第二章 ウェンズデイポート:或いは運命を捻じ曲げる最適解
第27話 新たな旅にニューヒロインは付きもの
神々が創りし大地、アトランディア。
人々の信仰が世界の守護者たる神々に力を与え、その権能を持って神がそこに住まう生きとし生けるもの全てへと自らの加護を与えし世界。
俺が転生した世界はそんな場所だった。
訳も分からぬまま、運命神トゥルフォナの導きによりその世界に放り込まれた俺は、『美少女が一生に一度のお願いを何でも聞いてくれる力』なんて男のロマンが詰まりに詰まった力を貰ったのだがこの世界はそんなに簡単に生きていけるような世界じゃなかった。
俺の知らない技術があって俺の知らない生物たちが闊歩している。おまけに神様は気軽に目の前に姿を現すと来たもんだ。
そんな世界で俺は、なぜ自分がこんな世界に召喚されたのか。そしてこの世界で俺は何を為すべきなのか。そんなことを探すための旅に出たのであった。
「アヤト、左三体っ!」
「任せろっ!なんて言いたいところだが時間稼ぎしかできないぞっ!」
「十分っ!」
プリズムウェルを出立して一週間。俺ことナナサキ・アヤトと自称見習い魔法使いであるユフィは、プリズムウェルから南方に400キロほどの地点にいた。
いくつもの乗り物を乗り継ぎ時折徒歩で移動。そんなことを繰り返しながら目的地である”通商連合”の領地を目指している訳だ。
そんな俺たちは現在、とある森をキャラバンと共に移動している最中に、ウォーバックと呼ばれる犬のような獣たちに襲撃を受けているところだった。
「この程度っ!」
俺の右手で二体のウォーバックが爆ぜたのが見えた。プリズムウェルにいた時も見たことのあるユフィの魔法だ。
「俺だってなぁっ!給料分の仕事はするぞっ!」
それを見届けると俺も腰から抜いたブロードソードの感触を確かめた。プリズムウェルを出る際にヘカテーさんが餞別として送ってくれた剣だ。あの衛兵から借りたブロードソードはご遺族のもとに無事に届けることが出来たしな。
切っ先を一体のウォーバックに定めると、低く体勢を落とし相手の突進に合わせるように足を踏み込む。一閃。お世辞にもお見事なんて言えない俺の横薙ぎがウォーバックの首筋を一文字に切り伏せる。
大量の血を流しながら地面でぴくぴくと痙攣しているそれを横目で見ると直ぐに次の標的へと視線を移す。
「さぁ!一体ずつかかってこいっ!じゃないと俺はお前らの足元にも及ばないぞっ!」
「なぁに情けないこと言ってるのよ」
そんなこんななことを言いながら俺たちは慣れない旅を続けているのだった。
―――
「じゃあな嬢ちゃん達。おかげで護衛費用が安く浮いて大助かりだ」
「確かに受け取りました。またどこかでお会いしたらご利用ください」
キャラバンの目的地まで着くと、商隊の隊長である顎髭のおっさんが俺たちに護衛の報酬をくれた。前の街で移動手段を兼ねて仕事を探していた俺たちに声をかけてくれた気さくな人だ。
「あいよ。兄ちゃんも嬢ちゃんにおんぶにだっこにならないようにがんばれや」
「あ、あはは……」
大量の荷車の向こう側に消えていくおっさんの背中を見ながら俺はブロードソードの柄をそっと撫でた。
ぶっちゃけるとこの一週間、おっさんの言葉通り俺はユフィに頼りっぱなしだった。テントの張り方から依頼探しまで何から何までおんぶにだっこだ。先ほどの戦闘だってウォーバックを仕留めたのはほとんどユフィだ。おっさんの言うことはごもっとも。何とも情けない話である。
「なぁにしょぼくれてんのよ」
「いや、俺も頑張らないとなぁって思ってさ」
「今更そんなこと言うなんてどうしたのよ。旅の初日の夜に私の水浴びを覗こうと必死こいてたアヤトはどこに行ったの」
「そいつはもう旅の途中で死んだ」
