第40話 再会の空に響くは惜別の雷鳴
空中に浮かんだまま優雅にドレスの裾を翻す女は、まるで昨日会ったばかりの友人に再び挨拶でもするかのような気軽さで俺たちにそう告げて見せた。
「引けっ、アヤトっ!」
瞬間、奴の言葉を即座に理解したユフィが威勢よく前に走り出した。見れば右手からもフィオナが駆け上がっていくのが見える。
俺はそんな彼女たちの行動に合わせるように後方に走り出し防御姿勢を取った。
「あら~女の子に守られるような男の子には見えなかったのだけれど」
直後、突如中空から巨大な水柱が女を囲うように出現する。
「良いものは持ってるのに残念ね、経験が足りないわ」
女が手を動かすと地面を穿った巨大な水柱がさらに複雑に分散した。かと思えばまるでそれは意志を持つかのようにユフィとフィオナを追尾する。
「まずぃっ!」
「っ!?」
水柱を避けるためかめちゃくちゃに動き回る二人。しかし拡散した水柱は容赦なく二人へと襲い掛かっていく。
「ユフィっ!フィオナっ!」
無残に地面に打ち捨てられる二人へ駆け寄るために前に出る。が、それも別の場所から撃ち込まれる水柱によって阻まれる。見ればユフィは意識を保っているようだが今の攻撃で完全に攻め気を見失ってしまったようだ。
苦しそうにうめき声をあげながらこちらに視線を送ってきている。
「行かせないわよぉ~?」
相変わらず余裕の顔を浮かべながらこちらを見つめる自称水産の女神アクアマリー。その瞳の奥の表情が読み取れないまま俺と奴の対峙は続く。
フィオナの方は完全に意識を失っているようだ。早く駆け付けてやりたいと思うのだが、目の前の脅威がそれを許してはくれそうにない。
「……あんたはなにが目的なんだ」
「そんなの単純じゃない~?」
「……ウェンズデイの聖具か」
「それはどうかしら~」
唇に指の先端を当てながらねっとりとしたウインクを飛ばしてくる。これがまた憎らしいほど様になっているから腹が立つというものだ。
「……頭が二つのでかい神造種をけしかけたのもあんたか」
「可愛かったでしょう?私の大事なペットなの」
「首ちぎられてたけどな」
「くっつけたから大丈夫よ」
そういう問題じゃないと言いたいところだったがそれを造ったのはあいつ自身だ。どうせまた千切っても神性を分け与えたらでかい頭が生えてくるのだろう。
「それで水産の女神様とやらがどうして直接こんなところまで乗り込んできたんだ?」
わざわざどうしてウェンズデイの力を狙う。プリズムウェルを襲った亜神とは恐らく彼女は格が違う。あんな神もどきなんかじゃなくて、目の前の彼女は間違いなく神そのものだ。
そんな奴に今更他神の力が必要なのだろうか。
「興味本位、って答えたら満足かしら?」
「3割は満足してやる」
俺の命など奴の前では吹けば飛ぶようなものだろう。そんな奴がわざわざこうして悠長に口を開いてくれている。素直な疑問もそこにはあるが、それを置いておいても俺が今一番やらないといけないことは時間を稼ぐことだ。ユフィとフィオナという戦力が再び復帰できるまでの時間。それをこいつの興味を引くことで稼がなければならない。
思えばいつだって俺は時間を稼いでばかりのような気がするな。
「何が可笑しいのかしらぁ?」
「いや、何でもない。ただ、俺が女神様とこうして話しているのが不思議だったものでね」
「どうしてかしら?」
「俺はただの一般人だぜ。それがどうしてかこうしてあんたと言葉を交わしている。それがなんだかおかしく思えて」
本音半分、時間稼ぎ半分。そんな言葉を彼女はどう受け取ったのか。その綺麗な顔がピクリと引きつるのが僅かに見て取れた。
「……本気で言ってるのぉ?」
「マジもマジ。大マジですよ。現に俺が女の子二人に守られていたの見てただろ?」
「……運命神の神性を保有しながらそんなことを言うのかしら」
背筋にぞわりと冷たいものが走る。と、同時に彼女がなぜ俺に容易く手を出さないのかが理解できた。俺の脳裏には俺が慕っているとある神様の姿が浮かんでいた。自分に力を与えた存在と同じところにいる存在とは彼女の言。つまり神は神の力を認識することができる。
アクアマリーは俺の中に込められている運命神の力を警戒しているのだ。
だからこそこうして悠長に会話をしているように見せている。打開策を探っているのか……?いや、違う。……奴は何かを待っている。
「運命神の力が怖いのか?」
