第58話 それが彼女の強さの理由

「おお……これはすごいな……」


 エーデルワインに到着した翌日、宿を闘技場からほど近い場所に構えた俺たちは早速その闘技場とやらに向かってみることにした。

 建物の近くまで辿り着くとただでさえデカいと思っていたその大きさが更に圧倒的なサイズ感と威圧感を伴って俺たちの前に出現する。


「装飾もなかなかに拘っていますわね……」


 フィオナの指摘の通り、闘技場の外観には細々としたオブジェが所狭しと刻まれている。鳥のようなものからはたまたよく分からない建造物まで。いったいこれを作り上げるのにどれぐらいの労力がかかっているのだろうか。それともこれも神様の力とやらでポンと作れてしまうものなのだろうか。


 とにかく俺はその規模にただただ圧倒されていたのだった。


「こんなところで立ち止まっているのもなんだから中に入っちゃいましょうよ」


 入り口近くのよく分からない女神像に見入っている俺とフィオナをよそにユフィはどんどんと闘技場入口へと向かっていく。俺たちもそれに遅れないように後に続くと直ぐ近くに案内の看板が見て取れた。


 今日俺たちがここへ足を運んだのは、武神ヴァンダル=ヴァイン様が開催するお祭りへのエントリーを行うためだ。まぁ、そうは言っても参加するのはユフィとフィオナなのだけれど。


「っと、ここね」


 入り口からしばらく歩くと通路の脇に小部屋が一つ現れる。その前には『闘技祭参加受付』と書かれた小さな木製の看板が掲げられている。


 颯爽と部屋の中に入るユフィに続いて俺たちもその中へと足を踏み入れると、中には木製の机の向こう側にぽつりと一人の女性が座っていた。


「闘技祭参加希望の方ですか?」


 その女性は俺たちの姿を見るとすぐにそう切り出した。


「ええ、受け付けはこちらでよろしいでしょうか?」

「はい、間違いないですよ。エントリーされるのは三名様で?」


 そう言って女性は机の引き出しからエントリー用紙と思われる紙を取り出す。きっと大会運営のスタッフさんかなんかなのだろう。


「いえ、参加するのは二人で……」


 俺がそう切り出すと大会運営の人と思わしき彼女は俺とユフィの方へ取り出した紙を差し出してきた。ユフィは直ぐに手渡された用紙に目を通しているが俺はそれをそのままフィオナの方へと流す。フィオナも何事もなくその用紙を受け取るが、その姿に机の向こうの彼女は目を丸くしながら驚いた顔を浮かべていた。


 お気持ちは察します。そりゃそう思いますよね。脇の美少女二人をお祭りに参加させておいてお前は何様のつもりなんだと。分かります。俺も目の前に同じようなことをする奴が現れたらそう思います。でも違うんですよ。俺なんかが参加をしてしまうと神事と呼ばれるこの催し物がただの一方的な虐殺に成り下がってしまう可能性があるのです。


 いかにヴァンダル=ヴァイン様の奥様である治癒の女神様が即死以外を治してくださるとしても、むしろ即死の可能性がある時点で俺にはどうしようもないことなんです。


「で、ではお二人はこちらのテーブルでエントリー用紙を記入していただいて……」


 俺の必死の訴えが通じたのだろうか。しばらく固まってしまっていた運営の女性はようやく現実を受け入れるようにペンを二本差し出しながら脇の小さなテーブルを指さした。


 ユフィとフィオナはそれを受け取るとそのまま机の方に向かっていく。


「そういえば神事は三日後なんですよね?」


 二人がエントリー用紙を記入している間に手持ち無沙汰になってしまった俺は机の向こうで小さく項垂れている運営の女性へと声をかけた。


「あ、はいっ、そうですね……三日後のお昼から一回戦が開催されます」


 それに関しては店主のおっちゃんが言っていた通りだ。


「ちなみに俺たちはこのお祭りに参加するのが初めてで……。どれぐらいの期間で行われるものなんです?」

「それに関しては競技内容はヴァンダル=ヴァイン様の一存で決まりますので毎年前後するんですよ。まぁでも平均して十日前後でしょうか。無論中日も存在しますので参加者の方は毎日誰かと戦うなんてことはないのですが……」

