第61話 聖剣に愛されし者

 爆炎の中心地で、アリサカ・シグレは小さく口元を歪めた。


 自分はこの場でも戦えている。そんな自信が彼女に笑みを浮かばせた。既に彼女の手元には三枚のエントリーチップが存在した。

 体躯の小さく更に年若い彼女を最初の獲物と定めた大会参加者をシグレは一瞬のうちに返り討ちにしていたのだ。


 そして今はまた無謀にも自分に喧嘩を吹っかけてきた四人目の大会参加者と対峙している。


「炎使いでありますか……」


 初撃は視界外からの不意打ちだった。三人目からチップを奪い取った直後に右手後方から感じた熱を文字通りシグレは叩き落した。

 その後幾度も手のひらサイズの火球を叩き込んでくるがそれを全てシグレは手元の刀で切り伏せていた。


「しかしこれほどの火力とは……さすが武神主催の闘技大会といったところ」


 シグレと対峙した男はこのままだとらちが明かないと瞬時に感じ取ったのだろう。そして自らが幼い少女を侮っていたことも直ぐに理解した。


 だからこそちまちまとした出し惜しみのような攻撃を止め瞬間の火力に移行した。力強く前方に突き出された男の両手からは爆炎が渦を伴ってシグレへと放たれる。しかしそれもまたシグレが瞬時に放った居合によって真っ二つに両断されたのだった。


「火力はありますが、直進しかしないというのはなんとも芸が無いですな」


 切り伏せた炎はシグレを躱すように地面に落ち、彼女の周囲を囲うように足元に燃え広がっている。そんな炎の中心地でシグレは小さく腰を落とした。


「魔法使いというのはその魔法の扱いにかまけ近接を疎かにしているとか。わたしの敵ではありませんな」


 旅の直前、国を出る前に人づてに聞いた知識を思い返しながら前方へと踏み出した右足に力を込めた。目の前の男は再びシグレを滅せんと詠唱を開始するがしかし既にシグレとの距離20メートルは彼女の射程の中だった。


 それを知らず大きく両手を前に突き出す。


「滅せっ!『豪炎のバニシング――』」


 しかし彼は最後までその詠唱を口にすることはなかった。なぜならば、既に自らの首元には細身の刀身が突きつけられていたからだ。


「なっ……」


 その光景に唖然となる。剣を武器にしている相手だけに距離には最大限の注意を払ってきた。しかし今一瞬でこの距離を詰められているのはどうしてだ。


 男の脳内を占めるのは目の前で起きた事象に対しての疑問だった。


「いつの間に……とでもお思いですか?」


 近くで聞く少女の声は各地から聞こえてくる戦闘による雑音の中でも嫌によく男の耳に響いた。


「わたしの居合は音を越えますので」


 気づけば首元のエントリーチップがシグレの刀の刀身にぶら下がっている。先の掛け合いの間に切り取られたというのか。そしてもし一歩間違っていたらあのチップのように自分の首が体から離れていたのかと考えると男の背中に冷たいものが流れていく。


「じょ、嬢ちゃん……アンタぁ名前は?」


 しかし男も腕に覚えのある強者であるという自覚があった。そんな彼のプライドが、最後にその少女の名前を問うのだった。


「名乗るのは趣味じゃないのですが……まぁ、貴方の炎に免じて告げることとしましょう」


 すいとシグレは刀を鞘へと納めると乱れた衣服を直しながら男へと向き直る。


「アリサカ・シグレと申します」

「アリサカ……?じゃあアンタのその技はっ」


 男の言葉にシグレは思わず驚いた顔を浮かべる。


「おや……ご存じの方がいらしたか。では改めて。鹿倉流正統後継者、アリサカ・ヒジリは我が父であります」

「へっ、冗談じゃねぇ」


 そう言って男は嬉しそうに笑った。それは自分が都市伝説にでも出会ったからが故の受け入れがたい現実への笑いか、それとも目の前の純粋な強者に出会ったが故の笑みか。


 そんな表情をシグレはちらと横目で見ながら次の戦場へと足を向ける。


「ふむ……残りは半分といったところでしょうか」


 見れば戦場となった闘技場中心部はいつの間にか死地へとその姿を変えていた。ところどころ大地は大きく抉れ、一部地形として出現していた木々はその多くが薙ぎ払われただの平地と化している。


「む……」


 しかしそんな死地において、それでもひと際目立つものが一つ、シグレの真っ黒な瞳の中に飛び込んでくる。それはまるで自分の周囲で起きていることなど意にも介さないかのようにただ岩の上で佇んでいる。


