第65話 覚悟は束の間の木陰に寄りて
その日俺たちはユフィの提案でエーデルワイン郊外の自然公園を訪れていた。
この街は商業と娯楽の中心地だがそれと同時に多くの人々が営みを行う街でもある。
貿易や漁業で多くの財を成す富裕層も多く住んでおり、そのためかこうして保養施設としての一面を持つ場所もこの街には多く点在しているらしい。
「見せかけだけだと思ったけれど……こうしてみると割としっかりしてるわね」
そう言いながらユフィは足元に青々と生い茂った芝生を数度その足で踏んで見せた。
「なんでも武神の古くからのお知り合いがこの公園を作る際に協力を申し出たそうですわ」
ユフィの隣を歩くフィオナも、それに倣うかのように近くの木から垂れる枝へと手を伸ばしている。
「それにしても、案外人が多いんだな」
現在エーデルワインでは武神主催の闘技大会が行われている。そのため国内外問わず様々な場所から多くの人間がこの街を訪れているせいか街の宿屋や飲食店は大変に潤っているらしい。
今日はそんな闘技大会も休息日となっている。決勝トーナメントでは聞くところによると予選を抜けた者たちが互いに勝ち抜き戦を行っていくのだそうだ。そんな者達への武神の配慮なのだろう。現にユフィもフィオナも昨日の戦闘では満身創痍な状態まで追い込まれていたのだ。
「あの……」
俺が遠くに見つけた家族連れへと目をやっていると、ふと、隣の少女が申し訳なさげに声を上げた。
「どうしたんだ、シグレ」
「あ、いや……」
そう言って彼女は先を行くユフィとフィオナへ目を向ける。
「お邪魔してよかったのですか?」
どうやら彼女は自分が場違いなところにいるのではと心配しているようだ。だがそれは少し違う。今回こうしてシグレを誘ったのはなんせ皆同意のうえでの俺からの提案だったのだから。
「心配ないさ」
「で、でも……せっかくのその、でーとを邪魔しているのではと」
所在なさげに指先をもじもじと体の前でしてみせるシグレに思わず俺は笑ってしまう。
「な、何がおかしいでありますか!?」
「い、いや……何でも」
「でもっ!」
どうやら彼女は大きな誤解を今もしている。まぁ、思えば最初に商隊の護衛で顔を合わせた時以来の俺たちが悪いのだが。
「俺と二人はそんな関係じゃないよ」
きっとシグレは俺が目の前を歩く彼女達と懇ろな関係にあると勘違いしているのだろう。まぁ、年頃の少年少女が一緒に旅をしていると聞くと傍から見ればそういう関係に見えてしまうのかもしれないが。
「違うのですか……?」
「まぁね」
ふとそれを聞いたシグレの表情が和らぐのが見えた。今の言葉のどこに安心できる要素があったか分からないが、とりあえずシグレの雰囲気が明るくなったため良しとしよう。
「それじゃあどうしてアヤト殿は彼女達と?」
その次に続くのはきっと一緒に旅をしているのはなぜ、といったところだろうか。はて、これについてはどう答えたものか。
「そうだなぁ……」
「成り行きよ成り行き」
「う~ん、そうかもしれませんわね」
そう答えたのは先頭を歩くユフィとフィオナだった。グイグイと進んでいくもんだから離れてしまっていたと思っていたのだが、どうやら俺たちの会話が聞こえる程度にはまだ近くにいたらしい。
「私はこの世界を見て回っている途中だったからね。それなら道連れが居たほうがいいと思ったのよ」
確かに俺がユフィを旅に誘ったのは成り行きだった。まぁ、最初にこの世界に来てからずっと一緒に居たという理由もあるかもしれないが。そういえば最初に出会ったときは俺、ユフィに殺されかけたんだよなぁ。それも今更な話なのだけれど。
「わたくしもアヤトさんたちが偶然助けてくださったゆえですわね」
フィオナも彼女の意思で俺たちの旅に同行している。その目的は妹を探すこととそんな妹を誑かした黒幕を見つけ出すこと。俺とユフィの旅よりもより具体性のある目的だが、その実そのための足がかりは今のところ一切見つかっていないと言える。
「ではなぜ闘技大会に?」
その疑問はどう答えたものだろう。優勝の商品である武神ヴァンダル=ヴァインが願いを聞き入れてくれる機会というのが、目的ではあるのだがそのためにはシグレに俺たちの話をしなければいけないことになる。
もしこの後ぶつかるだろう相手にそれを伝えていいものか。更にはフィオナが神そのものであるということに関してもそう易々と広言する訳にもいかないだろう。
「いやぁ、実は旅の資金が心もとなくてね」
