第36話 他人の気も知らないで
「ユフィさん、新手が来ますわっ!」
青白い光が収束し一本の矢に姿を変えた。フィオナの手に握られたコンパウンドボウにつがえられたそれは高速で飛翔しギアラドラフィンの首元を一瞬にして貫いていく。
射貫かれたギアラドラフィンのつんざくような悲鳴が響く。しかしそれも次の瞬間には収まっていた。ユフィの爆破が大きくたじろぐ奴の頭部を捉えたからだ。
「……なかなかやるじゃない」
「伊達にお嬢様している訳ではございませんので」
「それは失礼したわねっ!」
「ええっ!構いませんわよっ!」
互いに視線も合わせることなく駆け出していくユフィとフィオナ。二人とも砂浜じゃ走りにくそうな恰好をしているというのに随分と身軽に動いて見せるもんだ。
フィオナに至っては足元はローファーのはず……。
「ん……?」
そんな彼女の足元を見て僅かに俺は違和感を抱く。しかし目まぐるしく動く状況が俺に余計な思考を許さない。
「上ががら空きですわよっ!」
まるで中空に描かれた見えない階段を軽やかに上るようだった。蹴りあがるように何もない空間を駆けのぼったフィオナは身を翻しながらギライアドラフィンの頭頂部のさらに上でその弓に矢をつがえる。
「射貫けっ!『
音よりも速く、光すらも戸惑ってしまうほどに鮮烈に、その一撃はギライアドラフィンの体を頭部から一気に貫いた。
「すげぇ……」
その魔法の美しさに思わず息を呑んでしまう。弓を放ちふわりと中空に投げ出された体が地面に引き寄せられるその一連の流れすら、美しく思えてしまう。
「いかがでしたか、アヤト様?」
まるで悪戯が成功した時の子どものようにこちらに笑いかけてくる彼女を見て、俺は思わず顔が熱くなってしまったのが分かった。
戦いの中に垣間見える美しさ。その片鱗に俺はその時初めて触れたんだと思う。それがきっと、フィオレンフィーナ・ヘルグレンジャーという少女の矜持なんだとぼんやりと感じた。
「ほらっ、女の子に見とれないでさっさと走るっ!」
ぽんと背中を押されるようにして俺は再び前に駆け出していく。数匹はなんとか倒せたもののまだまだ海岸線には何体ものギライアドラフィンの姿が見える。
治安維持隊も善戦してはいるようだが相手が相手で数も数だ。陸地に上陸してしまえば動きも鈍く苦戦する相手ではないらしいのだがなによりその体の大きさが障害となっている。
「直ぐにこっちを片づけて南の援護に行くわよっ!」
「俺が持ってる間に何とかしてくれよっ!」
ユフィの声に応えつつ俺は上陸を試みる新手に向けて剣片手に走り込む。
先ほどの一撃で奴らの警戒レベルはユフィを最優先としてフィオナを次の脅威とみなしているようだ。ということは、俺は完全にどフリーということで……。
「舐めてもらっちゃ困るんだなぁ!」
俺の一撃が奴の脇腹を確実に貫いた。刀身の長さ80センチ。魔法に比べちゃその殺傷能力は見劣りするが、肉を絶つにはこれほどまでにこの場において適した形はないはずだ。
刺さったその柄に全体重をかけるようにして一気に胴体の下部へと引き下ろす。
そのサイズから完全に俺を見失っていたらしい。突然与えられたダメージにギライアドラフィンは絶叫を上げた。
戦える。戦えるんだ。俺だって何も出来ない訳じゃない。誰かにいつまでもおんぶにだっこと言う訳には行かない。
自分でつかみ取らなきゃ。この世界で生きる手段をっ!
