第13話 ヒロインは出番を選ばない
「多いな……」
罠が反応してから程なくして、俺とコラガンさんは東の防護柵へと辿り着いていた。
「気をつけろよ坊主。……それにしてもここ数日やけに数が増えているな……」
そこにいたのは7頭のウォーバック。防護柵を乗り越え牧場内を悠々と闊歩している。幸いトンピッグたちは厩舎の方へと大勢が避難しており、厩舎内に入っていなかった個体も南西の方に群れていたおかげでウォーバック達の被害には遭ってない。
「気合い入れてけよ、坊主」
「了解ですっ!」
何も初日以来のウォーバックの襲撃ではなかった。あれ以降こいつらは毎日のように柵を壊したり、はたまた乗り越えたりして牧場への侵入を果たしている。一昨日なんか三度も襲撃されたことだってあった。
しかし、一度に7頭はさすがに今回が初めてである。
向こうもこちらの到着を察したのか少しずつこちらを囲うように位置取りを始めた。やはり最初に目覚めた森で出会ったグリムボアのように、こちらの生き物はどうやら随分と知性が高いらしい。こいつらは明らかに個という動きではなく、一つの集団としての戦略を熟知している。
これがきっとこの世界で生きるためにウォーバックが身に着けてきた術なのだろう。
「焦るなよ」
「……はいっ」
俺がその様子に飲まれていたのを察したのか、直ぐに隣からコラガンさんが声をかけてくれた。
「行くぞ」
「はいっ!」
展開するウォーバックの集団、その左翼めがけて駆けていくコラガンさんの後を俺は遅れないようにと追走する。
今日までの4日間で俺も学んだことが一つあった。
それはコラガンさんの近くで連携するように戦うこと。互いの死角を埋めるように位置取りすることで奴らの不意の攻撃を防ぐ。それが何より大切だということに気づいていた。
「背中は任せるぞ、坊主!」
「任されましたっ!」
正直俺の今の力じゃこいつら相手に器用に立ち回ることはできない。と、なると俺がすべきことは一つだけ。とにかくコラガンさんが上手くウォーバックをいなしてくれることを出来るだけフォローすることだ。
彼の死角から迫るウォーバック相手にとにかく牽制をかける。近寄らせない、不意を突かせない。なかなかに神経を使う作業だ。しかし、相手が獣とはいえここは戦場。一瞬の油断が命取りになることには違いないのだ。
「だっらぁっ!!」
横薙ぎに振った俺のこん棒が飛びかかるウォーバックの横っ腹を捉えた。上手くタイミングを合わせられたと我ながら満足したのも束の間、間髪入れずにその後方から次の個体が飛びかかってくる。
しかしそれも予測済み。事前にそいつらがコンビで襲ってくるのは見えていたのだ。俺は勢いよく右側へと体勢を投げ出すとそのまま転がるようにして追撃を避ける。無様に見えるかもしれないがその通りだ。紙一重で回避なんてそれこそアニメや漫画の主人公かよ。俺は俺にできる精一杯を今は一つずつこなしていくしかない。
「後四頭だっ!」
血でねっとりと濡れたサーベルを振り下ろしながらコラガンさんが叫ぶ。さすがだ。あの一瞬でもう三頭も倒している。
俺もせめて一頭ぐらいは……なんて甘えちゃいけない。別に倒して経験値が貰えるわけじゃないのだから。俺たちが今やっているのはゲームなんかじゃなくて生存競争。
この世界で生きていくために為すべきことを為しているだけだ。
「一頭行ったぞっ!」
コラガンさんの攻撃に怯んだのか、彼を囲っていた一頭が俺の方へとターゲットを移した。そりゃそうだ。まずは崩しやすいこちらを狙うのは定石だろう。誰だってそうする。それが相手が例え獣だろうとな。
「ふぅぅ……」
腰を低く落としこん棒を地面と平行に構える。集中して決して相手から目線を切らない。息を整えるように少しずつ口元から漏らすように息を吐く。
「はぁああ!!」
こちらへと向かうウォーバックが一つ大きく跳躍をかます。瞬間、その隙を逃さぬように勢いよくこん棒を突き上げる。
「ぎゃうっ!」
半ば強烈なアッパーのようになったその攻撃は、飛びかかるウォーバックの顎下を的確に捉えた。接触の瞬間、鈍い感触がこん棒から俺の手へと伝わってくるがそんなことに苦い顔をしていられない。感触もそのままに勢いを決して殺さぬようにとそのまま流れるようにこん棒を振り上げる。
視界の端でその場で地面に崩れ行くウォーバックが目に入る。勢いのまま振り上げたもんだから大きく体勢が崩れるが、なんとか左手で地面を捉えるとすぐさま追撃が来ないかの確認に移る。
敵は目の前の一頭だけじゃないのだ。集団を相手にするときは常に視界から敵を切らない。三日前に右肩を爪で引っかかれた時の俺とは違うのだ。
「終わったか?」
「こっちは何とか……」
気づけばコラガンさんはいつの間にか残りのウォーバックを始末してしまったようだ。先ほどまで激しい戦闘が行われていたとは思えないほどに辺りは穏やかさ包まれていた。
「さて、じゃあワシはこいつらを片づける。坊主も手伝ってくれや」
「はい」
ウォーバックの死体を積み込むための荷車を取りに厩舎の方へと戻っていく。
