第53話 最果ての君を探して

「もう旅立ってしまうのかい?」


 フィオナが俺に一緒に旅に連れて行ってくれと頼み込んでから更に数日が経った。


 この世界の建築技術もなかなかに侮りがたいもので、ボロボロだった港湾区画もそれがどういう規模でどんな形をしていたのかがうっすらと分かる程度には既にその姿を元の形に近づけていた。


「ええ、行ってまいりますわ、お父様」


 俺たちは今ウェンズディポート南の街外れに立っている。ウェンズデイのロケットを探しに行った山とは街を挟んでほぼ反対側に位置するそこはあの険しい山道とは違ってなだらかに先が見えないほどに登り続けている。


 そんな麓の治安維持隊詰め所の前で俺とユフィは別れの挨拶を交わすフィオナとヘルグレンジャー氏を眺めていた。


 フィオナの話ではヘルグレンジャー氏は随分と彼女の旅立ちを渋ったそうだ。恐らく彼自身がなぜこの旅にフィオナが付いていきたいとせがんだのか見当がついていたのだろう。

 フィオナの唯一の妹でありそして彼の二人の娘のうちの一人、アイリスフィール・ヘルグレジャーが取った今回の行動、その裏には必ずそれを手引きした人物がいるはずだ。


 フィオナがその人物を突き止めるという目的の元にこの街を出るということをヘルグレンジャー氏はどこかで察していたのだろう。


「定期的に便りは出すようにいたします」

「あの屋敷も私一人じゃ広く感じてしまうな」

「何をおっしゃっていますの?メイスリーが残ってくれると言っていたじゃありませんか」


 ヘルグレンジャー氏は少し前に自らの使用人たちに一斉に暇を言い渡していた。そのためかここ数日彼の邸宅で働く人間は最低限の人数に限られていたようだ。


 しかしそんな中でも特にフィオナによくしてくれていたメイスリーさんは、ヘルグレンジャー家への忠義に、そしてフィオナ自身への忠義に尽くすために彼の屋敷でこれまで通り働くそうだ。


 今回の事態の引き金を引いた人物がヘルグレンジャー氏であることはこの街の住人には知られていない。ゆえに彼の家に勤めることで肩身が狭くなるなんて心配はないだろうが、それでもやっぱりフィオナは別れ際まで彼女のことが心配だったようだ。


「そういえば、どうしてユフィはフィオナが旅についてくることに関して何も言わなかったんだ?」


 彼女が俺たちの旅についていきたいと口にしたその日の夜、俺はユフィをそれとなく街の食事処に引っ張ると恐る恐る事情を話した。


 美味しい食べ物で彼女の機嫌を取って、事後承諾になってしまったことを許してもらおうという魂胆だったのだが彼女はあっさりとフィオナの旅の同行を容認したのだ。


「ん~、聞きたい?」


 ユフィは俺に悪戯っぽい顔を浮かべる。


「ん、まぁ……聞かせてもらえるなら」


 それだけ聞くととコトコトとユフィはフィオナの元へと向かっていく。一体どうしたのだろうと眺めていると何やらフィオナの耳元でごにょごにょと内緒話をしだした。


「な、何をおっしゃってるんですかユフィさんっ、べべべ別にあの日何かあったとかそういう訳じゃなくて、っというかユフィさんはなぜ部屋に来られないのかと思ってたらそんな余計な気を利かせていらっしゃったんですの!?」


