第34話 ラブコメディには縁がない
海岸線を大きく陣取る港湾エリアをさらに南に沿うように向かうと、そこにはウェンズデイポートが有する一大ビーチが広がっている。
シャンベルビーチと呼ばれるその場所は、長さ一キロほどの砂浜がずっと続いておりシーズンになるとそこそこの海水浴客で賑わうそうだ。
「誰もいないわね」
「そりゃそうだ」
しかしながら通商連合にはもっと南に国内有数の観光スポットが多く点在している。地元民だけではなく遠く異国の金持ちたちが自らの国の騒がしさから逃れるべく訪れるらしい。
つまり、このシャンベルビーチは元々そういうメジャーなスポットに勝てるような砂浜では決してなく、しかも今は先日の神造種襲撃に伴い街の人間の多くが家に引きこもってしまっている。
そんな時期にこの砂浜を出歩こうというのが珍しいのだ。
「ん、あれは……?」
俺がぼんやりと沖合を眺めていると、一台の木製ボートが高速で移動するのが見て取れた。海面に白い飛沫をあげながら高速で沖合を横断していく。
「へぇ……なかなかやるわね」
感心したように隣を歩くユフィが口を開いた。
「あれは治安維持隊の監視ボートよ。でっかい竜は去ったけどどうも厳戒態勢は解除できないみたいね」
「そっか、何ができるかは分からんが逃げる指標は大切だもんな。それで、なかなかやるってのは?」
「あの隊員の事よ」
彼女が指さした先、海上を駆け抜けるボートの上には二人の治安維持隊員の姿が見て取れた。
「ほら、後方で術式を展開している方」
ユフィの言葉に釣られるように視線を動かすと、ボート後方の隊員は海面に向かってなにやら両手を伸ばしていた。
「ふ~ん、海面操作系の魔法ねぇ……」
「なんだそれ」
「あれは神性を水面に送り込んで、それを操ることによって反発でボートを前に飛ばしてるのよ」
……なるほど。エンジンもなしにどうやってあの速度で移動しているのかと思えばそういう理屈か。そういえば、あれに似たような魔法を俺はどこかで見たような……。
「で、海に来た感想は?」
考え事を遮るようにユフィがぽつりと俺に尋ねる。まぁ、別に大したことじゃないんだろうからいいけどさ。
「そうだなぁ、海に来た感想ねぇ……」
白い砂浜とどこまでも続く澄んだ青い海は俺の想像する海とはちょっと違った。どちらかというと沖縄とか外国のビーチとか、目の前の海岸はそちらの方に近いような気がする。
「綺麗だとは思うけど、馴染みのある光景とはちょっと違ったなぁ」
「私は思ったような海だったけど」
「ユフィはこうして海を見るのは初めてなのか?」
「うん。私の生まれは王国でもかなり内陸の方だから。だから私はちょっと感動しているかな?」
感慨深げに目を細めて海を見るユフィは、相も変わらず今日も綺麗だった。さすが神様の力が認める美少女。こうしてみると随分と様になるもんだ。
「綺麗だな……」
ぽつり、心の中で思った感想がつい口をついてしまう。
「……へっ!?」
俺の視線に気づいたのか、ユフィはその頬を桃色に染めながらなにやらあわあわと視線を動かしている。
「あーいや、海がなっ!青い海が綺麗だなーって!」
「そそそそーよね、綺麗よねー海っ!」
「あー……」
「えっと……」
気まずい沈黙が二人の間を流れる。う~む、何ともいたたまれない。何がいたたまれないってユフィ自身が俺の発言の意図に恐らく気づいていることがいたたまれない。
プリズムウェルでの神造種襲撃の際、俺の力がユフィ自身に力を与えたことは俺と彼女の間では周知の事実だ。ということは、『美少女が一生に一度のお願いを何でも聞いてくれる力』である俺の力の適用条件、”力を行使する対象が美少女であること”に彼女が当てはまっていることになる。