さすがにあの場所に放置と言う訳には行かない。そのためああやって倒したウォーバックの死体は近くの山に埋めることにしているのだ。そりゃRPGみたいに光になって消えるなんてことはないからな。
生きている、そして生きていた証というのは例えそれが人だろうが獣だろうがそう簡単には消えないのだ。
「…………坊主」
コラガンさんが今まで耳にしたことの無いようなドスの利いた声で俺を呼んだのは、呑気に二人で荷車を取ってウォーバックの死体の場所まで戻ろうとしたそんな時だった。
「ん、どうしたんですか?」
「動くな」
ごつごつとした手のひらが俺の前に突き出される。そしてそのまま体勢を下げる様にとその手でもって俺に合図を行ってきた。
「一体何が……、っ!?」
ウォーバック相手にも蹴散らすぐらいはできるようになったし、ヘカテーさんのところで知識だって身につけられる。俺はこの世界でもなんとかやっていけるんだ。その時まで俺は安易にそんなことを考えていた。
その姿を見るまでは。
「聞いてねぇぞ……ここいらにバーリアンディートが出るなんてよぉ……っ」
ぽつり呟くコラガンさんの言葉にも、その端々から焦りが見受けられた。
それもそのはず、そこにいたのは体長3メートルはありそうな人型の獣。筋肉質の体は長い毛に覆われ両手には細く長い鋭い爪を携えている。
そして一番の特徴はその顔つき。人と同じ位置に二つ。そして額にもう一つ。合計三つの目が周囲をちらちらと警戒していた。そんな化け物が、俺たちが先ほど倒したウォーバックの死体を乱雑に貪っている。
「……っ、うっ……っ」
あたりに漂うウォーバック達の血の香りが嫌でも俺たちの今後を想起させる。嗚咽感を何とか押し殺しながらもう一度冷静にその化け物へと視線を移そうとすると、コラガンさんが俺の方を掴んだ。
「お前は逃げろ。街にこのことを伝えるんだ」
「でも、コラガンさんは……っ!」
「ワシはこの牧場を失ったらもう死んだも同然だ。ならばせめてあの神造種に一矢報いにゃ死ぬにも死ねん」
「そ、そんな……」
焦る。今の俺じゃあの化け物相手にどう考えても立ち向かうことなんて不可能だ。だからと言ってこのままコラガンさんを残して逃げ帰るということが出来ようか。しかしきっとコラガンさんも俺が一緒にいると戦いづらいはず。きっと一人の方が、長生きできるはずだ……。
「じゃあの坊主。後は頼んだ」
俺が何と声をかけたものか、そう迷っている間にコラガンさんは化け物へと飛び出してしまった。
「はぁあああああ!ワシの牧場から出ていけぇえええ!!!」
彼の叫び声が辺りに響く。そこの声に反応したのか肉を貪っていた人型獣もコラガンさんへと振り返った。例えそれが俺が逃げるための時間を稼ぐためのパフォーマンスだったとしても、その意思を分かっていながらも俺の足は動いてくれない。
「死ねぇええ!!!」
コラガンさんあまりにも理不尽な体格差にも怯むことなくサーベル片手に突っ込んでいく。しかしその鋭い爪を有した巨腕に一蹴されるのが見て取れた。
「コラガンさんっ!」
逃げろ、なんて言われはしたがそんな光景を見せられて、のこのことプリズムウェルまで逃げ帰られる俺ではなかった。
一週間にも満たない短い間だったが、この人にはお世話になったのだ。そんな人が、目の前でただ理不尽に殺されていくところを眺めているだけの男にはなり下がりたくなかった。
例えそれが自分の命を投げ捨てるような場面だったとしてもだ。
「そこをどけぇ!!!!!!!」
気づけば体が動いていた。コラガンさんへと迫る化け物に向けて俺は精一杯の攻撃を振りかざす。が、それの攻撃も虚しく巨腕に防がれた。
万事休す。苦しそうに地面で呻くコラガンさんとなすすべもなく弾き飛ばされる俺。
転生5日目。どうやら俺の異世界ライフはここまでのようです。
目の前ではまるで獲物を見定めるように巨人がこちらを見下ろしている。
「なぁに皿の上の最後の唐揚取られたみたいな顔してるのよ」
聞き慣れたその声が耳に入るのと、巨大人型獣の右肩が弾け飛んだのはほぼ同時の出来事だった。
「っ!?」
その少女は、死すら覚悟した絶望的な未来をまるで自宅の玄関の扉を開けるかのような気軽さで切り開いていく。
「……ユフィっ!」
「何があったか知らないけれどなかなかにまずそうな状況じゃない?」
「……頼む、助けてくれ」
その顔を見た時、俺がどんな表情をしていたのか。正直恥ずかしくて本人には聞けそうにない。でもきっと、なかなかに情けない顔をしていたんだろうということは想像にたやすい。
「それは一生に一度のお願い?」
「いや、ただ君の友人としての頼み、かな……」
「それなら良しとしましょう」
聞きたいことは色々あった。でもまずは今夜の夕食の心配が必要になるだろうな。きっと俺の奢りなんだろう。でも、まずは夕食を今晩も食べられることを彼女に感謝しなければ。
安心感からかぼんやりとしていく頭の中で、俺はそんなことを思ったのだった。
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