第55話 天気と転機が旅にゃ肝心

 ウェンズディポートを出立した俺たちはとある問題にぶち当たっていた。


 別に隠す必要もなければ洒落た言い回しをする必要も見当たらないためありのままに言うのだが、シンプルにお金がないのである。


「だから言ったでしょ!? フィオナはもっとお金に頓着すべきなのよ」

「でもこれで依頼を受ける理由が出来たじゃありませんか」

「いや、そういうことじゃなくてねっ!?」


 俺たちは今ウェンズディポートから二つほど山を越えた小さな街、マドラッドで足止めを食らっていた。三人分の宿代はなんとか工面出来たものの、そこから更に旅を続けるための食糧やらなんやらを買い込むお金が尽きかけているのだ。


 それもこれもウェンズディのロケット探しで得た報酬をユフィとフィオナが調子に乗ってあれやこれやと使ってしまったせいでありまして……。いや、止めなかった俺も悪いんだけどね。でも途中で立ち寄った港町で食べた魚料理はめちゃくちゃに美味かった。なんでも遠洋まで一年かけて漁に出るような貴重な海産物だとかで。


 うん、美味かった。美味かっただけに俺は何も言えないのだ。支払いの際にお財布が一気に軽くなったことに関してはもう思い返したくもないのだけど。


 そういう訳で俺たちは今こうしてマドラッドの大衆食堂で庶民の味方価格の夕食に手を伸ばしながら今後の方針を話し合っている訳なのである。


「やっぱ見つけないとよねぇ、依頼」


 大きくため息を吐くユフィをよそにフィオナはその目をキラキラと輝かせていた。


 まぁ、これは最初から分かっていたことなのだがフィオナはどうも旅をするということに関してまだまだ見通しが甘い節がある。今はこうして何事も新鮮に目に映っているんだろうがそれがそのうち彼女の足を引っ張るようなことにならなければ良いんだが。と心配する俺もまだまだこうしてこの世界を旅し始めて二か月ほどしか経っていないのは見逃して欲しい。


「そうは言ったものの、その、大丈夫なのか……?」


 ちらとこちらに視線を寄こしたユフィは俺の言いたいことを察してくれたのかもう一つ更に大きくため息を重ねる。俺たちのいる食堂はほぼ満席で賑わいを見せている。昼に見た時だって、決してこの街に活気が無いわけではなかった。だが一つだけ問題点がある。


 この街で果たして大口の依頼が受けられるのだろうか、という点だ。俺たちはこれまで自衛能力のある旅人としてキャラバンの護衛などの依頼を受けながら路銀を稼いできた。


 プリズムウェルから通商連合を目指す時だって色々なキャラバンに顔を出させてもらったものだ。

だからこそこの街には一つ問題がある。


「護衛の依頼なんてこの街に転がってる訳ないわよねぇ……」

「……だな」


 俺とユフィが同時に付いたため息をフィオナがキョトンとした表情で眺めていた。


 このマドラッドは商業都市としての形態をとってはいるがプリズムウェルやウェンズディポートのような規模を誇っている訳でない。


 聞けば多くのキャラバンもこの街は通過するだけかそもそも迂回するルートを取ることが多いらしい。つまりこの街で護衛を探していて、なおかつこれからさらに南に向かうルートを取る商隊に出会える可能性はかなり低いのだ。


「う~ん、それなら無理やりにでも一度ウェンズディポートまで引き返すべきか?」

「それは出来ませんっ!」


 俺の提案を否定したのはユフィではなく先ほどまで話に置いてけぼりを食らっていたフィオナだった。


「……どうしてだ?」

「だ、だって恥ずかしいじゃありませんかっ! あんな別れ方をしていてお金がないからと故郷に帰るのは……は、恥ずかしいですわ……」


 頬を真っ赤に染めながら俯くフィオナ。確かに実の父親や親しい使用人さんに向けて覚悟をもって旅をすると告げた手前あっさりとまた彼らに顔を見せるというのは思うところがあるのだろう。

 俺たちとしてはまた別の案を考えなければならないが、まぁ可愛いフィオナの表情が見れたのだからそれを報酬の前払いとしてまた頭を悩ませてやるとしよう。


「う~ん、どうしたものかなぁ……」


 食事が冷めないうちにと口に運びながらふと近くの窓から外を眺めたそんな時だった。


「……ん?」


 窓の外に随分と馴染みのある、なおかつこの世界では想像だにしなかった光景が目に飛び込んできたような気がした。


「どうかしたの?」

「ん、あぁ、いや……」


 心配そうな視線をユフィが俺に向けてくるが。が、別に大したことではないし多分俺の見間違いかなんかだろう。

 

