第62話 希望は少女の形をして

「なっ、速いっ!?」


 シグレの体を貫かんと放たれた無数の氷槍はされどその抜刀によって叩き落される。しかしその全てが砕かれるまでには至らず、一本がシグレの左の二の腕を大きく抉った。


「……っ!?」


 痛みに思わず表情が歪む。反応速度が氷槍の襲来に追いつかなかった。が、それを目の前の化け物に悟られまいと咄嗟にシグレは攻撃体勢へと移行する。


「苦し紛れの攻撃が僕に通じるかな?」


 シグレが大きく腰を落とすのを見て”聖剣使い”フローレンス・ロイガスティアは右手にさらなる聖剣を呼び出す。


「次はこいつだ、超えて見せなっ!」


 彼の手に現れたのは刀身に炎を纏った紅蓮の剣。それを目の前の地面へと横薙ぎに振ると直後フローレンスの前に獄炎の壁が出現する。


「『紫電……』」


 しかし既に踏み込むための右足に神性を溜め込んでいたシグレはその炎を見ての回避行動にはもう手遅れだった。ならば自らにできることは一つ。目の前の炎の壁を文字通りぶち破るのみ。


「『……一灯』っ!」


 弾丸のように放たれた少女の体は燃え盛る壁に向かって一直線に突き進んでいく。


「この程度ぉおっ!!!!!」


 纏う衣服に焔が群がることも厭わずにシグレは壁の向こうの聖剣使いへと向かう。納刀された刀を炎の壁を払うことに使う訳にもいかない。あの聖剣使いが通常の剣戟で倒せるとも思わない。ならば自らにできることはこのまま壁を突き破り、必殺の一刀をその体に叩き込むことだけ。


 炎の熱さが集中を阻害する。体にまとわりつく熱さがゆらと視界を揺らした。しかしそれでもシグレは足を止めない。いや、止める訳には行かなかった。


「はぁあああああああああ!!!」


 壁を抜けたその向こうでフローレンスが相変わらず余裕の笑みを浮かべている。そしてその余裕が故か胴体は無防備にもご丁寧にこちらを向いてくれている。


 行ける。間合いにその胴体を捉えた瞬間シグレは小さくそう思った。


「貰ったっ!」


 柄へと添えた右手に力を一つ入れるとそのまま逆袈裟に思い切り振り抜いた。


 ――はずだった。


「扱える聖剣が同時に一種類だけだと思っていたかい?」


 ガギリ、と鈍い音が辺りに響き渡った。シグレの右手に痺れが走る。剣戟が見えない何かに防がれたのだ。接触の際に散った火花が頬に触れるのも構わずにシグレはその向こうの聖剣使いへと鋭い視線を飛ばす。


「早く間合いから逃げたほうがいいんじゃないのかい?」


 瞬間、右半身を猛烈な熱さが襲った。見ればフローレンスが先ほど炎を生み出した紅蓮の聖剣を振り上げている。

 ちらとそちらを視界に捉えたシグレは咄嗟にその場から後退する。


「先ほどのは一体……」


 確かに捉えたと思っていた一撃が見えない何かによって防がれた。それがシグレに再びの攻撃を躊躇わせた。


「来ないのかい?」


 煽るようにこちらに視線を飛ばすフローレンスにシグレの中の剣士としての血が沸き立つ。が、それを抑え込むように必死に平静さへと手を伸ばすと、あることにシグレは気づく。


「左手の……柄?」


 見ればフローレンスの左手に何かが握られているのが見て取れた。それは一見すると小さな棒状の何かに見えるが手の隙間から覗く意匠がシグレにそれが剣の柄であるということを伝えてくる。


「なら、こちらから行かせて貰おうかぁっ!」


 直後、シグレの体を冷たい何かが通り抜けた。


「殺気っ!?ここか!」


 咄嗟に鞘から刀を抜き取るとそのまま虚空に向けて一刀を振り抜く。すると鈍い金属音が響き渡りそのまま中空で何かが砕け散るような感触が刀を通じてシグレの体へと伝わってくる。


「おっと、僕としたことが気合いが入りすぎてしまったようだ」

「……まさか」


 先ほど攻撃を防いだ何かと直前の恐らく斬撃。そこから推察するにフローレンスの手に握られている聖剣の能力がシグレの脳裏に過る。


「不可視の刀身……でありますか」

「へぇ……正解だよ、サムライ少女ちゃん」

「わたしにはシグレという立派な名前があります。そんなあだ名で呼ばないでいただきたい」


 不可視の剣戟など先ほどのように何度も弾ける攻撃では決してない。軽口を飛ばしながらもそれ故にシグレの表情からはすっかりと余裕が失われている。むしろ焦っているとでも言えるその顔を見ながらフローレンスは再び言葉を続けた。


「僕が聖剣使いと呼ばれる所以。それはこのアトランディアに転がっている無数の聖剣の半分が僕の魔法の掌握圏に存在しているからだ。それを僕は武器庫と呼ばれる異空間から取り出すことで瞬時に扱うことが出来る」