ぶっちゃけるとこれに関しては俺の主観によるところがあるのだろうが、それはつまり俺自身がユフィのことを美少女だと認めているということになるのだ。
まぁ、今更そんなことを否定するつもりもないしユフィは美少女だということは声高らかに宣言できるが、それをまた改めて本人に伝えるというのは正直照れるというかなんというか。
「あのね、あんたが何か言わないと一生気まずいままなんだけど」
「そ、そーだよなっ!うん、ユフィは美少女だと思うぞ」
「そーいうことじゃないっ!」
どうやら彼女にかけるべき言葉はこれじゃなかったらしい。
「……でも、ありがと」
聞きましたか世の難聴系主人公の諸君。俺はあいにくと元の世界ではこの世に生を受けて以来病院のお世話になっていないほどの健康優良児なのだ。
だから彼女の照れくさそうに吐いたその声もちゃんと聞こえちゃっている訳で、ぶっちゃけ言ういとこれがめちゃくちゃ、照れくさかった。
「……なによ」
ユフィの顔を覗き込むようにチラ見すると、その白い肌が額から首元まで桃色に染まりあがっていた。きっと彼女もそれについてあれこれと言われることを望んじゃいないだろう。
「いや、なんでもない」
「なんでも無いわけないでしょ」
「なんでもないほうがいいだろ、互いのために」
俺の言葉に納得したのか、何か言いたげに頬を膨らませていたユフィは直後そっとその肩に入っていた力を抜いた。
「なんか気ぃ張るの馬鹿らしくなっちゃった」
それは俺も同感だった。俺たちの関係にはきっとそんなありきたりな感情から来るあれこれは当てはまらないと思ったのだ。
「変に互いに気を遣うのは俺たちらしくないよな」
「全くその通りよ」
互いに海を見て笑いあう。そんなくだらないことが結局のところ俺も彼女も自分たちらしいと思ったのだろう。これからも二人でそんな関係が築けたらいいな、なんて漠然と俺はそう思った。
そんな時だった。厄介事というのはいつだってそれなりにいい雰囲気の時に水を差してくる。
けたたましいサイレンが海岸近くのスピーカーから流れ出した。
「なんなのっ!?」
「あれだ……」
視線の先、先ほどボートが通り抜けていったそのさらにその沖合。さっきまで穏やかだった海面がいくつも盛り上がりを見せているのが目に入る。
「なんだあれ……」
「まさかこんなところで実物を見るなんてね……」
焦る俺とは対照的に、ユフィはその視線の先の正体を知っているようだった。
海面が大きく弾け、中からその正体が姿を現す。のっぺりとした頭部、そしてそれにくっついた細長い胴体。一見ウミヘビのような体をしているがそれと大きく違うのは背中に生えた巨大な背びれ。
「神造種か……!?」
「違うわ。あいつの名前はギライアドラフィン。海に時折現れる大型海洋獣よ。普段は深い海の底にいるらしいって聞いてるけど」
「……なるほど、この世界の正統な進化の行く先の一つって訳か」
「そーいうこと。でも厄介ね」
ぎりとユフィが唇を噛みしめるのが分かった。確かに数がかなり多い。それに一体一体のスケールがでかすぎる。人一人で対処するのはなかなかに骨だろう。
「でも海岸で迎撃すればいいだろう?あいにくとあいつらは海に住むって言うじゃないか。あいつらは海から出てこれない。そしたらこちらから一方的に……」
俺の言葉を聞くユフィの横顔は先ほどの焦り交じりの表情から一切動かない。それを見て俺はこの場合あまりにも考えたくないそれに思い至る。
「……嘘だろ。あいつらもしかして足があんのか?」
「アヤトも勘がいいじゃない。あいつら、上陸してくるわよ」
今回ばかりは、さすがに他人任せという訳にもいかないようだ。
俺は大きく一つ息を吐くと、覚悟を決めて腰のブロードソードに手をかけるのだった。
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