第37話 素敵なレディにゃ秘密が多い
目が覚めると見知らぬ天井だった。
なんてことはある訳もなく、俺の目の前に広がっているのはここ数日すっかり見慣れてしまった宿の天井だった。港湾区画からちょっと離れたウェンズデイポートの中心部、飲食店やその他店舗が立ち並ぶそこからさらに内陸側へと向かうと多くの宿が点在している場所が存在している。
その一角にある安宿の、さらに二階の角部屋のベッドの上で俺は目が覚めた。
「どう、気分は?」
声の方へと顔を向けるとそこではユフィが優しげな顔でこちらを見つめていた。
「あ、えーっと……」
戸惑う俺を見てユフィが現状をぽつりぽつりと語りだす。
「あんた、海岸でぶっ倒れたのよ。覚えてる?」
確かギライアドラフィン相手に一人で立ちまわって、そして何とか倒すことに成功したと思ったらその後それで安心して気が抜けて――
「そっか、俺、倒れちゃったのか」
「全く、無茶するんだから」
そう言ってユフィは俺の額からタオルを奪い取っていく。どうやらぶっ倒れた俺の看病を今まで彼女がしてくれていたようだ。まだ力の入らない体をなんとか叱咤しながら体を起こす。
ようやく体を起こし終わるとその様子を心配そうに見つめていたユフィと目が合った。
「ありがとな……」
「あのねぇ、お礼を言うぐらいだったら元からあんな無茶はしないでちょうだい?」
「あー……ごめん」
俺の謝罪にユフィは「はぁ、あんたは……全く」なんて大きくため息をついた。
「いつも守ってあげられる訳じゃないのよ?」
「それは……」
元はと言えば、あの戦いで俺が無理をしたのはそれが理由だ。
俺だってみんなの足手纏いになりたくなかった。自分一人で化け物相手にも戦えるんだ、そういうところを見せたかったんだ。
いつまでもそうやって何かある度に逃げまどって最終的にユフィに助けてもらうなんてのは正直ごめんだ。俺だって強くありたい。
「……まぁ、いいけどね」
何も言わない俺の心情を知ってか知らずか、ユフィは何も言わずに部屋の窓へと手をかけた。
「ちょっと風通し悪いけどね、空気が籠ってるよりましでしょ?」
「そうだな……」
ユフィが窓を開け放つと遠くの方から微かに肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。この宿は宿が立ち並ぶ区画でも街の中心に近い場所に位置している。
きっとどこかの飲食店からこの香りが風に乗ってここまでやってきたのだろう。
「……そういえば、街は結局無事だったのか?」
「ええ、あんたがぶっ倒れた後になんとか鎮圧できたわ」
「そっか、それは良かった」
「それにしても、あのお嬢様は何者なのよ。飛んだ跳ねたの大立ち回りだったわよ」
きっとユフィが言っているのはフィオナの事だろう。俺も彼女の戦闘を目の当たりにしていた。ユフィの感想はごもっともだろう。
自らの足元に何らかの神性を圧縮してそこを足場にするあの魔法、きっと何らかの魔法の応用なのだろう。それに神性で生み出した弓矢の威力も目を見張るものがあった。
ユフィは火力特化の魔法使いだ。ギライアドラフィンの厚い皮膚も彼女の魔法であればものともしない。しかしタイプの恐らく違うフィオナの魔法がギライアドラフィンを一撃で葬っていたことも俺の脳裏には鮮明に焼き付いている。
「さぁ、どうなんだろうな。ただものじゃないってのは確かだけど」
「まぁね、でも一つ言えることは……」
「可愛いよな、フィオナ」
「あんたはそれしかないのかっ!」
こつりと拳で額を付かれる。痛みはないものの俺はそのまま勢いに任せてベッドへともう一度体を沈み込ませた。
「そーじゃないでしょうが、あの子の神性よ」
「……神性?」
ユフィはどうやらフィオナの魔法に思うところがあるらしい。俺にはさっぱり分からんが。
「そーよ。魔法ってのは大概契約している神様の能力によるものが大半なの。その神様の神性を借りる訳だからね、借りてる力が得意なことをするのが一番効力を発揮できるのよ。分かる?」
そういえばそれに近しい話を昔したような気がする。あの時はそこまで踏み込んだ内容ではなかった気がするが。
