第57話 エーデルワインにて
「それではアヤト殿、わたしはこの辺で失礼いたしまする」
「おう、気をつけてな」
「アヤト殿こそ」
エーデルワインまでは何事もなく辿り着いた。事前にヴァンさんから提示されていた報酬をしっかりと受け取った俺たちはエーデルワインの商業地区で行動を別にするシグレの背中を見送っていた。
「そういえばアヤト」
「ん?」
気づけばいつの間にかやたらとユフィが俺に近い。その可愛い顔をどこか不服そうにぶっすりとした表情に変えながら俺の方を見つめていた。
「どうしたんだよそんな顔して。可愛い顔が台無しじゃないか」
「……本当にそう思ってる?」
「思ってる思ってる」
「それ思ってない奴っ!」
最近どうもこういう安易な誉め言葉がユフィに効果が無くなってきた。ちょっと前までは大概のことはこれで何とかなって来ただけに何か彼女のご機嫌を取る新しい方法を考えなければならない頃合だろう。
というのもこういう顔をしているときのユフィは大概その表情の通りに俺に何か不満があるときだ。理由までは分からないがこういうモードに入ったときのユフィに対して俺はあまりに無力である。
「それで、ユフィさんは何が不服なのでしょうか」
「白々しい態度取ったって無駄なんだからっ!いつの間にあのサイゴク人と親しくなってるのよ」
「サイゴク人?」
聞き慣れない言葉に思わず俺はそのワードをオウム返しにしてしまう。
「あの刀の少女の事ですわ」
恐らく頭の上にクエスチョンマークを浮かべているのだろう俺を見かねてか、先ほどからユフィの一挙手一投足にうんうんと同調し続けていたフィオナが補足を入れてくれた。
「この辺ではあそこまで真っ黒な髪の色というのは珍しいのですわ。その点アヤト様も最初はサイゴクの出身だと思ったのですわ」
そこでようやく俺はユフィが不機嫌になっていた原因に思い至る。彼女はシグレと俺のやり取りを不服に思っていたのだった。
「それでそのサイゴクって言うのは……」
「やっぱりご存じなかったのですね。アトランディア大陸から更に西に行ったところにある島国ですわ。真っ黒な髪色というのはその国では珍しくはないのですが……。やはり大陸では目立ってしまうようですわね」
なるほど。最初は俺が見慣れている容姿をしている少女だから目を惹かれてしまったのかと思っていたのだが、どうやらこの世界ではその髪色自体が珍しいからこそ俺は気づかぬうちに気に留めてしまっていたのだろう。
ということはユフィは俺とシグレの間柄に何やら思うところがあるらしい。
「そもそもいつの間にあの子と仲良くなったのよ。そんなそぶりなかったじゃない」
あの日の夜のことを俺はユフィにもフィオナにも話していない。次の日目覚めた俺とシグレが互いに挨拶を交わしていた場面をキョトンとした顔で見つめていたのが記憶に新しい。
彼女達はなぜ俺とシグレがあんなに親しげなのか全く心当たりが無かったのだ。そりゃそれまで自分と同じぐらいの距離感を保っていただろう人間に対して知り合いが突然親し気に声を掛けたらそりゃそうなるに決まっている。
だが驚くのは分かるがどうしてユフィはそれについて腹を立てているのだろうか。
「なぁフィオナ、どうしてユフィは怒ってるんだ?」
プリプリと先を歩いていくユフィに聞こえないように俺はそっと近くのフィオナに耳打ちする。
「はぁ……鈍いにもほどがありますわよアヤトさん。まぁ、今回ばかりはわたくしもユフィさんの味方ですわ」
ということでなぜユフィが怒っているのかは結局聞けずじまいだったと言う訳だ。
「そういえばそろそろ宿を決めませんとね。この街へはどれぐらい滞在されるのです?」
俺たちがようやく先を行くユフィに追いつくとフィオナがそう会話を振った。確かに目的地として定めたもののここで何をするだとかどれぐらいここにいるのだとかは一切決めていなかった。
これほどの規模の街だと街なかでも済ませられるような依頼が転がってはいると思うが、護衛の報酬含め金は無限じゃない。
「この街に来たのはヴァンさんが教えてくれた闘技場というのが気になっただけだからなぁ」
元より当てのない旅。これだと魔王を倒すとか姿を変えられてしまった家族を助けるだとか明確な目的のある異世界転生者が羨ましくなるというものだ。まぁ、そういう人間が俺以外にもいるのかどうかは知らないが。
「闘技場というと……もしかしてあれのことでしょうか?」
そう言ってフィオナが街の一点を指さした。
「ふぉおおおおお!!!」
その指の先にあるとある光景に俺のテンションが思わず跳ね上がる。それほどまでにその光景は俺の中の男心をくすぐった。
僅かに黄色がかった白い恐らく楕円形の建物。それが街の一番北にどんと鎮座している。遠くからでも姿が見えるというのはなんと素晴らしいことか。俺みたいなよそ者が迷うことなくたどり着けると言う便利仕様もあの建物は兼ね備えているのだ。
「兄ちゃんたち、闘技場に行くのか?」
そんな時だった。ふと近くの露店の店主が俺たちに声をかけてきた。
「あぁはい。せっかく来たんだから見学でもと思いまして」
「ってことは旅行者かなんかかい?」
そう言って店主のおっさんは俺たちの方へと美味そうな串焼きを差し出してくる。これはあれか、こうやってカモになりそうな奴らに声をかけては屋台の商品を買ってもらおうという魂胆か。