「アヤトっ!」
「大丈夫だ、見えてるっ!」
苦し紛れにこちらへと撃ち込んできたのだろう水球を難なくかわす。我流だろうが剣は剣。獣相手だったら十分にそれで通用するはずだ。
「アヤトっ、時間を稼いでっ!」
焦るユフィの方を向けば彼女は現れたもう一体に釘付けにされていた。こちらに援護を送る余裕はなさそうだ。
フィオナの方もこちらからかなり離れた位置で戦っている。こうしてみると改めて彼女のその意味不明な軌道の正体がわかる。
彼女は自らの足元に何らかの魔法を展開している。最初に出会ったときに屋根上まで駆け上がったあれ。港で沖合からの爆風に踏ん張りを利かせるために足元に発動させたあれ。恐らく先ほどの弓とは違う彼女の魔法のもう一つの姿なのだろう。
それにより足場を自在に操りながら彼女はその立体的な軌道を実現させている。
複雑に組みあがるその立体軌道はある種芸術にも見て取れる。戦闘中の判断と繊細さにかけては素人の俺の目でみてもかなり高度な技術であると言えるだろう。
「さて、俺もいっちょかっこいいところを見せないとな。だって男の子だしっ!」
先ほど一撃を見舞ったギライアドラフィンは今度は俺を最優先目標と定めたようだった。深海に適応するために平べったく仕上がった頭部では、細く小さな二つの瞳が俺を捉えるべく動いている。
美少女二人よりもこっちをかまってもらえるなんて男冥利に尽きるってもんだ。
奴の動きは陸上のせいか未だ鈍い。気を付けないといけないのはその圧倒的な質量により圧殺されることと、そして時折撃ち込んでくる水球に被弾することだ。水球は奴の体に密着するように動けば完全に封殺できる。
奴だって自分の体に向けて魔法をぶち込みたくはないだろう。
「さて、何時間かかろうが倒して見せるぜ」
俺には二人みたいにこんなでか物を一瞬で処理できるような力はない。なら、倒れるまでその身にダメージを入れ続けてやる。そんで最後に俺が立ってりゃ俺の勝ちって訳だ。
「ぁあああっ!」
足元に駆け込んだ俺の攻撃は、ひれの付け根の部分に僅かながらの傷をつけた。上等。元々傷が付いたのなら御の字だ。それを何百、何千と繰り返す。これはその先駆けに過ぎない。
その後戦うこと20分ほど。奴の体勢が大きく崩れた。そこを隙と見抜いた俺は一気に距離を詰めると大きくこちらに表を向ける下腹に向けて渾身の一撃を叩き込む。
肉を突き刺す鈍い感触が剣を通して俺の腕に伝わってくる。が、それに躊躇うことなく一気に内臓めがけて剣先を押し込んでいく。
直後、奴は海面に倒れ込むようにしてその大きな体を伏せた。
「か、勝った……」
安心感からか先ほどまで何とか動いてくれていた足が一気にその力を失っていく。そしてそのまま俺は腰を抜かすように尻から砂浜へと倒れ込んだ。
「あぁ……海風が気持ちいいな……」
音が、匂いが、色が、一気に戻ってくるかのような錯覚に陥る。気づかないうちに俺は随分と奴に入れ込んでいたらしい。頬を撫でる沖合からの風に安心感すら覚えながら、俺はその場で意識を失ったのだった。
―――
「これで、最後っ!」
相対するウミヘビの頭部に魔法を叩き込むとユフィはゆっくりと周囲を見回した。海岸を埋め尽くすほどのギライアドラフィンの屍たち。その向こう側で一体のギライアドラフィンがゆっくりと海面へと倒れ込むのが目に入った。
「あんのばかっ!」
ユフィがアヤトに指示をしたのは時間を稼げということだけだ。何も倒せとまでは言っていない。時間さえ稼いでくれれば自分かフィオナが駆け付ける。そう考えての算段だった。
それを彼は結局一人で倒しきってしまったのだ。
ユフィが感じていたのは嬉しさよりも危機感だった。一人で海洋獣を倒しきる。確かに魔法もなければ訓練を受けたわけでもない。そんな一般人同然の彼がそれを成し遂げたことはある種快挙であると言えよう。
しかしユフィはそこに彼の危うさを感じ取っていた。
あまりにも自分の命の価値を軽んじているように見える。プリズムウェルの時だって聞けばアヤトは亜神と対峙したというではないか。
「腹立つ顔して、私は心配してるのよ?」
彼の元まで辿り着いた時、アヤトは気持ちよさそうに地面に仰向けになって満足そうな顔を浮かべていた。
聞けば小さく寝息を立てているではないか。そのだらしない顔をぶん殴ってやろうかという衝動を何とか押し殺しながらユフィは近くの治安維持隊員へと声をかける。
自らが泊っている宿まで何とか運んでもらうように頼み込むと彼らの手が空くまでアヤトの横で自分も休むことにした。
「そのご様子だと随分とこれまでも苦労されているようですね」
ふと声をかけられそちらを見ると、コンポジットボウの弦をつまらさなそうに弄るフィオナがこちらに歩み寄って来ていた。
「どーだか」
倒れ込んだアヤトの頬をその細い指でつつきながらフィオナが尋ねてくる。
「彼は一体何者なんですの?」
そんな問いかけにユフィはこれまたつまらさそうに声を上げる。
「ん~強いて言うなら、美少女の天敵?」
「なんですのそれ」
ユフィの言葉にフィオナは小さく笑みをこぼした。
「フィオナも気をつけなさいよ。そのうち危なっかしくて目が離せなくなる呪いにかかるんだから」
「もしそうでしたら私にとっては呪いではなく祝福ですわね」
「さいですか」
もう手遅れだったか、なんてことを思いながらユフィは大きく一つため息を吐くのだった。
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