だからそう俺は誤魔化すことにした。まぁ、これに関しては別に嘘でも何でもないのだけれど。思えば俺たちがこうしてシグレと出会ったのもウェンズディポートで手に入れた金にものを言わせて贅沢をしまくった弊害なのだが。
美味かったなぁ、あの時の海鮮づくし。これでもかというほど高級魚が盛り付けられたあの光景が未だに脳裏に焼き付いている。
金欠の最近は安い店を探すのに躍起になっていることの方が多い。たまには店先の看板に書かれた数字など気にせずにただ旨そうな匂いに引き寄せられてみたいものだ。
「……なら、わたしと同じですな」
その言葉はシグレにどう聞こえたのだろうか。とかくシグレは俺の言葉にそう答えた。それが嘘だということはもう分かり切っている。ああまでして戦う理由がただ金のためではないということは誰にも分かることだろう。
まぁ、でもこれに関しては俺たちと一緒で真実の一端であることは違いないのだろうが。でないとあんな場所で危険な護衛任務に飛び込むような真似はしないだろう。
だがそう答えたのであれば、もしかして俺の言葉も建前だということを見抜いたがゆえの答えだったりするんだろうか。
「どうしたでありますか?」
「あ、いやっ……」
いつの間にか俺はぼんやりとシグレのことを見つめ続けていたようだ。その視線に気づいたのか不意にシグレがこちらを振り向く。
隣で俺を見上げるような構図になっているシグレに思わず俺はドギマギと声を上げてしまう。幼いながらも整った顔立ち、その顔に二つくっついた黒真珠のような眼が俺をぴたりと捉えていたのが分かったからだ。
「ちょっとアヤトさん、そんなところでぼんやりしてどうしたのですか?」
ふと俺の手がぐいと引っ張られたかと思うと、フィオナが頬を膨らませながら俺の方を見つめていた。
「全く……可愛い女の子に構うのはもうこの際仕方ないことだと割り切って差し上げますが、それでも少しはわたくしたちに構ってくださってもよろしくてよ?」
「ほんとよ。直ぐに美少女に目が行くんだから。まぁ、性分だからしょうがないんでしょうけどー?」
俺は一体どんな風に二人の目に映っているんだ。
「か、かわっかわわ……っ」
そしてこっちはどうしてそんなに真っ赤なんだ。
「なぁ、シグレはどうして……」
目の前を歩く二人にシグレの様子を尋ねてみるもそっぽを向くばかりで何も答えてくれそうにない。そんな二人の背中には自分で何とかしろなんて言葉が書かれていそうな雰囲気が満々だ。
「アヤト殿……」
どうしたものかと悩んでいると、ふと隣のシグレへと再び声をかけてくる。
「なんというか……ありがとうございます」
俺が彼女にお礼を言われるようなことなど何もないと思うのだが、それでもシグレは頑なに謝辞を口にする。
「俺は何も出来ていないよ」
そう、俺がやったことなんてただ気分転換がてらに散歩に誘っただけ。俺にはこうして前を歩くユフィとフィオナのように大した力も知識もない。もし礼を言うのならあの時、聖剣使いの攻撃からシグレを守った二人こそがその言葉に相応しいだろう。
まぁでも、俺の今日の行動が彼女にとって何かのきっかけになるのであればそれはそれで良かったとプラスに考えよう。
「……わたしは勝ちます」
ぐいとその小さな手で上着の裾を握りつつ、ぽつりとシグレはそう呟いた。
「ユフィとフィオナにもか?」
「……はい。例え誰が相手であっても」
その目は真剣で、見つめる視線の先にはきっと彼女が目指すべき世界の果てが転がっている。
そこにあるのは矜持か呪いか。それともはたまた彼女にとっての祝福か。
「聖剣使いにだって昨日の二の舞は踏みませぬ。勝たなければならないのです。だってわたしは――」
そう言って彼女は今一度その黒真珠の瞳をぎゅっと閉じる。
「路銀が必要でありますから」
「……だな」
その決意に俺はそれ以上何も口にすることは出来なかった。
「ほら、何やってるのアヤトにシグレ」
「この先に美味しいガレットのお店がありましてよ!」
だが今だけは、その決意の上にそっと束の間の休息という名のシーツをかけてやるのもいいかもしれない。
「ってことだ。昨日の晩飯は一緒に食い損ねたけど、今日は俺の驕りだからさ」
「……なんと!それは財布が素寒貧のわたしには魅力的な提案ですな!」
先の真剣なまなざしは鳴りを潜め、今のその目は年相応の少女のように輝いている。
神様の気まぐれと偶然に満ちたこの世界で、それでも自らの運命を切り開かんと足掻く者達がいる。明日から始まる彼女彼らの鎬を削る戦いに、俺は一体何を見ることになるのだろう。
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