第33話 ランチタイムには迷える子羊を
ウェンズデイポートが謎の大型神造種に突如として襲撃され三日が経った。
未だに街の南側の大部分を占める港湾部はその時の爪跡を多く残し、街中の職人や治安維持隊がその後始末に追われているらしい。噂によると一流の船大工も駆り出されているとかいないとか。
そんな慌ただしさの真っただ中に包まれたこの街の一角で、俺はぼんやりと人知れずテーブルの上の食事をつついていた。
「どこに行ったのかと思えば……」
そんな俺に背中越しから聞こえてくる声。せっかくいい雰囲気の店で窓際のテーブル席を確保できたというのに。まったくこいつには風情というものが感じられないのだろうか。
「盛大にディスられた気がしたんだけど」
「俺がユフィにそんなことを思うはずがないだろう?」
「ってかあんたに風情云々は似合わないわよ」
「……それに関しては自覚してるんだから言わないでくれ」
俺の返答に苦笑いを浮かべると、その少女はおもむろにテーブルの対面へと腰を下ろした。
「すみません、この特選ランチセットって言うのください」
カウンターの向こう側で何やら鍋の中身を弄り回しているマスターにそう声をかけるとユフィはどこか憮然とした表情でぼんやりと窓の向こうへと視線をやった。
「……機嫌悪い?」
「そう見えるのならそうなんじゃない?」
人が心配してやっているというのに全く何て言い草だ。そこは少しか弱さを見せて男に漬け込む隙を見せるって言うのがベターってもんだろうに。
「アヤト相手にそんなことするわけないでしょ?」
「いや、俺何にも言ってないんだけど」
「顔に書いてあるわよ」
そういえば以前もどこかで似たようなことを言われた気がする。あれは確か俺たちがまだプリズムウェルに居たころだっただろうか。
「というかなんでこんなおしゃれなお店にいるのよ。あんたには似合わないわよ」
「別にいいだろう。俺がどこで昼飯を食ってようがさ」
「まぁ、互いに暇を持て余しちゃってるからね」
運ばれてきたサラダを器用にフォークでつつきながらつまらなさそうに彼女は言う。
実際、ここ三日俺たちは何をするでもなく時間を持て余していた。元々この街には観光目的で訪れていたのだ。それが着いたその日にあんな出来事に巻き込まれてそれどころじゃ無くなってしまうとはさすがに彼女も想定外だったのだろう。
期待していた港の市場も今は悲惨な状況だ。それにもう一方の目的だった海も現在この街の治安維持隊によって警戒線が敷かれており容易には近づけない。そりゃ行こうと思えば行けるのだろうが極力旅先で揉め事を起こしたくない俺としてはそれも諦めざるを得なかった。
そういう訳で近くに借りている宿と、そして現在営業中の周囲の飲食店を行ったり来たりするそんな日々が続いている訳なのである。
「というかアヤト」
「……なんだよ」
「この前も言ったんだけどさ、別にこの街に拘る必要はないんじゃないの?行こうと思えば別の街に直ぐにでも行けるわよ?」
その提案を俺は三日前にも彼女にされていた。アイオンホークと二頭竜の激闘の後、街の復旧に僅かに助力した俺たちは直ぐに港から離れた場所に宿を借りた。
そしてその日の晩に次の日にでも違う街にでも行ってみてはどうか、という提案を彼女から受けていたのだ。
「それなんだけどさ……」
その時の俺は曖昧に返事をしたのだが、どうもここ三日俺の心境に変化があるのを自分自身でも自感じていた。
「やっぱり気になるんだよ」
「何が……?」
付け合わせのスープでパンを流し込みながらユフィはつまらなさそうに相槌を打ってくる。
「この街って言うか、そのうまく言えないんだけど諸々がさ……」
「運命神のお導きって奴?」
「う~ん、そうなのかもしれないしそうじゃないのかもしれない」
運命神のお導き。
この言葉はこの世界においての一種の慣用句のようなものらしい。左様ならばまた会いましょう。俺の感覚としてはそういう類の言葉に近いのかもしれない。
フィオナも別れ際にそれを口にしていた事を思い返し、先日ユフィも言わないのかと尋ねたことがあった。曰く今どきそんな挨拶、育ちのいいお嬢様ぐらいしか使わないわよ、との事らしい。