「ご丁寧に、ご高説痛み入りますな」

「ははっ、宗教家に転職した覚えはないのだけどな」


 さすがは武神の加護を受けし者。ヴァンダル=ヴァインの一番弟子と言われる所以をこうも突きつけらてしまうとこんな状況でありながら口元にも自然と笑みが零れてしまう。


「だけど持ってない聖剣もいっぱいあってねぇ……特にそれ」


 そう言ってフローレンスはシグレの腰を指さした。


「それ、トキサメマサムネでしょう?」


 シグレの心臓が一つ跳ねる。まさか自らが持つ刀の正体を知られていたとは――


「君の剣術は神性によるものは一つだけ。踏み込みの時に生み出される驚異的な瞬発力のみ。君がここまで僕と向き合えているのはその腰の聖剣の力があるからだ」

「……黙っていただけないだろうか」

「おっと」


 不意に放たれたシグレの雰囲気に思わずフローレンスも驚いてしまう。それほどまでにシグレが今纏っている様相は怒りに満ちたものだった。


「そんなに怒らないでくれ。それとも何かその聖剣には並々ならぬ曰くがあったりするのかい?」

「それ以上口を開くと……」

「まぁ、どう怒ろうが君の勝手さ。だけどね、僕もその剣には興味がある。サイゴク刀と言うんだろう?まるで波を打つかのような刀身が綺麗じゃないか。ぜひ、コレクションに加えたいものだ!」


 再び見えない剣戟がシグレへと飛ぶ。が、それも再度シグレの迎撃によって叩き落された。ようやく、といったところの迎撃だが、それはまるで聖剣によって自らが試されているかのような単調な攻撃に思えてしまう。


「やっぱりその聖剣は神性が切れるんだね?」


 やはり試されていたか。シグレの中に再度焦りが生まれる。

 

 聖剣とは造り手が神の力を込めた剣。つまりそこから放たれる物理的な攻撃以外のものは全て神性による攻撃である。


 シグレの手に握られた刀、トキサメマサムネはその神性を断ち切る力。


「ははっ、凄い力だなっ!」


 興奮で高まった感情に任せて聖剣使い、フローレンス・ロイガスティアは両手の剣を振るい続けた。右手には紅蓮の剣、そして左手には姿なき刃。


 その姿をこれでもかと誇示する爆炎と静かに獲物の首元を狙う姿なき暗殺者がシグレへと次々に襲い掛かる。


「まっ……ずい……っ」


 防戦一方。無数に放たれる攻撃にシグレはその場を引き下がることもできない。ただその場で自らの経験と感覚に基づき刀を振り続ける様に、闘技場の熱狂的な観衆ですら思わず目を背けてしまう。


「これで終わりだっ!」


 不可視の剣戟をようやっと弾き終わった直後、紅蓮の炎の向こう側から三本の氷柱が現れる。


「このタイミングで持ち替えるなどっ……!?」


 突如現れた目に見える新しい情報にシグレの反応が一歩遅れる。初撃は何とか弾けたものの二の矢、三の矢が彼女の右肩と左足を貫いた。


「がっ……はっ……」


 両足の踏ん張りによって保たれ続けていた体のバランスが一気に崩れシグレは思わず膝をつく。と同時に激痛が走った右手は力を失い、手からは刀が零れ落ちた。


「さぁ、その刀を寄こして貰おうっ!」


 今度の攻撃は先とは比べ物にならない規模。最初に聖剣使いが見せた地面を抉る剣戟が目前に迫った。


「ここまで……でありますかっ」


 悔しさに視界が歪む。こんな有様を晒してまで、自分はいったいこの場で何を見つけたかったというのか。そんな思いがシグレの胸中にふつふつと湧き上がる。


 終わりを悟り思わず目を閉じる。恐らく数秒後には大地を穿つあの攻撃にこの体は引き裂かれるのだろう。


「痛いのは……嫌でありますなぁ」


 半ば諦めのような言葉が口を付いた。


 その直後のことだった。突如彼女の目の前で轟音が鳴り響く。


「全く。か弱き女の子を嬲って何がしたいのかしらね」

「同意ですわ。しかし油断なさらないように」


 二人の少女の背中がシグレの目の前に立ち塞がる。余裕そうに言葉を交わしてはいるものの、その装いから彼女達も激戦を潜り抜けてきたのだということが伺えた。


「は、はは……はははっ!!!!」


 聖剣使いの高笑いが響く。


「まさかまさかだ……妙な神性が漂っていると思ったんだ。しかしまさかそれが時空の申し子と海運の神だとはねぇ!!!!」


 歓喜に満ちた表情でフローレンスは両手の剣を振りかざす。


「あ、貴女がたは……」


 ブロンドの少女がこちらを振り向く。その背中の主たちは、シグレにとって見覚えのある人物だった。


「うちのスケベが世話になったみたいね。でもまぁ、それとこれとは話が別ってことで」


 そう言うとその少女は右手に神性の力を宿す。異様な力だった。護衛の時とは比べ物にならないほどの異質な神性がその場に現れる。


「さぁて、大物狩りといこうかしら、フィオナ」

「後ろは任せてくださいまし、ユフィさん」


 それはシグレにとって思ってもみない助太刀だった。

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