展開された魔方陣から現れたそれが召喚術者の指示を受けるその一瞬。だがその時間こそがユフィにとっては絶好の攻撃機会だった。


 魔方陣の位置からある程度の座標を割り出し、そして姿が見えた瞬間に微調整を行い最適な位置で爆発を発生させる。


「もうちょい速度が無いと……」


 思い返すのは数日前の闘技大会予選での出来事だった。


「”聖剣使い”の反応速度を上回る……できるかしら」


 予選で放ったユフィの攻撃。フィオナが時間を稼いで手に入れた僅か一秒。しかしその一秒ですら聖剣使いには届かなかった。


 それがずっとユフィの心に大きな傷を残している。


「このまま勝ち上がったら準決勝か……」


 決勝トーナメント開催前に発表された組み合わせ表をぼんやりと頭の中で思い返しながらユフィは憎らしいあの笑顔を思い浮かべる。


「へらへらしやがって……次会ったら絶対ぶっ飛ばしてやるんだからっ!」


 と意気込んだところで突破口は見えず。


 あの時はフィオナと共同戦線を張った末にようやく隙を作れたが、本戦では一対一の文字通りタイマン勝負。無数に取り出される聖剣に対応を迫られてばかりになるのは明らかだ。


「それに……」


 ユフィの攻撃を防いだ最後の聖剣。


「太陽剣ホルスティア……」


 太陽神ヘルリオット。このアトランディアという世界に光をもたらし、その恩恵は天地問わず多くの生命に実りをもたらすと言われている、六柱神の一人である。


 六柱神の力はこの世界での神の力とは別格の力だ。それを宿した聖なる剣。それをあの聖剣使いは所有していた。


「私の力が通用するのか……ってところか」


 六柱の絶大な神性は、同じ六柱の力でなければ対抗できない。それをあの剣は体現してみせたのだ。


「私の力の正体も、そろそろアヤトにバレちゃうかなぁ」


 苦笑いを浮かべながらユフィは控室通路を後にする。背中では次の試合の開始を告げる武神の声が響いていた。



―――



「手筈通りに事は進んでいるか?」


 ルーデルヴァイン闘技場の一角。激しく火花散る中央のグラウンドが一番よく見える場所にその特別観覧席はあった。他の客席とは一味違うその場所は本来武神にとって特別な人物を招くときにのみ使用されるのだが、今回そこにその人物の姿はない。


