第18話 不倒の意志、不屈の心
昔から、何か一つのことに打ち込むのは正直苦手だった。勉強もそうだし料理もそう。運動も今も苦手だし裁縫だって挫折した。
でも、そんな私が今もずっと磨き続けているものがある。
それが魔法だった。
「あんた、ここは危険だっ!逃げてくれっ!」
アヤトと別れた直後のこと。大通りを駆け抜けていく私を、とある声が呼び止めた。見ればそこには頬を血で真っ赤に染めた衛兵が二頭の神造種を切り伏せながらこちらを見ていた。
きっとこの街の衛兵なのだろう。こんな死地で何をしているのやら。って、この街の衛兵なら当然か。彼らは彼らの仕事をきちんとこなしているだけなのだから。
「私は大丈夫です」
「大丈夫ってったってここは見ての通り危ない。大聖堂の方に市民を誘導しているから君もそっちに……」
「隊長っ、危ないっ!」
彼の言葉を遮ったのは、彼の部下らしき人間の叫びだった。視界の端、先ほどとは別の二頭犬が彼の首筋に向けて飛びかかろうとしている。
咄嗟に私は体内の神性を練り座標をそちらへと指定する。瞬間。血気盛んにこちらに飛びかかってきた二頭の頭部が爆ぜた。
「き……君の魔法か……?」
「これでも多少は覚えがありますので」
私の力量を認めてくれたようだ。彼はそっと私に謝礼を述べてくれた。
「だが、ここから先は本当に危険だ。腕の立つ衛兵たちが何とか食い止めているものの突破にはそう時間がかからないだろう」
そう言って南門の奥へと視線を向ける彼の先。そこには四足歩行の大型神造種が数十人の衛兵に囲まれているのが見て取れた。
直後、先ほどの二頭が群れを伴って再び目の前に現れる。数が多い。が、それは私には問題ない。
「ふぅ……」
小さく息を吐き体の神性を練り上げる。大火力を、しかし最小単位で。師匠の立派な教えだ。動き回る神造種の数手先を予測しそこに座標を定める。
「申し訳ないけど、こんなところで止まってる場合じゃないの」
直後、その場にいた群れの半数の頭部が激しく引きちぎられるように爆ぜあがった。それを好機と見たのか衛兵たちも果敢に切りかかっていく。
「君、その魔法は……」
小隊の一人と目が合った。そういえば彼は先ほど魔法で敵を倒していたっけ。彼も魔術師の一人か……。
「いや、何も言うまい。助力をして貰った身だ」
「ご配慮痛み入ります」
「なぁに。俺の武勇伝として必ず墓まで抱えていくさ」
そう言って彼は小さくこちらに笑ってくれた。
「今ピルナッツの冒険者ギルドに救援を求めている。それまで持ちこたえれば良いが……」
直後、剣についた血を腰の布切れで拭いながら先ほど隊長と呼ばれた彼が現れた。
冗談。ピルナッツまでプリズムウェルから丸一日はかかるのだ。どんだけ手早な移動手段を使ったとしても救援が駆け付けたころにはこの街は見るも無残な姿になっているだろう。
「だから、私が行きます」
「……だが」
苦い顔をする彼に、私は曖昧に笑って見せた。
「分かった。覚悟あるものを止めるのは俺の仕事の範囲外だ。だから……」
「ありがとうございます。行ってきます」
「死ぬなよ」
「はい」
彼は右手の握りこぶしを胸まで上げるとトンと一つ心臓を叩いた。確かあれはこの街の自警軍の敬礼の一つ。その簡易版といったところだろうか。
私は一つ頭を下げその場を後にし、再び南門めがけて大通りを駆け抜けていく。
―――
その場所に辿り着いた時、私の目に一番に飛び込んできたのは上半身から上を食いちぎられる人間の姿だった。
土埃に混じって血と肉の匂いが充満している。思わず吐きそうになるのを何とか我慢し、その化け物の姿を視界に捉えた。
晩御飯は少なめにした方がいい。そう助言をしてくれたアヤトに感謝をしなければ。
そこからはただ辛い時間だった。ひたすらに私は己の神性を練り上げ、そして奴に向かって叩きつけていく。まるでびくともしない土嚢を延々と殴り続けているかのような感触だった。
時折奴の攻撃がこちらに向けて降り注いでくる。爪なんて言葉じゃ例えにならないような鋭い斬撃が私の体めがけて振り下ろされる。
爆破を直接当てて角度を逸らす。足元の地形を変化させバランスを崩す。全身全霊で横に飛び込む。
出来ることは、きっとなんだってやったと思う。
「死ねぇえええええええ!!!!」
なぜそこまでするのかって。私だってこの街を守りたかったからだ。
先生が加護してきたこの街を。先生が作ったこの街を。先生が、愛したこの街を。
「この程度で、終わりだと思わないことねっ!」
ひときわ大きな攻撃が、奴の左の翼膜をぶち抜いた。元々飛行するためではなくその大きな体のバランスをとるためについていた翼だったのだろう。突如空いた大穴に焦ったのか奴の体は大きく左に傾いた。
「そこっ!」
渾身の一撃だった。
全力の神性を練り上げた必殺の攻撃は、だが奴の心臓を捉えることはできなかった。私の神性の錬成に己の危機を見抜いたのか、奴は咄嗟に後方へと飛び退いたのだ。
だから私も焦った。咄嗟に再計算した座標へと、私の攻撃は的確には飛ばなかった。
「ガァアアアアアアアアアアアア!!!!」
奴の悲痛な叫びが響き渡る。私の攻撃は四足の後方。その左側を霞めていった。が、神性を込めた介だけはあったようだ。爆ぜた肉からは血しぶきが上がり、奴は苦しそうに大きく呻いている。
「もうちょっと、か……」
だが、そのもうちょっとが、途方もなく遠かった。
魔法とは神性を媒介とし作り出される”現象の具現化”。神性は契約した神から貸与される力だが一定の時間に使用が可能な神性にはどうしても限界が存在した。
例えるならバケツに入れた水のようなものだ。水さえ賄うことが出来れば常にバケツの水は満たされるが、一たび水場を離れてバケツの水を使ってしまえば、再びバケツを満たすにはまた水場に戻らないとならない。
正直言って、私の神性はもう空っぽのバケツだった。
それに、体の方も限界だ。先ほど大きく回避行動をしたときに運悪く着地先の地面で足を捻ってしまったようだ。まぁ、私が奴の行動を阻害するために荒らした地面だ。自業自得と言えば自業自得か。
あぁ、こんなところで私は死んでしまうのかぁ。カッコつけた割に大した時間稼ぎもできなかったな。そういえば、アヤトはちゃんと約束守ってくれただろうか。家族と会えないのは、寂しいことだもん。
「ユフィっ!」
そういえば、先生のことも投げっぱなしになっちゃったな。大好きだった先生。あんなにお世話になったのに、私は何一つ彼女にお返しが出来ていない。
そんな時だった。私の後方から聞き慣れた声が名前を呼んだ。
「バカっ!何で来たのよっ!死にたいのっ!?」
咄嗟に見えたその姿に、私は思わず怒鳴り声をあげてしまった。全く、自分でも自分のことが嫌になる。ちょっとだけ嬉しかったはずなのに。でもなんか悔しいからそのことは一生黙っといてやろう。
「ボロボロだな」
「まぁね。でもおんなじぐらいぼこぼこにしてやったわ」
私は小さく鼻を鳴らして奴の方へと向き直る。こちらの様子を窺うように小さく腰を落とし唸り声をあげている。
全く。無駄に警戒してくれて助かるわ。こちとらもう動けないって言うのに。
「ユフィの綺麗な顔に傷をつけたバツだな」
「……全くよ。お嫁に行けなくなっちゃう」
アヤトの軽口を聞いていると、自然と気持ちがちょっとだけ軽くなった。その後のセリフについては聞かなかったことにしてやろう。
「足、動かなくなっちゃった」
そう伝えた時、彼の肩が小さく跳ねるのが分かった。そりゃそうだ。私が死ぬとあなたも死んでしまうもんね。
「ごめんね」
「謝ることじゃない」
私の謝罪に対してそう口にするアヤトの顔は、どこか悲壮感とはかけ離れた何かを秘めていた。正直かっこいいなって思った。魔法も剣も使えなくて、グリムボアにもビビるような奴なのに。それなのに今の彼は、この状況を決して諦めてはいなかった。
「大丈夫。ユフィならできるさ」
「どうしてそう思うの……?」
ただの励ましの言葉。その言葉がなぜかどうしてもそれだけだとは思えなかった。
「俺がお前に魔法をかけるからさ」
ふっ、随分と気障なセリフだと思う。でも今だけはそれもなんかいいなと思えた。うん、私はきっと、まだ大丈夫だ。
「『一生に一度のお願いだ。ありったけをあいつにぶつけてくれ、ユフィっ!』」
その声を聴いた時、バケツの中が一気に満たされていくのが分かった。 あぁそうか。これが彼が賭けた力。さんざっぱらスケベな力だと思っていたのに、そんな使い方をするなんてズルい。
でも、私はこの力を知らない。この神性を知らない。私を満たすこの神性は、いったい誰の力なんだろう。
でも今はその疑問はいったん置いておくことにする。魔法も使える。足だって動く。心だって折れていない。だって今ならなんだって出来るような気がするからだ。
この街を、この人を、そして自分を、この力で守れるような気がしたんだ。
「空間神域魔法、起動――」
師匠。私はまだまだ、そちらには行けないようです。
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