 シグレに言わせればそれは国で修業をしたときに行った座禅のようなしぐさだった。ただ目を閉じ静かに呼吸を整えるように岩の上で足を組んで座っている。


「あれが噂の”聖剣使い”でありますか」


 一目で分かった。あれがこの場で一番強い。シグレの肌が逆立つのが分かった。聖剣使いが放つ神性と雰囲気が彼女にその人物をこの場で一番の強者だと認めさせる。


 手が震えるのが分かる。自分はあれに怖がっているのだ。だがそれと同時に恐怖心と同じぐらいの高揚感が自らの体を巡っているのを感じていた。


「サイゴクを離れた介があったというものっ」


 次の瞬間にはシグレの体はもう大地を駆けていた。踏み込んだ足が跳ねるように地面を蹴り体を弾丸のように前進させる。納刀した刀の柄では右手が今か今かとその瞬間を待ち構えていた。


「鹿倉流抜刀術……っ」


 それを刀の間合いに収めた瞬間、シグレは右足をぐいと地面に叩きつけるように突き立てると一気に柄を握りしめた右手を振りぬいた。


「『紫電一灯』っ!!!!!」


 空気を切り裂き音よりも速く、光に届かんばかりのその一刀は聖剣使いの首元へと確かに向かっていく。


「甘いね」


 直後、確かに首を捉えたはずのその攻撃は突如出現した大型の片手剣によって防がれていた。


「なっ!?」


 刀を弾かれた衝撃でシグレの右手に痺れが走る。が、それにかまうことなくシグレは咄嗟にその場から後退し距離を取った。


「いつの間に……」


 奴は剣など持っていなかった。本来なら武器を持たない相手に攻撃など彼女にとってご法度だが、聖剣使いの雰囲気がシグレにそれを実行させた。決して油断などではない。武器など持たなくてもそれ相応の実力だと判断しての攻撃だった。


 だが、今目の前の奴の手元には厚みのある片手剣が握られている。


「速さは十分……だけど」


 直後、すいと立ち上がった聖剣使いがその手の剣を地面へと振り下ろす。


「ま、ずいっ!」


 直感がシグレを横へと跳躍させた。シグレはすぐさま自らが咄嗟に取った判断に感謝することになる。地面がどこまでも大きく抉れていた。あのまま防御に入っていたら地面ごとシグレの体はあの剣戟に晒されていただろう。


「なんという威力……」


 見れば戦場のはるか後方にまでその剣戟は伸び切っている。恐らく流れ弾に巻き込まれたのだろう。数人の参加者が地面に倒れ伏せているのが見て取れる。


「ふ~ん。これはこんな感じなのか」


 手元の剣をつまらなさそうに見つめながら聖剣使いはそれを足元へと突き刺した。


「武器を手放した……!?」


 今だ自らと対峙しているはずなのに目の前の聖剣使いが取った行動が理解できない。シグレは警戒心を更に高めながらも聖剣使いの行動に疑問を抱かざるを得なかった。


「じゃあ、この前拾ったこれはどうだろう……」


 直後、何もなかったはずの空間から彼の手に引き付けられるように一本の剣が現れた。


「な……っ!?」


 その剣は刀身から柄に至るまでが冷たく透き通るような青に染め上げられていた。まるでガラス細工のような美しさに思わずシグレの眼もその剣へと惹きつけられる。


「綺麗でしょ、これ。北の大迷宮で拾ったんだよねぇ」


 まるで新しく手に入れたおもちゃを見せびらかすように聖剣使いはその刀身をシグレへと突き出す。そして一つ岩の上で何やら思い至ったかのような表情を浮かべた。


「そうだ、まだ名乗ってなかったね」


 くるくると手元で剣を弄びながらその青年は整った顔を僅かに歪めて見せた。


「僕の名前はフローレンス・ロイガスティア。世界は僕を”聖剣使い”と呼ぶね」

「聖剣使い……っ」

「おや、君のような可愛い子にも知って貰えているとは光栄だね」


 誰が知らないものか、なんて言葉がシグレの心の中に湧き上がるがそれを口にできるほどの余裕もない。油断したら一瞬でやられる。それほどの殺気が目の前の青年からは放たれていた。


「可愛い子を傷つける趣味はないのだけど、目的が目的だからこれもしょうがないね。さぁ、覚えていられるように頑張って生き残ってね」


 直後、青年の持つ芸術品のような剣から放たれた無数の氷の槍がシグレへと襲いかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る