第31話 港湾都市の守護者

 その光景は、まるで子どものころにテレビで見た怪獣映画のような光景だった。スケールがあまりにも違う二体の獣が、互いを駆逐せんと抗うその姿は俺という人間のちっぽけさをこれでもかというほど思い知らせてくる。


「こっちだっ!助けがいるっ!」


 一度沖合からこちらに迫った双頭竜は、洋上に逃げるアイオンホークを追いかけるように強烈な落雷を伴ないウェンズデイポートを掠め再び海の上へと姿を移した。


 二体の怪獣は現在ウェンズデイポート外洋1キロほどの地点でこれでもかというほどの激しい戦闘を繰り返しながら問答無用の殺し合いを行っている。


「大丈夫ですかっ!?」


 そんな光景を横目に見ながら、俺たちは現在甚大な被害を受けたウェンズデイポート港湾部で救助活動に当たっていた。


 この街にも治安維持組織のようなものは存在しているらしいのだが現状が現状だ。魔法を行使できる構成員が二体の再接近に備え沖合に出張っているらしく、救助活動も困難を極めていたのだ。


「治癒魔法が使える人間はっ!?」

「こ、骨折程度なら時間を貰えれば俺が行けるぞっ」

「分かりました!お願いしますっ!」


 そんな状況において結局最後に頼りになるのは自分たちの力だ。ここにいる人たちもそれは重々承知しているのだろう。誰かが声をあげるまでもなく互いに声を掛け合い救助作業と避難活動に当たっている。


 その中でも精力的に動いているのは魔法を使える行商人たちだった。


「すごいな、港が一つになっているみたいだ」


 崩れた住宅を魔法で砕いているユフィに声をかける。家の住人の避難は既に確認しており、大通りの通行の邪魔になってしまっている建物の撤去にも渋々という具合に了承してくれていた。


「ええ、でも手遅れだったものもあるわ」


 彼女の視線の先では恐らく夫婦だったのだろう。動かなくなった女性の体を抱きしめながら大声を上げて泣き続ける男性の姿があった。


 アイオンホークと二頭竜の最初の激突時、その余波を受けた港湾部と市街地南部は無数の落雷と衝撃波に襲われていた。


 その被害は尋常じゃなくああして亡くなった人も大勢いるそうだ。プリズムウェルにいた時の光景を思い出し心臓がこれでもかというほど苦しくなるのが分かった。


「大丈夫……?」

「悪い。ああして誰かが死ぬっていう光景に慣れてなくてさ」


 自らを落ち着けるように大きく深呼吸をする。その光景をユフィは何か言いたげに見つめていたがそのまま瓦礫の撤去作業へと再び戻っていってしまった。


「……いいわよ別に」


 ぽつり、こちらに背を向けるユフィが背中越しにそう呟いた。


「何がだ?」

「だから、慣れなくていいって言ってるの。誰かが死ぬっていうことにね」


 そう口にする彼女の声色は、まるで誰かに言い聞かせるように優しげで、そして寂しげだった。


「苦しんで、悲しんで、辛くなって、寂しくなるのも……私は強さだと思う」


 そう言って撤去部分の除去が終わったユフィは別の建物へと足を向けた。俺は最後まで彼女がどんな顔をしていたのか見ることが出来なかった。


「多分もう一体も神造種だよな……」


 洋上では未だに怪獣二頭が激しい戦闘を繰り広げていた。奴らと街を遮るような位置に陣取っていたウェンズデイポート治安維持隊も流れ弾による被害が出ているのか防衛ラインをかなり港に近い位置まで下げている。


 彼らの防御術式のおかげで今はなんとかこちらに被害が及んでいないが、再び戦場をこちらに移されたなんてことが発生したら正直この街は終わりに近い。彼らの気まぐれがこちらに気移りしないことを祈るばかりである。


 しかし先ほどから奴らの戦闘を眺めているが何か違和感のようなものを感じるのはどうしてだろうか。それに、いつの間にかあの少女も姿を消している。


 洋上に逃げたアイオンホーク。それを追うように頭を沖合に向けた双頭竜。アイオンホークは現状僅かに劣勢のように見える。その大きな両翼が被弾面積を大きく上げているのだ。しかし奴はこちらには決して逃げようとしてこない。むしろ奴をそこに押しとどめるようにしきりに上下の移動を繰り返しているようだった。