「……嫌いだから関わりたくないだけよ。あんなろくでもない奴の力なんて」
それは心からのアクアマリーの本音のようだった。トゥルフォナ様、会ったことはないけれどまさかこんなところでも嫌われているとは。顔すら拝んだこともないのにどんどん俺の中で運命神様の株が下がっていく気がする。
まぁ、俺にこんな力を与えるような神様だ。
力の与え主を見抜かれたことよりも俺の中で元々運命神様に対して下がるような株があった事実の方が驚きだ。
「まぁでも……」
ふとアクアマリーが空を見上げた。
いつの間にかウェンズデイポートを覆っていた雲はさらに分厚くなっている。この様子だと麓の方では恐らく雨が降っているのだろう。
「そろそろお遊びはここまでになるのかしらぁね」
直後、いつの間にか沖合の方に見覚えのある雲が浮いているのが目に入った。先ほどの攻撃で木々が大きく抉れたのか、その隙間からはウェンズデイポートの沖合が見晴らしよく広がっている。
その先では稲光を携えた積乱雲がまるでこちらを睨むように浮かんでいる。
「どうやらペットの怪我が治ったみたいだわ」
直後、激しい雷が広場の周囲に降り注いだ。
「全く。気性の粗いのは相変わらずかしら?それとも躾を任せてる人間がそういう性なのかしら」
木々を焼き尽くす焦げた臭いが周囲に漂う。落雷の衝撃に思わず背けてしまった視線を戻すと、そこには見覚えのあるどでかい頭二つの竜がこちらを鋭く威圧するように浮かんでいた。
この距離だと改めてそのスケールのデカさを思い知らされる。頭の先から尻尾の先まで。引っ張り伸ばしたら馴染みの高層ビルなんてゆうに超えてしまいそうな高さだった。
そしてその二つ頭の竜の上、右の頭部に見覚えのある少女が立っていることに視線を奪われた。
「アイリス、遅かったじゃない」
「申し訳ございませんアクアマリー様。再生させた頭部の方がなかなかいうことを聞いてくれなくて」
「でもちゃんと躾けたのは偉いわぁ」
「……ありがとうございます」
アクアマリーに頭部を撫でられその少女は僅かに鬱陶しそうに目を細めた。が、不思議とそれが嫌悪感やその類から来るような表情には見えない。
肩まで伸びた金髪を柔らかに揺らすその少女は、アイオンホークと二頭竜がウェンズデイポート沖合で激闘を繰り広げた時に見かけた子のはずだ。
彼女はいったい何者なのか。俺よりも随分と幼く見えるその少女に思わず気を取られていたその時だった。
「……うぅ」
俺の近くで倒れていたフィオナが苦しそうに声を上げた。
どうやら意識を取り戻したらしい。そのことに少しほっとしつつそれでもこの状況がよくなるわけじゃないということを知らしめるように二頭竜が大きく唸りを上げた。
相変わらずユフィはこの状況を打開できるような策を思いついてはいないようだ。悔しそうに唇をかむその顔に自然と俺の表情も強ばるのが分かる。
二頭竜の咆哮は一体どこまで響いただろうか。耳をつんざくようなその声に思わず耳を塞いでしまう。しかしそれでもそんな咆哮を気にも留めない少女がその場にはいた。
「……アイリス?」
ぽつり、意識を取り戻したばかりのフィオナが俺の横で戸惑いの声を上げる。その声はどこか嬉しさと戸惑いが入り混じった不思議な声色をしていた。
「……お姉さま」
そんな問いかけに答えるようにその少女は口を開いた。
「……あら、それじゃああの子がウェンズデイの」
アクアマリーがフィオナへと視線を向ける。しかしその瞳はどこかつまらなさそうなものを見つめているようだった。
「どうして……ずっと探していたんですのよ!?」
「お姉さまには分かりませんわ。ウェンズデイの神性を引かないわたしの気持ちなんて、お姉さまには分からない」
縋るような声を上げるフィオナ。しかし当の少女はそれをまたつまらさそうに切り捨てた。
「アクアマリー様、よろしいでしょうか」
「アイリスのお好きにしなさい」
「……わかりました」
冷たい目でこちらを一瞥すると、まるで彼女は自らの膿を切り落とすかのようにその手を静かに上げる。
「ゼナゴス、お願い」
少女の声に答えるように彼女の乗る頭部とは別の頭部が口を開いた。何かを弾くかのような音を立てながら白い光がその口元に収束していく。
「それじゃあさよなら、お姉さま」
直後、俺たちの立っていた場所が文字通り跡形もなく吹き飛んだ。
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