「三本貰えますか?」
「兄ちゃん分かってるなっ!」
「あはは……」
腰の革袋から代金を支払いつつおっさんから串焼きを受け取る。表面をカリッと焼き上げったそれはトンピッグの串焼きだそうだ。香ばしいたれの香りとカリカリに焼きあがった表面のコントラストがなんとも食欲をそそる。
ユフィとフィオナにそれぞれ手渡し俺も思い切りかぶりつく。口に含んだ瞬間に食道を通して体全体に染み込んでくる濃厚な風味が旅に疲れた体に何とも染みわたるというものだ。
こうしているとプリズムウェルでお世話になったコラガンさんのことを思い出す。あの時食べさせてもらったトンピッグ丼は絶品だったなあ。
「うちの商品を買ってもらったついでだ。それにいいタイミングで来たな」
「いいタイミング……?」
この街は年中賑わっているとヴァンさんから聞いたのだが、この時期特有の特別な催し物みたいなものがあるのだろうか。プリズムウェルのときの豊穣神を讃えるようなお祭りが。
「四日後から闘技場で毎年の神事が行われるんだよ」
「神事……?なんですそれ?」
口いっぱいに肉を頬張るユフィへと視線を寄こしてみるものの、彼女もそれについては知らないことを俺に目で伝えてきた。フィオナはというと俺に目を合わせることなく串に刺さった肉と格闘していた。なんというか、微笑ましい。
「武神ヴァンダル=ヴァイン。大地神の右腕である彼は毎年この街でその年一番強い奴を決めるお祭りを開くんだ」
「武神……?」
「兄ちゃん知らねぇのか?武力をつかさどる神様だよ。あのルーデルヴァイン闘技場だって彼が作ったのさ。俺も遠くからしか拝んだことはねぇがヴァンダル=ヴァイン様は人間の高みというものに興味があるらしくてな、こうして毎年強い奴を募って試合を行わせているんだよ」
なるほど……。あの美しい建物を造ったのが神様だってんなら納得だ。それと案の定だがこの世界の神様ってのは直ぐに人前に姿を現すような神ばかりなんだな……。
「なんでもその大会で優勝したらヴァンダル=ヴァイン様が自らの権能の及ぶ範囲で一度だけ何でも願いを聞いてくれるそうだ」
ぴくり。その言葉に俺の肩が動く。一度だけ何でも願いを聞いてくれるだって? もし本当ならとびっきりの美少女とエッチなことが出来――
「って痛ぇ!なにすんだよユフィっ!身構えてないときに脛を蹴られると人は無力ってまた蹴りやがった!」
「邪念が漏れてるのよ馬鹿」
これ以上はユフィが怒るからやめるとして、それはそれとしてそのお願いを聞いてくれるというのは気になるな……。もしかしたらトゥルフォナ様に与えられたこの力について教えてもらえるチャンスかもしれない。それにトゥルフォナ様が言っていた、世界の秘密という言葉。
ぶっちゃけここまでそれについて何も情報を得られていないのが現状だ。もしそのきっかけが得られるとしたらこれを逃す手はないだろう。
「その神事って言うの、他の街から来た人も参加できるんですか?」
「当然だ。なんなら開会式の直前まで参加受付はやってるらしいぞ」
「ユフィ、フィオナ」
おっさんの言葉で俺はすぐに今だ串焼きに夢中な二人に視線を寄こした。
「いや、結局私たち任せか!」
「そんなのに俺が出たら死ぬだろ!」
俺たちのやり取りを見ておっさんは笑い声をあげる。
「はははっ!随分やる気のようじゃねぇか」
どうやらおっさんの視点だと俺はやる気十分に見えるらしい。よくありがちな実力を隠している系主人公じゃないんすよ俺。ガチで弱いんすよ。
「死にかけても死ななきゃ問題ねぇだろう。なんでもヴァンダル=ヴァイン様の奥さんは治癒の女神だそうだ」
「へぇ、でもそれは死んだら意味がないということで……」
「死者を生き返らせることに関してはいくら神様でも禁忌に近いからな」
そういえば神の使いちゃんも言っていたな。俺の力は神性への介入が不可能だと。生命を操ることに関しては俺のような人間はともかく、例え神様でもそうやすやすと行っていいことではないんだろう。
「だが今年は難しいかもしれないなぁ……」
先ほどまで俺たちに発破をかけてきていたはずのおっさんは急に闘技場の方へと視線をやるとぽつりとそう呟いた。
「どういうことです?」
「ん、いやぁ……なんでも今年はあの”聖剣使い”が出るっていうじゃないか」
これまた大層な二つ名が出てきたものだ。聖剣使いねぇ……一体どんな奴なんだか。
「強いんですか?」
「強いなんてもんじゃねぇ。あいつはヴァンダル=ヴァイン様の一番弟子だ」
「なんですかそのマッチポンプ」
「さぁな。なんか理由があるんじゃねぇか?まぁ、せいぜい死なねぇように頑張れよ」
おっさんはそう言って俺たちをからかうが、俺はそれに颯爽と言葉を返して見せることにした。
「大丈夫ですよ。彼女達は強いですから。もしかして優勝しちゃうかも」
俺の視線に気づいたのかユフィとフィオナは小さく笑った。相変わらず口の中は串焼きでいっぱいだけど。ってか俺がおっさんと話している間に違う屋台の商品まで買ってんじゃねぇよ。金がねぇっつってんだよ。
「兄ちゃん、結局嬢ちゃんたち頼りなんだな……情けねぇぜ」
それは俺が一番分かってる。だからそうやって可愛そうな目で見るのはやめてくれ。
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