 なぜならば和服姿の黒髪の美少女なんてこの世界で見るはずがないのだから。


「何でもない」

「じゃあいいんだけど……結局どうしよう」

「何も思いつきませんわね……」


 そんなこんなで結局その日もいい案は浮かばなかったのだった。



―――



 俺たちに転機が訪れたのはそれから日が明けた翌日のことだった。


「ん、中級キャラバンがいるわね」


 このマドラッドはプリズムウェルのように壁に囲まれている訳でも、ウェンズディポートのように自然にその周囲を囲まれている訳でもない。


 そのため街外れというものが街の中からでも簡単に見通すことが出来るのだが、ユフィがそう口にした視線の先には確かに彼女の言う通り10台ほどのバトン車の集団がキャンプを張っているのが目に入った。


 この世界のキャラバンはその規模によって主に下級、中級、上級の三種類で区別されている。これはそのキャラバンの規模に依存するものであってキャラバンそのものの練度や活動実績を指すものではない。


 だから今あそこでキャンプを張っているキャラバンがどれほどの集団なのかは一目見ただけではよほどの知識がないと分からないだろう。


「珍しいのかな」

「この街ではそうかもしれないわね」

「ふむふむ……やっぱり勉強になりますわ!」


 新しい知識が増えたことで満足そうなフィオナをよそに別に俺たちはそんなキャラバンを対して気にはかけなかった。


「君たち、ちょっといいかな?」


 だが世の中というのはなぜか上手く嚙み合っていくもので、昼食時、俺たちの元にとある人物が訪ねてきたのだった。


「えっと、どちら様で……」


 声の先にいたのは青年、というには少しだけ歳をとった男の人だった。快活そうでさわやかな印象の男性だったがその顔色がどこか疲れているように見えるのはどうしてだろうか。


「私はミドラーシュ商会のヴァンというものだ」

「えっと、みどらーしゅ?」

「分かりやすく言えば、今街外れでキャンプを張っているキャラバンの隊長だな」

「それでそんな方がどうして俺たちに声を……?」

「こういう交渉事は苦手でな、単刀直入に言おう。君たち依頼を探しているんだってな。護衛の依頼を受けてもらえないだろうか」


 ヴァンさんの話は実にシンプルで分かりやすいものだった。ウェンズディポートの小さな商会の遠征隊長であるヴァンさんの隊はウェンズディポートから目的地のエーデルワインまでの進行中に大型の獣の群れに襲撃を受けたそうだ。

 護衛は連れてはいたのだが報酬をケチったせいで大した腕の護衛は得られなかったらしい。そのためその襲撃によってキャラバンは被害を受け、慌てて近くのこの街まで避難してきたらしい。

 つけていた護衛は数人が命を落としその大半がその場から前金だけをもって逃げてしまったそうだ。


「俺たちのことはどこで……?」

「宿のご主人が話していたよ。宿代をなんとか安くしてくれないかって泣きついてくる旅人がいるって」

「あ、あはは……お恥ずかしい限り」


 小さな街なだけにマドラッドの宿はそう多くはない。護衛の情報を求めていくつかの宿を当たっていたところにたまたま俺たちの存在が話題に上がったのだろう。


「目的地のエーデルワインというのは?」

「エーデルワインを知らないのか?」

「あいにくと……」

「そうか。ここから更に南に一週間ほど行った街だ。ウェンズディポートほどの貿易港ではないがそれでも通商連合では数本の指に入るほどの貿易港でもある。まぁ、あそこはどちらかというと経済の拠点というよりは娯楽の拠点だがな」

「娯楽の拠点、ですか?」

「ああ、大きな闘技場があるんだ」


 闘技場、という言葉の響きが俺の中の男の子をくすぐった。そんなもの見に行くしかないじゃないか。元より目的地も何もない旅。それなら観光がてら行きたいところに行ってみるのもいいかもしれない。


「といういうことでこれぐらいでどうだ?」


 ユフィとフィオナにも同意を求めると彼女達はあっさりと承諾してくれた。ヴァンさんに提示された報酬を二つ返事で飲む。こうして俺たちの次の目的地は思ったよりもあっさりと決まったのであった。

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