女の子と二人旅。傍から見れば随分と楽しそうに見えるだろう。俺だっておんなじことをしている奴がいたら嫉妬でそいつを呪い殺してしまうところだろう。
が、現実はそんなにうまくいかないらしい。ヘカテーさんから餞別で貰った旅の資金は決して無駄遣いできない。食費は抑えなければならないしユフィがいる都合上野宿だってそんなに簡単にできたもんじゃない。そうなると宿代だってかさんでいく。当然依頼をこなすことは必要事項だった。
元手ゼロから始まる旅じゃない分恵まれているのかもしれないが、一月前までいち男子高校生だった俺からしたらそんな旅だって大変なのだ。
「そういえば今日の宿は考えてるのか?」
「そーねぇ、さっきのおじさんが結構報酬をはずんでくれたから今晩はちょっと贅沢できるかも」
そう言って片手に持った革袋をジャラジャラとさせてみるユフィ。その音からして事前に聞いていた額よりも僅かに多めにその袋には金が入っていそうだ。なんというか、あのおっさんもお人よしというかなんというか。
護衛の期間は僅か一日。一つ街を移動する間だけの簡単な護衛だったが仕事がなかった俺達からしたら喉から手が出るほど欲しかった依頼だ。
しかも移動にはキャラバンの荷車に便乗させてくれるというじゃないか。おかげさまで俺たちは40キロの移動を軽々とこなせた訳だ。しかもおまけに報酬に上乗せまで。
この広い世界で再び会えるかどうかは分からないが、もしその時が来たら改めてお礼を伝えておこう。
「んじゃ、せっかくだから近くの店でなんか食べようぜ。おっさんの話だとこの辺は海が近いんだろう?」
「ええ。もう通商連合との国境が近いからね。新鮮な魚がこの辺までは流れてくるそうよ」
この世界の冷凍保存技術はお世辞にも高いとは言えない。冷凍庫やそれに近しい設備がないこの世界でそれを担っているのは冷凍系の魔法を行使できる魔法使いたちだ。数は多いといえどその数にも限りはあるらしい。
「氷結魔法が使えると就職にも有利なんだっけ?」
「ええ、氷魔法が使えると食料輸送を主としてる商会がこぞってスカウトに来るらしいわ」
その点魔法というのは俺の元居た世界の資格に似てるのかもしれない。簿記やプログラミングが出来たら履歴書の見栄えもよくなるって感じだろうか。まぁ、簡単に言うとそんなものなのだろう。
「あ、あの店とかどうかしら!?」
そんなことを考えていた俺の手をユフィが急にぐいと引き寄せた。肘に彼女の柔らかな双丘の感触が伝わり何とも役得である。
見れば彼女は嬉しそうに街中に佇む一軒の食堂を指さしていた。店先にはにはでかでかと魚をモチーフにしたのであろう看板が掲げてある。それだけでその店が何をウリにしているのか分かるってもんだ。
「いいんじゃないか?」
「じゃあ決まりっ!」
店内に足を踏み入れた俺たちは直ぐにウェイトレスらしき女性から店奥のテーブルへと案内される。店内に入った時から分かっていたが既に店の中には焼き魚の香ばしい匂いがこれでもかというほど充満している。
ユフィほどではないとはいえ俺もこの世界の食べ物は好きだ。物珍しさっていうのも当然あるのだろうが単純に味付けが俺好みの食べ物が多いのだ。この店も凄く期待が出来そうだ。
「それじゃあこのレッドスナッパーのムニエルとギンギの塩焼き、後このジンジャークーダのカルパッチョと……アヤト、何にする?」
テーブルに着席したユフィは開口一番、なににしますか?なんて営業スマイルで尋ねてきたウェイトレスさんを困惑させていた。
お前、二人でどれだけ食う気なんだよと……。
「いや、俺よく分かんないからユフィが気に入った奴頼んでくれ。それを摘まませてもらおうかな」
「ん~それもそっか。じゃあ追加でこのフリップエイガーのお刺身!」
注文を受け付けたウェイトレスさんを見送りながらユフィはニコニコとテーブルの向こうで嬉しそうに店内を見回していた。本当に食うのが好きなのな、こいつ。
「さてアヤトさん。今後のお話をしましょうか」
「そーだな」
フリップエイガーの刺身は直ぐに出せるように店内で準備してあるのか、俺達が注文をしてからものの5分ほどでテーブルの上にやってきた。
フリップエイガーがどんな魚なのか見当もつかないが、白身のそれは透き通って綺麗な身をしている。噛みしめた時に伝わるしっかりとした弾力のある身が、一緒に運ばれてきた酸味のあるソースとマッチして、口の中では甘い身をぐっと引き締めるような美味しさが広がっていった。
「まず、この街は王国内でも通商連合との国境にすぐ隣り合っている街です」
「はい」
ユフィは机の上に一枚の地図を取り出した。旅の途中の最初の街で購入したものだ。そういうのは最初に準備しておけと思うかもしれないが、勢い任せに出発したもんだから気づいた場所は既に四時間ほど歩いたとある森の中。戻る訳にもいかないので渋々近くの町にルートを変更したという経緯がある。
「それで、私たちは通商連合最初の目的地としてこの場所に行くことをお勧めするわ」
そんなこんなで手に入れた地図の一つを指さしながら、ユフィはウェイトレスさんがこちらに運んできた料理をもう一方の手で受け取った。
「えっと、うぇ、うぇんずでい……ぽーと?」
「そっ、通商連合の玄関口、そして通商連合全てに通ずるシーレーンを持った一大貿易港、ウェンズデイポート。それが最初の目的地よ。良かったわね、海が見れるわ!」
ユフィがそう嬉しそうにこちらに微笑みかけてくる。
「そういえばそんなこと言ったなぁ」
海についてはユフィに旅の初日にポロリとこぼしたことがあった。コラガンさんとの約束。この世界の海を拝んだ感想をしっかりと報告しないとな。
そういえばウェンズデイポートとやらに着いたらヘカテーさんに手紙を出すのもいいかもしれない。
「なぁに考えてるの?」
「いや、新天地にワクワクしてるところだ」
「なにそれ。変なの」
「いいじゃないかっ!いつだって男ってのは新しい世界にワクワクするもんなんだよ」
「私の裸も新しい世界って訳?」
「そ、それはまた別というか不可抗力というかなんというかですね……」
体が勝手に……なんて言い訳を聞いて貰える訳もなく。軽蔑の視線を向けるユフィから何とか逃れるべく俺はテーブルの上のムニエルに手を伸ばした。
「お邪魔しますわっ!」
その人物が現れたのは俺がムニエルの一角に大きくフォークを突き立てたそんな時だった。
「店長はいらっしゃるかしら?」
肩まで伸びたふわふわの金髪、ちょっときつめな印象の目元。すっと伸びた手足。胸元はお世辞にも恵まれているとは言えないがこれまた随分と整った印象の美少女が店の入り口に立っていたのだった。
「お嬢……また来たんですか?」
「……だってお父様が」
この店の店長らしき人物が彼女の元へとそそくさと駆け付けている。
「あれは?」
「さぁ。見たところ金持ちの娘ってところかしら?」
そんな彼女に興味なさげにユフィは相変わらず机の上の魚をほじくりまわしている。しかしどうしても俺はそんな彼女のことが気になってしまった。
「あのねぇアヤト。あんたが女好きのすけべってことはこの際しょうがないとして、あれはやめておきなさい」
「いや、事実かもしれないけれどさすがにその評価は……。ってどうしてそう思うんだ?」
そう疑問の声を上げる俺にユフィはつまらなさそうにそう告げた。
「あれはあんたには身の丈の合わない女よ」
そう苦々しく口にするユフィの言葉を、俺はよく理解できなかったのであった。
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