 現在闘技大会は六日目。決勝トーナメントの最終試合が行われている。


「もちろんです。必ずや、貴方様の望む力を」


 深い紫のローブに身を包んだその人物に向かって、聖剣使いフローレンス・ロイガスティアは小さく笑みを浮かべた。


「それは僥倖だ」

「ええ、今回は貴方様に頂いたこの剣の力もありますゆえ」


 そう言ってフローレンスは自らの魔法である『宝物庫』から一振りの剣を取り出した。


「太陽剣ホルスティアか」

「ええ、まさかこれほどの聖剣が頂けるとは」

「お前には期待しているからな」


 光り輝くその刀身に紫ローブの中身が映りこもうとするが、その剣の持つあまりにも強大な眩しさにその姿はかき消されてしまう。


「ヘルリオットはもう本来の半分の権能も発揮できない。我が絶極神域の力により奴の力はその聖剣に封じられている」


 男とも女とも聞こえてしまうその声色はどこか嬉しそうにフローレンスへとそう告げる。


「この世界の在り方を曲げるのだ、聖剣使いよ」

「もちろんです。我々が世界に知らしめましょう。六柱に造られたこの世界が如何にいびつで歪み切っているのかを」


 フローレンスの返答に紫ローブの人物は満足そうに鼻を鳴らした。


「して、こんな場所まで我を呼び出して一体どんなショーを見せてくれるというのだ?」


 その問いかけにフローレンスは笑みを浮かべる。この場所への立ち入りをわざわざヴァンダル=ヴァインへと願い出たのは、目の前の人物に特等席を用意したかったからだ。


 即ちこれから行われるのは世界変革への始まりの合図。


「ご存じですか、実はこの闘技大会にとある人物の力を継ぐものが出ているということを」

「ん……、それはアイリスの報告にあった海運神の娘か?」


 もちろんそれもフローレンスが伝えたいことの一つだが、それを上回る重要な情報を彼は握っている。


 予選の会場でちらとしか感じることが出来なかったがあの力はまごうことなき六柱の力だ。空間と時間を捉え、その狭間を操る力。


「時空の申し子がこの会場におります」


 その言葉に、ローブの下の表情が僅かに変わるのが分かった。


「……そんな力はこの街から感じることは出来ないが?我を試しているのか、フローレンスよ」

「とんでもございません。恐らくあの力はまだ未覚醒。そのため恐らく貴方様の感知範囲に入らないのでしょう」

「ふぅむ……気に入らんな」


 つまらなさそうにそう呟くと、近くのテーブルの上に置かれていたグラスに口をつける。中身は通商連合の特産である果実酒である。


「なればこそ、ですよ。ここは幸い見晴らしがいい。四日後、ここで貴方様に私がお届けいたしますよ」

「出来るのか……?」

「もちろん。私を誰だとお思いで?幾万の聖剣を携えし者。人は私を聖剣使いと呼んでおります」

「ふっ、分かった。ならばここで見届けて見せよう。楽しみにしているぞ、お前が私の元へとその力を届けに来るのをな」


 そこまで言い終わるとフローレンスの目の前から忽然と気配が消えた。


 目の前にあるのは先ほどまで確かに誰かが居ただろう形跡の柔らかな椅子と飲みかけの果実酒が入ったグラス。


「ええ、必ずお届けいたしますよ。空間神の力と、時間神の力を……ね」




―――



 アリサカ・シグレは一人、宿の一室で小さく膝を抱えながら震えていた。


「ううううう……昨日の今日でアヤト殿たちに会いづらいでありますぅ……」


 先日の一回戦を辛くも勝利したシグレは次の試合まで時間を持て余していた。


 二回戦は別ブロックの魔法剣士という噂だ。


 剣術を使う人間はこのアトランディアでも稀有。聖剣使いのように剣を使う人間はいるが、魔法使いが持つ剣の主な用途は神性の発動の正確性を生むための媒介としての役割が大きい。


 そんな中でもシグレの次の相手は魔法と剣術を組み合わせた多彩な戦い方をウリにしている魔法使いなのだそうだ。


 まぁ、それもこれも今のシグレには全くどうでもいいことなのだが。


「フィオナ殿には一言謝罪をさせていただきたいのですが、でもユフィ殿はなんかわたしのことを邪険にしている様子……。でも純粋にアヤト殿ともお話がしたい……」


 一人で旅をしていたシグレにとって、出身地以外のこうした交友は初めての事であった。だからこそ出来た同年代の友人たちともっと親しくしたい、のだが先日のわだかまりがありなかなか素直に顔を出すことが出来ない。


 そんな板挟みに彼女は現在進行形で囚われてる。


「い、いや……これでも剣士の端くれっ、いつまでもここで迷っているようではお父様にもカナヤヒコ様にも顔向けが出来ませんっ!」


 重い腰を上げアヤト達の元へと向かおうとしたその時だった。


「……そう言えば、どこに行けば会えるのでしょうか」


 そして再び途方に暮れ宿のベッドへとうつ伏せで倒れ込む。


「い、いや、とにかく気分転換に外に出るのは大切です!その途中でもしかしたらアヤト殿たちにも会えるかもしれませんっ!」


 すくりと立ち上がると衣服の乱れを簡単に整え、いざ闘技場のある方角へと足を向けようとしたその時だった。


 ドアノブに伸ばしたシグレの手がぴたりと止まる。


「……何か変な感じがしたのですが」


 宿の小さな窓からはルーデルヴァイン闘技場のちょうどてっぺん当りが見て取れる。そちらの方から妙な気を感じて視線を向けるが、そこにはこの街に来てから見慣れた仰々しい大きな建物が顔を覗かせているのみであった。


「気のせいでありましょうか?」


 一瞬だけ感じた妙な気配は今はもうどこにもない。


「まぁ警戒に越したことはありませんな」


 そう言って気を引き締めるシグレだったが、もうこの街では既に深い陰謀が一つ日の目の当たる直前まで動いているということを彼女は知らない。

 

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