第60話 開戦、ルーデルヴァイン闘技大会
所詮どこかの誰かが誇張して呼んだくだらない称号だと思っていた。これまでの人生でもそんな力を持った存在というのに出会ったことが無いわけではない。だがその人物はあまりにもその身に纏う神性の揺らぎが莫大だ。
フィオレンフィーナ・ヘルグレンジャーは待機列の端でぎゅっとその小さな拳を握りしめた。
「どしたのフィオナ?」
すぐ隣のユフィが心配そうにフィオナへと声をかける。見れば彼女はいつも通り呑気な顔で正面のステージを見つめている。
「ユフィさんは気づきませんの……?」
自らが何を問われているのかユフィは瞬時に理解した。そしてその原因の方をちらと横目で見つめると直ぐに視線を壇上の武神へと戻す。
「そこまでニブいつもりはないわよ。何なのよあれ、異常にもほどがあるわ。まぁ、それを言ってしまうと今あそこで喋ってるのもそれなんでしょうけど」
そう言って戻した視線の先では、武神ヴァンダル=ヴァインが大会の開催の宣言を行っている。そこで説明される闘技大会の詳細すらぽろぽろと頭から抜け落ちてしまうぐらいに”聖剣使い”が放つオーラは周囲の参加者たちを威圧している。
あれに果たして自分は勝てるのだろうか。震える手のひらを何とかぎゅっと握りしめるとフィオナは再びユフィの方へと向き直る。
「ユフィさんは怖くないのですか?」
「冗談。さっきから震えが止まらないわ。プリズムウェルで馬鹿でかい神造種と対峙した時も、ウェンズディポートでアクアマリーと向き合った時だってここまでの震えはなかったわ。私の中の神性が怖がってる。あれを間違いなく近寄ってはいけないものだと見なしてるわ」
「では一体――」
すいとフィオナの言葉を、差し出されたユフィの手のひらが遮った。相変わらず大会運営のスタッフによる注意事項が壇上では響いているが当の二人にはそんな声は入らない。
「私たちはアヤトに何を貰ってきたの……?」
ユフィだってウェンズディポートのことを忘れたわけではない。アクアマリーの力に自らの力が及ばなかったことはしっかりと理解していた。あの時あの場所でアクアマリーを退けることが出来たのは確かに目の前にいる少女が自らに定められた運命を捻じ曲げた結果だとユフィは信じている。
そしてそんなフィオナの背中を押したのが、彼女がプリズムウェルから一緒に旅をし続けるとある少年であるということもユフィの心の中には刻まれている。
あの少年の力をユフィは信じていた。
誰かが壁にぶち当たったとき、誰かが現実という理不尽に押し潰されそうになった時、そんな時にアヤトはその力を惜しげもなく使ってくれる。ちょっとスケベで相変わらず戦闘では頼りにならないけれど、それでもユフィは自分たちの心の支えは彼なのだと信じて疑わない。
「わたくしは……」
だから目の前の少女も自らと同じであると信じている。あの時あの港で貰ったものは確かにフィオレンフィーナ・ヘルグレンジャーという少女の中で生きているのだと。
「はい、わたくしはアヤトさんに大切なものを貰っていますわ」
「なら、十分でしょう?例えこれがどこかの神様の余興だったとしても、私たちがやることは変わらないわ」
「ええ、目の前の障害を乗り越える強さを。ユフィさんに海運の女神の祝福があらんことを」
小さく胸で手を組むとフィオナはユフィへと祈りをささげるかのような仕草を取る。が、その重ねられた手のひらをユフィの暖かい指先がほぐしていった。
「そんなもの要らないわよ。ねぇ、知っているフィオナ?」
「何をですか?」
「私は神様からの加護よりも、友人からの信頼の方を頼りにしているタイプなの」
ふんすと満足げにそう言い退ける友人の仕草にフィオナは思わず口元が緩んだ。
「……今は何も言いませんわ。決勝の舞台でお礼を改めて言わせていただくことにいたしますわ」
「それは魅力的な提案だわ。だけどまずは――」
「ええ、そうですね」
直後の事だった。
参加者たちが立つ闘技場のグラウンドの中央に突如として高さ50メートルほどの山が出現する。と同時に周囲の環境が激変する。一部森のような地形が現れたかと思えばもう片方の足場が急激に緩み砂地のような様相へと変わる。