「例えば炎の神様だったら炎を出す、大地の神様だったら植物を操る、なんて具合にね」
そういえば豊穣の神様であるヘカテーさんは、あの亜神スコルディオとの戦闘の際に植物のツタのようなものを召喚していた。
神様の力があれなのなら、それと契約している魔法使いも似たようなことが出来るということか。
「それがフィオナの魔法とどういう関係が……?」
「神性を操り空中に足場を作る魔法、神性を変化させそれを矢として召喚する魔法、それって全く別の性質の魔法なのよ」
言われればそうだ。足場を作る魔法はともかくとして、ギライアドラフィンを穿ったあの魔法は明らかに高出力の神性魔法だった。
繊細な技術を要求する魔法と大火力の攻撃を放つことのできる魔法。それが可能な魔法使いがいるとしたら――
「彼女は複数の神様と契約をしている……?」
俺の答えにユフィは小さく鼻を鳴らした。
「それも大いにあり得るわ。でも、私はもう一つの可能性を考えている」
「もう一つの可能性……?」
自信があっただけにユフィからもう一つの可能性という答えが帰ってくることを想定していなかった。そのため俺は思わずユフィの言葉に対してついオウム返しをしてしまう。
「そう、もう一つの可能性」
「なんだよそれ」
「それは――」
一つタメを作るように息を吸うと、ユフィはそのもう一つの可能性について口を開いた。
「彼女がそんな芸当が可能なほどの高位の神様と契約を行っているということ」
ユフィの言葉に俺は小さく息を呑んだ。
高位の神様と契約を行うことはこの世界でも至難の業だということは俺だって分かる。以前運命神に会いたいと口にしたときにそれが難しいことだと言われた話も覚えている。だが、もしユフィの言葉をそのまま受け取るなら、彼女はそれが可能な環境に居たということになる。
フィオナはただのこの街の治政者の娘じゃないのか……?
ぐるぐると疑問が頭の中を渦巻いていく。フィオナの事情とこの街を襲った謎の存在。もしそれに関連があるとしたら?
亜神スコルディオはヘカテー先生の力を狙ってプリズムウェルの襲撃を試みた。もし今この街で同じことが起きているのなら……。
「何を考えてるの……?」
「あ、いや」
考えすぎかもしれない。ただの余計な心配事だと切り捨ててしまうのは簡単だろう。だが、もし本当にそれがこの街で起きているのだとしたら……?
今は鳴りを潜めているが、また再びあの二頭竜がこの街を襲撃しないとも言い切れない。気まぐれに襲ってきただけだったらそれだけのことだが、今はこの街の守護者たるアイオンホークも深手を負って身を隠している。
もし同等の脅威が現れた時、一体誰がこの街の危機を救うというのだろうか。
「なぁ、ユフィ」
「どうしたの……?」
俺は自らの思考が飛躍しすぎていないかの確認を取るために先ほどの考えをユフィに話す。
「考えすぎよ」
そう一蹴されてしまうと思った。
「とも、言い切れないのかもね……」
苦虫を嚙み潰したような表情でユフィはぽつりと零した。
「それはどうしてだ……?」
ユフィの知識はこの旅においての俺の大きな思考の指標。それを聞き逃すまいと自然と体が前のめりになるのが分かった。
「ウェンズデイポートの加護者たる海運の女神ウェンズデイは、数年前に力を失って姿を消しているのよ」
「……なんだって!?」
そんな時だった。俺たちがいる宿の部屋の扉がノックされた。
「……どなたです?」
「私です」
帰ってきたのは聞き覚えのある男性の声だった。この宿のご主人の声だ。毎日出かけるたびにカウンター越しに顔を合わせていたためか直ぐにその主に心当たった。
「どうかされたんです……?」
「その……」
ユフィの問いかけに僅かに間が開くと、ご主人は耳打ちするようにこちらに用件を伝えてきた。
「お二人にお客様がいらっしゃってます。その、なんでもヘルグレンジャー家の使いの者だとか」
ユフィと無意識に視線が交差した。
「ユフィ」
「分かってるわ、何も言わなくていい」
このタイミングでの来訪。もしかしてこの街は、思ったよりも厄介なものを抱えてしまっているのかもしれない。
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