「なるほど……。ちなみに去年の優勝者は?」

「去年は共和国から来られた元護衛騎士団の方が優勝者ですね。なんでも一度に三本の剣戟を生み出せるとか」


 なんじゃそりゃ……かっこよすぎるだろ。そうそう、本来主人公ってのはそういう必殺技みたいなのが必要なんだよ。なぁにが美少女が一生に一度のお願いを何でも聞いてくれる力だ。こんなんじゃ誰かを守るどころか自分自身の身の安全すら保障されないんだよなぁ。


「というかあれ……?」


 思考が他所にぶっ飛びかけていたが、さっき運営の彼女はちょっと気になることを口にしていた。


「競技内容はヴァンダル=ヴァイン様の一存?」

「はい。通常の闘技大会のように一対一の模擬戦闘は後半からになります」

「ということは参加者を絞るための予選のようなものが行われるということですか?」

「そういうことですね。しかし開始直前までその内容は通達されないので参加者は当日会場で初めてその予選内容を聞くことになります。ちなみに運営である我々もその内容は知らされていません」


 これは厄介なことになった……。ユフィとフィオナ、二人の実力はこの世界でもかなり高い存在だということは疑いもなく信じている。しかし、その競技内容によってはルールの時点でかなり二人が不利になりうる恐れがある。


 ユフィは複数の戦闘に向いていないし、フィオナも場所を変えて相手を翻弄しつつ生まれた隙に高火力を叩き込むスタイルだ。

 予選の内容がどういうものかは不明だが彼女達の弱点を突いてくるだろう実力者は多いはず。それだけがどうしても懸念事項だ。


「出来ましたわ!」

「私も同じく」


 二人には勝ってほしい。が、俺は実際に戦闘に参加するわけではない。

 俺に何かできないかとそう思案しようとしたところに、それを遮るように二人の声が俺の耳に飛び込んでくる。


「……はい、お二人とも書類に不備はありません。これにて闘技大会の参加登録を完了とさせていただきます」


 書類を机の中にしまい込むと運営の女性はユフィとフィオナにそれぞれ首から下げられるチップのようなものを手渡してきた。


 大きさとしては手のひらにすっぽりと収まる程のサイズ。銀製の薄い楕円形の板にはエントリーナンバーらしき数字が刻まれている。


「ユフィが204とフィオナが205ねぇ……」


 そこから推察するに200人以上が現段階でもエントリーしていることになる。露店のおっちゃんはエントリーは直前まで受け付けていると口にしていた。ここから更に増える可能性が十分にあるということか。


 武神にお願いを叶えて欲しい人間が大勢。他者を押しのけてまでそう願う人間たち。自らの実力に自信を持った者たちがそれだけ集まるのだ。そんな中で彼女達は――


「なぁに暗い顔してんのよ」

「あ、いや……」

「もしかしてわたくしたちが心配なんですの?」


 その指摘に思わず口をつぐんでしまう。するとユフィとフィオナは互いに目を合わせ、そうかと思えば声を上げて互いに笑い出した。


「大丈夫ですわアヤトさん」

「そーよ、私たちなら大丈夫。だからあんたは客席からふんぞり返って私たちの戦ってる様を眺めていなさい」


 どうやら俺の心配は杞憂らしい。彼女達は強い。それを俺はすっかり忘れていた。

 

 それはきっと魔法の扱いに長けているだとか戦闘経験が豊富だとか神様の力をその身に宿しているだとかそういうことじゃない。


 きっとそれは目の前の大きな壁に背を向けないことだと、それが何よりの強さなのだと俺は彼女達にこれまでも教えてもらってきたじゃないか。なら俺にできることはその背中が倒れてしまわないように見守ること。

 

 それが俺に出来る精一杯。それを今回もしっかりと実践させてもらうことにしよう。


「じゃ、美味いもんでも食いに行くか」


 そう思うと僅かに体が軽くなったような気がした。


「どーしたのよ、急に元気じゃない」

「いや、大したことじゃねぇよ」

「じゃあわたくし、ここに来るときに見かけた大きなスイーツが……」

「それなら私は丸焼きが食べたいっ!」


 体は軽くなったけど、財布は軽くなる訳じゃねぇよ。なんてことは笑顔の二人の前ではどうしても口にはできなかったのであった。

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