「ウェンズデイポート……。あいつはたしか……」


 思い出すのはユフィが奴を見かけた時に震える声で呟いたセリフだった。


「アイオンホークは、海運の女神ウェンズディの造った種。ってことは奴は……」


 あいつは守っているのだ。このウェンズデイポートという街を。奴は事前にあの二頭竜の接近を何らかの方法で感知していたのだろう。だからこそこうしてウェンズデイポートに姿を現した。


 そう考えると合点がいく。しかしそうなるとさらなる疑問が湧いてくる訳だ。


「今この街を襲っているあの二頭竜は何者だ……?」


 アイオンホークにこの街を守るように指示をした神がいるのだとすれば、あの二頭竜にもこの街を襲うようにと仕向けた存在が居るはずだ。以前スコルディオがプリズムウェルを襲わせたあのグリフォンもどきのように。


 この街で、一体何が起きているんだ……。


「兄ちゃんっ、すまねぇ荷車が瓦礫に引っかかっちまったっ!手伝ってもらえねぇか!?」


 俺の思考を遮るように近くから声が聞こえてきた。見ればそちらでは商売道具を乗せている大型の荷車が地面の瓦礫に乗り上げてしまっていた。


「行きますっ!」


 ガタイのいい男性と二人、声を合わせて荷車を押し込む。台車の上では恐らく商品だったのだろう。見たこともない綺麗な反物が積み込まれた棚の隙間からちらちらと覗いている。そういう知識は持ち合わせていないが、きっとかなりお高いものに違いない。


「わりぃ、助かったっ!」

「いえ、これぐらいしかできないので」

「んなことたぁねぇよおかげで商売道具を見捨てずに済みそうだ。それにしても、アイオンホークが苦戦するなんてなぁ……」


 男性の視線もいつの間にか洋上の戦闘に引き付けられていた。俺も倣ってそちらを見ると、今まさにアイオンホークの左翼が雷に大きく穿たれているところだった。


「あの、アイオンホークっていうのは……」

「そうか、兄ちゃんは見るところ余所者か?」

「この街の守り神かなんかなんですか?」


 そういうと彼は街の大通りの一角にあるとある像を指さした。


「あの像がどうかしたんですか?」


 そこに建っていたのは一人の女性の像だった。見ればかなりスタイルのいい格好している。しかしそんなことよりもなによりも俺の目を引いたのはその体にはあまりにも不似合いな大きさの弓だった。


「あれは海運の女神ウェンズディ。この街は昔話によると神であるウェンズデイが最初に降り立った地なんだそうだ。それにちなんでこの街はウェンズデイポートと呼ばれてる」

「アイオンホークの創造主は……」

「お、それは知ってるのか。そうだ、アイオンホークを造ったのは女神ウェンズディ。あの巨鳥は、この街の守り神の代わりを果たしているのさ」


 俺の憶測はどうやら間違っていなかったようだ。やはりかの鳥はこの街を守っている。


「もう一方の双頭の竜の方は?」

「そっちに関しては本当に分からん。アイオンホークと敵対しているところを見るにこの街に何か用があるんだろうが……。っと、すまんな、俺も行かなきゃならねぇ」

「いえ、ありがとうございます!」


 それだけ言うと男性はどこかへと逃げるように去って行ってしまった。状況が状況だ。恐らく新天地でまた商売でも始めるのだろう。


 ふと俺はどうしてもウェンズデイの像が気になってしまってそちらの方まで足を向けた。


「……なかなかに巨乳だけど本物も似てんのかな……」


 近くに寄るとより一層そのスタイルの良さが際立つ。こういうのは大概誇張されて作られていたり誰かの想像で勝手に補われたりするものだが、なにぶんこの世界は本物の神様と出会える世界なのだ。もしかしたらウェンズデイ様自身のお姿も拝める日が来たりするのかもしれない。


 ならその時はぜひこの姿のままお目にかかってみたいものだ。まぁ、俺がこの世界で生き残ることが出来たらの話だが。


「……っ!?し、失礼いたしましたわっ!」


 そんな時だった。ぼーっと突っ立っていた俺の右肩に誰かがぶつかったのが分かった。咄嗟にぶつかった人物の方を見やると、そちらは俺のことなんか気にせず既に海の方へと走り去ってしまっている。


 走っている反動でその肩まで伸びた柔らかな金髪が左右に激しく揺れている。すいと伸びた手足は走るときにも存分に生かされているようだ。顔を見ずとも、俺はその姿に確かに見覚えがあった。


「フィオナ……?」


 なぜか胸のざわめきを覚えた俺は居ても立っても居られなくなり、その背中を追うように港の方へと足を向けたのだった。

 

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