「予選の内容を説明する!」
武神の声が響く。と同時に参加者たちが一気に殺気立つのが分かった。
「予選はデスマッチ。317人の参加者諸君にはこの楕円形のステージ内で各々戦闘を行ってもらう。ここで本選出場者32名を決定する!」
そのルールに客席が一気に沸き立つ。実力者達の戦いがこの場で複数同時に展開するのだ。興行としてこれほどの贅沢はないだろう。
「参加者にはエントリー時に渡されたチップを奪い合ってもらう。それを失った参加者は本戦への出場資格を失うものとするっ!ルールはシンプル!無用な殺生は禁ずるが、互いの持ちうる最大限の戦力をもってこれに当たることを我は期待しておるぞ!」
武神の宣言と同時に客席前方に無数に配置されていた大会関係者たちが各々詠唱を行い始める。その詠唱は闘技場中心部を頑丈に囲うような防御術式を作り出し、客席を中央からの流れ弾から守る為に展開される。
客席のアヤトもそんな様子を眺めながら、それでもその程度の防御術式で大丈夫なのだろうかと僅かに心配になった。見れば周囲の魔法使いたちは自衛のためか各々の自衛手段へと手をかけている様子が分かる。
「俺もブロードソード、部屋に置いてくるんじゃなかったな」
安宿のベッドの脇で留守番を言いつけた相棒を思いながら再びアヤトは闘技場中心部へと視線を戻す。
「それでは、予選開始っ!」
ヴァンダル=ヴァインの声と同時に無数の戦闘音が響き渡る。そんな一角でフィオナは襲い来る大型巨人の頭部へと弓を放っていた。
「早速のご挨拶ですわね」
彼女の視線の先では一人の女性が両手を光らせ余裕の笑みを浮かべている。
「幻影術式……」
「あら、若いのによく知ってるじゃない。でも私のはそんじょそこらの幻影術式とは違うのよ?」
直後正面の巨人がフィオナへと大きく拳を振り上げる。
「実体を持つ幻影使いというのは随分珍しいですが、動きがこう鈍いとそれもただの見世物ですわね」
そのまま左手のコンパウンドボウへと生成した光の矢を番えると素早く後方へと位置を取る。と同時に狙いを定め放たれたその矢は巨人の頭部に向かって飛翔した。
「へぇ、やるじゃない。でも、甘いわね!」
放った矢が巨人の頭部を破壊する様を眺めながらフィオナは二の矢を撃つためにコンパウンドボウへと再び矢を番える。と同時に自らの足元に確かに影が落ちるのを見た。
「まっ……ずいっ!」
気づいた瞬間には時すでに遅し。目の前の女が展開した幻影術式は一つではなかった。先ほど撃破した巨人は囮。本命はフィオナの背後にいつの間にか忍ばせたもう一体の幻影による攻撃だった。
「さぁ、一人貰ったぁ!」
が、その幻影の拳はフィオナに振り下ろされることはなかった。
「全く、なぁにやってんのよ」
「ユフィさんっ!」
ユフィが展開した魔法は巨人の振り下ろした右肩から先を文字通り跡形もなく吹き飛ばした。爆発の衝撃でバランスを大きく崩した巨人はそのまま地面に横たわり、直後再び放たれたユフィの攻撃によりばらばらにその体を飛び散らせる。
「チェックメイト」
「ですわね!」
前方では両手に神性を練る少女。後方ではコンパウンドボウに番えた矢がこちらを狙っている。幻影術を操る女は自らの敗北を認めると潔く両手を上げた。
「……好きにやって頂戴」
「生憎と、戦意を無くした相手を嬲る趣味はなくてね」
「と言う訳でございますわ」
女は自らの胸元から銀色のチップを取り出すと、それをユフィへと投げ渡した。
「ま、せいぜい頑張りなさい。アンタたちが聖剣使いをぶん殴るところを客席から楽しみにしているわ」
「良いわねそれ」
「素敵な景色をお見せしますわ」
受け取ったチップを服の内側へとしまい込むとユフィはフィオナの背中を一つ叩く。
「さ、次に行きましょう」
足を向けたその先では爆炎が吹きあがりその先で小さな剣術使いが小さく腰を下ろしていた。
「ええ、まずはこの予選を勝ち抜かなければ」
コンパウンドボウの柄の感触を確かめ直すと、フィオナは先を歩く少女の背を負って戦地へと再び赴くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます