第15話 ライターよりも適任な

「ユフィ、居るか?手が離せないなら開けてもいいか?」


 木製の扉を数度叩くとコツコツと軽快な音が建物の廊下に鳴り響いた。と、同時に部屋の中からはゴソゴソと何やら暴れるような音が聞こえてきたり。


「ててて手が離せないなんてそそそそんなことないっ!そんなことないからちょっとだけ待ってっ!」


 俺は現在、プリズムウェル内のとある宿を訪れている。目的はユフィと話をすること。この宿はユフィがお祭りの期間中ヘカテーさんに迷惑をかけないようにと自分の金で借りている宿らしい。

 安宿だが管理は行き届いているらしく、二階のこの部屋に辿り着くまでの道中でも埃一つ見受けられないくらいに掃除もしっかりなされていた。


「わ、分かったから落ち着け」

「う、うんっ!」


 コラガンさんの牧場でバーリアンディートと呼ばれる化け物に襲われてから、数日が経過しようとしていた。


 その間俺は何をしていたのかというと怪我で思ったように仕事ができないコラガンさんに変わり牧場のあれこれを手伝っていた。いや、やっていることは依頼内容とほぼ変わりはないのだから結局のところ今までと特には変わり映えのない生活をしていたということなのだが。


 ユフィはというとあの後すぐにまたどこかへと姿をくらました。後ろめたいことがあるのか、それともまだ俺達には隠しておきたいことがあるのか。とかく「数日後にまた連絡する」とだけ言い残しどこかへと行ってしまったのだ。


 扉の向こうから何かが激しく転がるような音が聞こえてきた。直後、勢いよく扉が開いたかと思うとその向こうからユフィが俺の胸元めがけて飛び込んでくる。


「うわっ!?」


 咄嗟に抱きとめるが勢いを完全には殺しきれず、俺はそのままユフィに廊下の床に押し倒されるようにして倒れ込んだ。


「あ、えっと……」

「う、うぅぅぅ……」


 何事かと宿の女将さんが一階から勢いよく駆けあがってくる。が、俺たちの恰好見た途端何やらにやにやとした表情で戻っていった。「昼間っからお楽しみのところ邪魔したわねぇ~」なんて呑気な決め台詞を残して。


 まぁ、ぶっちゃけユフィの格好が普通だったら誤解を解こうと俺も必死になったと思う。だが今のこの光景を見て誰がその誤解を解いてくれようか。


 端的に言うと、ユフィは下着姿で部屋の向こうから俺に飛び込んできやがったのだ。


「あの、ですねユフィさん?」

「…………何も言わないで。着替えてる途中に転んだなんてことは決してないんだから」


 顔を真っ赤にして俯くユフィ。グーパンチの一発でも貰うのかと覚悟したのだがどうやらそんな元気もないぐらいに自分の失態に落ち込んでいるらしかった。というか着替えてる途中にどう転んだらああなるんだよ。ピ〇ゴラスイッチかよ。


「で、忘れてくれるんでしょうね?」


 時はそれから数十分後。


 直ぐに平静を取り戻したユフィは慌てて自室に服を着に戻ると何事もなかったかのように戻ってきた。「あら、待ってたわアヤト」なんて扉の前で俺に対して笑顔を浮かべた時はあまりの白々しさに恐怖すら抱いたものだ。


「いや、えっと……」


 正直どう答えたものか。ぶっちゃけて言うと、俺は先ほどの出来事をくっきりはっきり覚えている。上下の下着の色からその柄まで、そして俺の目の前でたわわに実っていたそのブラジャーの下の胸が羞恥で薄桃色に紅潮していく様まで。


 正直言って眼福だった。もし天国があるのだとしたらここが今から天国になるのだ、そう言わんばかりの絶景だった。


 が、これを直接本人に行ったところでキレられるか殴られるかはたまた体の一部を爆発させられるかの三択だろう。


「ま、全く覚えてないな―あははぁ……」


 なるだけ視線が合わないように。俺は努めて平静を装ってそう口にする。が、逸らした視線のその先、そこに先ほどとはまた別の三角形の布を見つけてしまい、装おうとした平静さは一瞬で地平線のかなたに吹き飛んでいく。


 いやいやいやいや、隠そうよっ!!!!!隠せよっ!!!!!!!そんな嫌がるならそんなところに放っておくなよっ!!!!!!


 普通今から男を部屋に招こうって時にベッドの上に下着を置くかね!?!?

 言うか、これは本人に言うべきか?っつかバレてるか?俺が下着を見つけたのバレてるか?


 ……と、とにかく冷静になって一度ユフィの様子を伺おう。


「どうしたのよアヤト。変な汗かいちゃって」


 よーしよしよしよしっ!バレて、ないっ!なら後は俺が普段通りに振舞うだけだ。


「いやぁ、ちょっと部屋が暑くてなぁ」

「確かにそうかも。じゃあアヤトにお願いしていいかしら?」

「あ、ああ!」


 何とか誤魔化せたか……?と思ったがこれが悪手であったことに俺はすぐに気づく。なぜならばユフィが俺に開けるように頼んだ窓はベッドの向こう側。つまり、位置関係的にパンツのすぐ横を通らなければ俺は窓に近づけないということだ。


「いちか、ばちかだっ!」


 俺はそっとベッドに近づくと素早く窓を開ける。あくまで視線は窓から切らない。そうすれば変な勘繰りはされないはずだ。


「これぐらいでいいか?」


 窓を開けると、途端に部屋中に風が吹き抜けていく。心地よい風だった。


 ミッションコンプリート。後は要件を終えてユフィの部屋から出るだけだ。


「それでどうしたんだよ今日は。びっくりしたんだぜ。急に牧場に現れて明日自分の部屋に来てくれとか」


 そう、昨日ユフィは突然トンピッグ牧場で手伝いをしている俺のところに現れ、「明日私の部屋に来て」という伝言と宿の住所が書かれた紙だけ手渡してすぐにその場を立ち去ってしまった。


 色々と言いたいことがあったがそんな俺には気にも留めず言いたいことだけ言って去っていったのだ。


「今日だって本当はコラガンさんのところで手伝いをする予定だったんだからな」

「そ、それは申し訳ないことをしたと思ってるわ……。でも、私一人で抱えられる問題じゃない気がして」


 俺の言葉に気に病んだのか、彼女は部屋の隅で小さく縮こまった。


「いや、別に落ち込ませる気は無かったんだ、悪いっ」

「そ、そんなこと良いわ……。でも、アヤトもきっと私に聞きたいことがあると思って」


 それに関しては心当たりが二つあった。牧場襲撃の後処理でうやむやになってしまい、結局ユフィにもコラガンさんにも聞き損ねていたことだ。


「そうだな、神造種について教えて欲しい」

「……分かった」


 そう小さく頷いて、ユフィは俺に神造種についてぽつりぽつりと話し出した。


 この世界の生命体は大きく二種類に分割される。一つは俺のいた世界と同じ。生命の進化の道筋を歩んできた生き物たちだ。太古は単細胞から現在の人間に至るまで、そしてその過程で幾多もの分岐のゆえに様々な種に分かれた存在達だ。


 そしてもう一つが神造種。文字通り、神が造りし種族。神様という存在が自らの神性を注ぎ込み創造した獣。姿かたちは様々だがその大きな特徴が、体内に一定の神性を宿していることにあるらしい。


「……なんで神様はそんなものを作ったんだ?」

「知らないわよ。それは神様に聞いてちょうだい」

「だよなぁ……」


 ヘカテーさんは造ったことあんのかね、神造種。いや、あの人ならそんなことはないか。 


「でも一つ言えるのは神造種は明らかにこの世界でも異質な存在ということよ。生命の進化のサイクルから外れ、勝手にその種を世界の構造にねじ込まれた存在。故に他種への攻撃性に特化している」

「牧場のあいつもそういう存在なのか?」

「ええ、そして私はあいつを探してあの場所にいた」


 そう、そしてこれが俺が尋ねたいもう一つのこと。


「それだ。ユフィはどうしてあいつを追いかけていたんだ?」

「や、それは……。探してたら偶然見つけたのよ。それで追いかけたの」

「嘘だな。コラガンさんはあいつを見かけた時にこう呟いていた。”聞いてねぇぞ、ここいらにバーリアンディートが出るなんてよ”と」


 本当はもっと緊迫した感じだったと思うが、意味は伝わるんだから気にすることじゃないだろう。とにかく、プリズムウェルの周辺にあいつが出現すること自体おかしなことだったんだ。


「どうしてユフィはあいつの存在を捕捉していたんだ。本来はここいらには出現しない神造種であるはずなのに。それをまるで、そういう存在がいるのを事前に知っていたかのような口ぶりで話すんだ?」


 沈黙。と、同時にそれを是とするかのようにユフィはその口元を歪めた。


「うん、やっぱり頼ってよかった」

「は……?」


 瞬間、ユフィが俺の近くまで一気に距離を詰めてきた。彼女の甘い香りがふわりと鼻先を霞める。眼前まで迫ったその整った顔に思わず一つ胸が跳ねたのが分かった。


「アヤト、お願いがあるの」


 突然の出来事なはずなのに、なぜか俺は彼女の視線から目を逸らすことが出来なかった。それがまるで運命で決まっていたことだと言わんばかりに、俺はただユフィの全てを受け入れなければならないような気がしたんだ。


「私を助けてっ……っ!」

「は、たすけ、えっ」

「そして私の先生を助けて欲しい。彼女に異変が迫っているの」


 縋るようにこちらを見るユフィ。美少女にそんな顔させといて、その頼みを断れる男がいようか。それに俺にだって心当たりはあったのだ。プリズムウェル周辺の異変。元々聞いていた話とそして体験したこと。そこにおかしな点がいくつかあった。


 だから俺はそんな彼女の頼みに大きく首を縦に振った。彼女の瞳が、俺の中の燻る何かに火をつけたのだ。


「……ありがとう」

「俺なんかに何ができるか分からないけどな。でも、精一杯力になってみせるよ」

「……うんっ」


 目に涙を浮かべ嬉しそうに笑うユフィ。彼女が背負ってきたもののがなんだかわからないけれど、その重荷を少しでも一緒に担いであげられたら。そんな風に思った。

 

 そしてそんな彼女の潤む瞳に罪悪感を感じざるを得なかった俺は、彼女にばれないようにそっとポケットに突っ込んだパンツをベッドの上に返したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る