第63話 立ちはだかるは遥か遠くの

「いいねぇ!役者が揃ってきたじゃないか!神性を断つ剣士に時空の申し子、更には海運神の器と来たじゃないか。さすがヴァンダル=ヴァイン。こうも役者が揃い踏みとは、随分なもてなしじゃないか!」


 目の前で歓喜の声を上げる聖剣使いを見ながらユフィは小さく舌打ちをした。


 只物じゃないということは事前に分かっていたことだが、まさかそこまでこちらの情報を握っているとは思ってもいなかったのだ。


「……どこの誰に聞いたのやら」


 ぼそり呟いたその声もこの状況じゃユフィの耳にしか帰ってこない。それほどまでに聖剣使いが醸し出す雰囲気と先の攻撃で舞い上がった爆炎が闘技場中心部に異様な状況を作り出していた。


「フィオナっ!」


 ユフィは自分たちの置かれている状況をすぐさま把握すると後方の相棒へと声をかけた。


「正直正面から打ち合える相手ではありませんことよ」

「分かってるわ」


 しかしそれでも決して無理だとは口にしない彼女にユフィは心の中で小さく感謝を述べる。


「一瞬でいい。具体的に言うと二秒。奴の足を止めて頂戴」

「注文が分かりやすくて助かりますわ。誰もがそれぐらい簡素にオーダーを通せればこの世界に困り顔を浮かべるウェイトレスは居なくなりますわね」


 それは暗に普段食事時に店のウェイトレスに料理についてやたら尋ねることへの皮肉だろうか。


 まぁ、だからと言ってこれからも気になる料理について聞きまわることを辞めるつもりはないのだが。それよりも目の前の障害だ。オーダー通りにフィオナがやってくれるのであれば勝負は良くも悪くも一瞬で決まる。


 つまり、ユフィの攻撃が通るか否か。ただそれだけ。


 この戦闘が長引けば長引くほど不利なことはユフィもフィオナも理解している。もう既に自分達は多くの戦闘を潜り抜けてきた。首からぶら下がった12枚にも及ぶエントリーチップがそれを物語っていた。


 この世界の魔法は神様から貸与された神性によってその効力を具現化させる。しかしその神性も無限ではない。休息による補給により再び体内へとその力を宿すのだ。


「フィオナっ!頼むわっ!」


 だからこそ、少女たちはその一瞬に全てを賭けた。


「任されましてよっ!吹き荒れなさいっ!攻波魔法『波濤の鉄槌アペリオテス・ブリッツィア』!」


 これでもかというほど引き抜かれたフィオナのコンパウンドボウから無数の矢が放たれる。


 闘技場のはるか上空へと放たれたそれは一見して的外れの攻撃のように見えるが中空のそれは射出された勢いをさらに増し一つの巨大な竜巻と姿を変える。


 吹きあがったそれはまるで生き物のように行き先を気まぐれに変え、その頭部をフローレンスの方へと向けた。


「南東の風。船乗りたちを遥か遠くの異国へと運ぶ風の力。それをまさかこのような力に変えるとはね。さすが神。生み出す魔法はまさに神性そのものと言う訳か!」


 自らへと襲い来るそれを眺めながら聖剣使いは相も変わらず余裕の笑みを浮かべて見せる。


「じゃあ、ご挨拶だね!出でよ嵐剣っ!」


 フローレンスの力により宝物庫から取り出されたのは鈍色に輝く一振りの剣だった。


「竜巻勝負と行こうかっ!巻き上がれ、嵐っ!」


 一薙ぎ。虚空を下から上へと切り上げるように振られたその切っ先から一陣の旋風が巻き起こる。それは決してフィオナの魔法ほど派手ではなかったのだが、その密度こそが問題だった。


「う、打ち消されましたのっ!?」


 自らが放った魔法が中空で霧散する様を見ながらフィオナは驚きの声を上げた。全力に近い一撃が僅か一振りの刃によって無と帰したのだ。


「はははっ!海運の力も大したことないなっ!いや、まだ目覚めたばかり……といったところかな?」


 しかし彼女達にとってその攻撃は本命ではない。そうやって生み出された時間こそが、どうしてもユフィとフィオナが欲しかったもの。


「十分よ。魔法が消されたことに関しては後で私が慰めてあげるわ」


 左手を大きく突き出して、右手はすぐ顔の前に添えるように。そう口にしたユフィは既に攻撃の体勢を整え終えていた。


「空間神域魔法……起動っ!」


 前方の時空が突如歪む。フローレンスを囲むように現れたそれはまるでその中心部に世界を吸い寄せるかのように急速に収縮していく。


「『位相の方舟アルド・ノア』っ!!!!」


 周囲の空間が歪む様がその場にいる全ての者の目に映った。


「決まったっ!」


 これで周囲の時空間ごと聖剣使いを捩じ切れる。そう、その――はずだった。


「なるほど……六柱神の力は同じ六柱神の力で相殺できる……うん、勉強になるな」


 歪む空間の最中で、その青年は満足そうに小さくそう呟いた。


「なっ……空間が……縮まないっ!?」


 目の前で起こった事象に思わずユフィは驚きの声を上げる。ウェンズディポートの時とは段違いの出力のはずだ。あの時はアクアマリーに簡単に相殺されたが今度はそれとはレベルが違う神性を注ぎ込んだ。間違いない。そう確信して放った魔法だった。


 だがそれが、何かの力によって全くと言っていいほど微動だにしない。


「太陽剣ホルスティア。僕の持つ聖剣の中でも最高級の一品だ」


 フローレンスの腕には一振りの剣が握られていた。それは先ほどの炎剣とは比べ物にならないほど眩しく輝き、近づくもの全てを焼き尽くす程の熱を放っている。


「聖剣は神の力が宿った剣。そう、この剣には六柱神の一人である太陽神ヘルリオットの力が宿っているのさ」


 ガラスを割ったかのような乾いた甲高い音が辺りに響く。それはユフィに自らの術式が完全に目の前の剣によって打ち破られたことを告げていた。


「ま、まずいっ!」


 咄嗟にユフィが防御態勢をとるがフローレンスは既にもうその剣を振り上げている。


「ユフィさんっ!」


 そう叫んだフィオナの位置からはもうその攻撃に介入する術はない。まさかこの力がいともたやすく破られるとは。ユフィの中に沸き立つのは僅かな後悔の感情だった。


「借りは……返せと教わりましたゆえ」


 しかしそんなユフィの前に一人の少女が立ちはだかる。ボロボロの体で足元をふらつかせながら、それでも少女は低く腰を下ろすと、いつも通りの型をそこに作り上げる。


「あ、あんたねぇ!」 


 ボロボロの小さな背中。それでもどうしてこうも頼もしく見えるのだろう。もしかしたら命を落とすかもしれない攻撃の前であるというのに、それでも不思議とユフィは恐怖を覚えなかった。


「我が身は剣、そしてその役割は……他者を守るための盾でありますっ、鹿倉流抜刀術っ!」


 振り抜かれた太陽剣が轟音と灼熱を伴って二人の少女に降りかかる。しかしその進路の先で、サムライ少女は小さく口元を歪めたのだった。


「『羅刹鳴神』っ!!!!!!」


 その抜刀は先のように前に踏み込む攻撃ではなかった。その場で迫りくる脅威に向かってただ叩き落すかのように放たれる斬撃。それは光に迫らんばかりの速度で太陽の力に抗って見せる。


 否、完全に断ち切って見せたのだ。


「はは……っ、これが我がトキサメマサムネの力であります……っ」


 シグレの体がゆらりと揺れ地面に倒れ伏す。


「だ、大丈夫……!?」


 咄嗟にそちらに駆け寄るユフィだったが、既に目の前の聖剣使いは二撃目の攻撃を振り上げていた。


「そこまでだっ!!!!!!!」


 直後、聞き覚えのある声が闘技場内に響き渡る。


「予選突破者が決定した!今この場に残っている16名が本戦の出場者となるっ!」


 それは武神ヴァンダル=ヴァインのアナウンスだった。見れば周囲でも戦闘は続いていたようで、その中で恐らく生き残ったのだろう勝者たちが各々そのアナウンスに耳を傾けている。


「ははっ、予選突破おめでとう、お嬢様方」


 目の前ではフローレンスが思ってもみない賛辞を送ってくる。


「それじゃあ、本戦で会えるのを楽しみにしているよ」


 それだけを言い残し出場者通路へと姿を消す聖剣使いを、三人はただただ見送ることしかできないのであった。


「……完敗でありました」


 そう言って地面へと仰向けに倒れ込むサムライ少女を、ユフィは複雑な顔で見つめるのだった。

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