しかしこと俺に至ってってはその別れ際の決まり文句は別の意味を持ってくるのだ。
「トゥルフォナ様がここにアヤトを引き付けているとでも?」
「それは……分からん」
運命神トゥルフォナ。
俺をこの異世界に引きずり込んだ張本人であり、そして俺にこの奇妙な力を与えたその人でもある。まぁ、これは本人から直接確認を取った訳ではないのでもしかしたら違ったりするのかもしれないが……。
とかく、俺にこの力を与えた神様はこのアトランディアにおいて運命を司ると言われているらしい。
もしその力が本物なのであれば、俺が妙にこの街に何かしらの感情を抱くのであればそこにトゥルフォナの干渉が加わっている可能性があるのだ。まさに運命神の導きである。
「もし仮にそうなのだとしたら、トゥルフォナ様はあんたに何をさせたいのよ」
「……そうだよなぁ、全く心当たりが無い。でも、思えばプリズムウェルの時もそんなもんだっただろう?」
「先生の力を取り戻したこと?」
「あぁ……」
俺とユフィが出会った街、商業都市プリズムウェル。そこで俺はその街の守護神であった豊穣の神ヘカーティアの神性を取り戻すためにこの力を行使した。直接的な干渉ではなかったが、確かに俺はこの力を使って彼女の行く末に僅かばかりの介入を行ったことは事実である。
「思えばあれも運命だったのかもしれないな」
「あんたが私の裸を覗くこと?」
「それは俺の元々の資質だ」
「カッコつけて言ったところで、それってただのスケベじゃない」
「そうとも言う」
「それしか言いようがないのよ」
結局いくら頭を悩ませたところでこの問いに答えが出そうにない。俺は食後のドリンクを口にしながら再びぼんやりと窓の外に視線を向けた。
僅かばかりの野菜の香りと、それを整える甘いフルーツの味。目の前のグルメに聞けばなんでも帝国領の温帯気候でよく栽培されるフルーツを使っているんだそうだ。
「さすが一大貿易港。帝国までもすんなりか……?」
「って訳じゃないけどね」
「というと?」
「通商連合と帝国はシーレーンを通らないと貿易が行えないらしいわ。その間にいくつもの国と山脈があるからね」
頭の中では以前ヘカテー先生の家で見た世界地図がぼんやりと浮かんでいる。
「ってことはこのフルーツはどんぶらこどんぶらこと船に揺られてやってきた訳か」
「そして問題なのはそのシーレーンなのよ。近年海に生息している獣たちや神造種の活動が活発化しているらしくて、腕のある船乗りしかそのシーレーンを踏破できないのよ。だから今ではこのフルーツも貴重品になってるらしいわ」
その言葉に焦って俺はマスターの方を見やる。どうやら俺たちの会話の端々が聞こえてきていたのか、顎髭が似合う渋めの中年であるマスターは苦笑いでこちらに手を振っていた。
慌ててメニュー表を開くが別段他の食べ物と値段は変わらない。そこに俺は彼の涙ぐましい営業努力を感じて心の中で深々と頭を下げるのだった。
「まぁ結局、なんで俺がこの街が気になるのかは多分一生分かんないと思うぜ。それこそトゥルフォナ様が現れて答え合わせでもしてくれない限り」
「そうよねぇ……」
「でもあれだ、もし俺の行動がユフィの旅を邪魔してるって言うならなんとか見限ってくれ。そこまでの義理じゃないってのは分かってるつもりだ」
実際この旅だって彼女が俺に気まぐれに付き合ってくれているに過ぎない。そう俺は思っている。彼女にもっと真の目的があるのなら、俺なんかよりもそちらを絶対に優先すべきだろう。
「随分寂しいこと言うのね」
「心にもないことを」
「さぁ、どうだか。でも私は付き合うつもりよ?」
机の上に肘をつき、その腕の先で笑って見せる彼女はどこか呆れたような、それでいて優しげな顔を浮かべていた。
それが妙にこっ恥ずかしく思えてしまい、俺はグラスに残ったドリンクを一気に飲み干す。
「あんたがやりたいことやればいいのよ。それがきっと、先生をあんたが救った時みたいに、どっかの誰かを助けんのよ」
そうあっけらかんと言ってのける彼女の声が、どこまでも俺の中で静かに反響していくのだった。
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