 何やら慌てるフィオナの声だけが一言一句俺の耳へと飛び込んでくる。凛と響く声のせいかそこそこ距離が離れたこの場所でも実にクリアに聞き取ることが出来た。

 しかしどうしてあんなにフィオナがてんぱっているのか、そしてユフィが彼女に何を囁いたのかまではここからじゃ全く把握できない。


「ん~、やっぱりダメっ!」


 しばらくしてこちらへと戻ってきたユフィはあっさりとそう言い放った。きっと今のやり取りに関わることなんだろうがどうしてフィオナの元へと向かったのかまでは謎だった。


「どうしてなんだよ」

「乙女には乙女の秘密があるのよ。それに、例えそれが秘密じゃなくなったとしてもそう言うのは自分自身で言葉にしなきゃでしょ?」


 そう言って彼女は街の外へと足を向ける。そんなユフィの背中をぼんやりと眺めてみるものの結局ユフィが俺に何を言いたかったのかすっかり分からずじまいのままだ。


「さぁ、アヤトさんも行きましょうっ!」


 ふと俺の手がぐいと誰かに引き寄せられた。見ればそちらではフィオナがニコニコと笑顔を浮かべ俺の顔を覗き込んでいる。


「お別れはもういいのか?」

「……はい。きっとお父様は納得していないのでしょうが、それはそれでいいのです」

「それでいいのか……?」

「ええ、皆が皆納得できるのってきっと難しいことなんだと思うのです。わたくしも、そしてお父様も今はまだ納得を得るための途中なんですわ」


 さっきからユフィもフィオナも何を言いたいのか分からないことを言う。しかしそんな俺の疑問の表情を見抜かれたのかフィオナはさらに言葉を並べる。


「きっとわたくしはこの旅で納得の理由に出会えるはず。お父様もいつか時間が経てば目の前に納得の理由が現れるはずですわ」


 納得の理由。どうして自分がこんなことになんていう苛立ちや、あの時なぜこうしなかったのかという後悔。自分自身で自らにかけてしまった呪い。それを解呪するための条件。それがきっとフィオナの言う納得の理由なんだろう。


 自分自信の納得の理由がこの旅の果てにあるのだと、フィオナはそんな風に考えている。


 じゃあ俺はどうなのだろうか。自らの意思のあずかり知らぬところで異世界に飛ばされ、そしてこんなよく分からない力を勝手に与えられて、女の子たちの運命を変えるようなことにまで巻き込まれて。いや、最後は自分の意思で力を使ったせいなのだけれど……。


 そんな理不尽に俺は納得できているのだろうか。いや、違う。俺もきっと探してるんだ。納得の理由を。


 なんでこんな世界にいるのか、なんでこんな力を与えたのか、ここで俺は何をするべきなのか。そもそもそれは俺が為すべきことなのか。その全てに納得の理由を探している。


 俺にもあるのだろうか。この旅の果てに、自分自身が納得できる理由が。


「……アヤトさん、難しい顔でどうしたのです?」

「いや、なんでもない」


 ならば俺も彼女達と一緒に探そう。俺の運命の行く果てを。そこにどんな理由が待っているのか探しに行こう。


 それがきっと俺のこの世界で今一番為したいことなんだろう。


「二人で何を話してたのよ」

「ふふ、ユフィさんには内緒ですわ!」

「ちょ、ズルい!それじゃあ私もさっきの事言っちゃうもん!」

「それはダメですわっ!」


 俺たちの前にはこうして道が続いている。一歩足を踏み出せば足の裏がしっかりと確かな地面を掴むのだ。


「そういえばフィオナ、貴女のお父様からはちゃんとお小遣い貰ってきたんでしょうね?」

「いえ、少ししか頂いていませんわ」

「なにー!?旅を舐めてるのか旅をっ!」


 早速旅人としての先輩風を吹かせるユフィをよそに俺はただ前に続く山道を登り続けていく。


「だって依頼を受けたりしてお金を稼ぐのも旅の醍醐味ではないのですか!?」

「そりゃそーだけどっ、この近くに街なんてないんだからこのままじゃまた野宿よ!」

「良いではありませんか野宿!」

「楽しいのは数日だけなんだからね!虫が出るとか地面が固いとかいろいろとあったかいシャワーが浴びられないとか散々なんだからっ!」

「ユフィさんも数日は楽しかったんですね……」


 三人寄れば姦しいなんていうが二人でも十分にこれである。この騒がしさならばこの旅もまだまだ退屈しなさそうだ。


 俺たちの納得を探す旅はまだ始まったばかりである。

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