第12話 人にも大地にも歴史があるらしい

「よう坊主。今日も頼むぞ」

「はいっ!」


 コラガンさんの牧場にお世話になるようになって五日が過ぎた。


 その間俺は朝から日が暮れるまで牧場で働き、夜はヘカテー先生の自宅の一室を借りて暮らしている。


 ユフィはというと二日ほど前からプリズムウェルにあるどこかの宿に滞在しているらしく、晴れて俺は美少女女神さまと一つ屋根の下という夢みたいな生活を送っている訳だ。


 まぁ、期待しているようなことは一切ない訳なんだが。


「じゃあまずは昨日と同じようにトンピッグたちの餌を用意してもらおうか」

「わかりましたっ!」


 日が出ているときはこうして体を動かして、そして夜はヘカテーさんにこの世界についていろいろと教えてもらう。そんな生活も少しずつ板についてきたような気がする。


 五日程度、なんて思うかもしれないが思春期真っただ中な男子高校生である俺からしたら五日なんて十分すぎる時間だともいえるだろう。……というか、こっちの世界に来ちゃったからにはもう俺は男子高校生ではないのだけれども。


 例えるなら……異世界フリーター?


「お、大分手際が良くなってきたな」

「いえ、コラガンさんの教えのおかげですよ」

「ふっ、よせやい」


 コラガンさんと一緒に働いていく中で気づいたことが一つ。


「で、だ。昨日もなんもなかったのか?」

「何度聞かれても同じですよ。だって相手はプリズムウェルの賢者様ですよ?」

「相手が誰だろうが関係ねぇだろ。美人は美人だ。まぁ、それはお前に度胸がないだけだな。じゃ、作業頼んだぞ」

「はいっ!」


 コラガンさん、その強面の顔からは想像できないぐらいにフレンドリーな人だった。ヘカテー先生の話でも、彼はプリズムウェル内の市場や飲食店でも評判の人物らしい。


 育てるトンピッグは絶品。人当たりもよくおまけに強い。この五日の間、ウォーバックからの襲撃中に何度も俺は危ないところを救ってもらっている。


 剣術は我流だ、なんて本人は言っているが、牧場経営で培った腕っぷしがそれに生かされているのだろう。


 そういえば、ヘカテーさんについてコラガンさんに尋ねたことがあった。


「ヘカテーさんって一体どんな人なんですか?実は良くしては貰っているものの知り合ったのは最近のことで……」

「あぁ、あの人はな、プリズムウェルの賢者様なんだよ」

「賢者様?」

「なんでも豊富な知識と特別な魔法を使えるらしくてな。高位の神様と契約をしているなんて噂もある」


 どうやらヘカテーさんが神様本人だということを知っているのは俺とユフィだけらしい。


「で、そんな彼女の知恵や力に助けを求めるやつが多くてな、今じゃちょっとした何でも屋みたいなことになっているらしいな。プリズムウェルのご意見番ってところか?」

「そ、そうなんですか……」

「俺もその一人だからあんま言えた義理じゃねぇんだが、あんまし彼女ばっか頼るのもなんつーかなぁ」


 なんてことをぼんやりと呟いていたことを覚えている。


「おーい坊主、そろそろ昼飯にするか」

「はーいっ!」


 作業と考え事に熱中していたせいか、いつの間にかお天道様は頭の上に移動していた。プリズムウェルは今日も一日快晴に恵まれている。作業日和といったところか。


「すまねぇな、男料理で」

「いえ、とんでもない。男の子は結局こういうのが一番好きなんですよ!」


 厩舎近くの掘っ立て小屋で俺はコラガンさんとお昼ご飯を共にする。簡素なテーブルとイスしかないが風通しがよく、一部壁を取っ払った場所からは牧場の中が一望できた。


 コラガンさんが作ってくれたトンピッグ丼を胃に掻き込みながらぼんやりと同じように地面の草を食むトンピッグ達を眺める。カリカリに焼かれた薄いトンピッグの肉とそれを纏う千切りの野菜。その下にはふっくらと炊かれた米に似た穀物がこれでもかと敷き詰められている。


 そしてその上にはそれを覆うように甘辛いソースがこれでもかというように絡められているのだ。美少女の姿が男の子の視覚の至高だとするならば、まさにこちらは男の子の胃袋の至高と言う訳だ。


 俺が料理に舌鼓を打ちつつ景色を眺めているそんな時だった。遠くの方で大所帯の商隊が通過していくのが目に入った。


「うわ、凄いキャラバンですね」

「あぁ……あの旗印は通商連合のだな」


 青地に書かれた船の錨のようなエンブレム。それが風にたなびいて遠くからでもよく見えた。


「そういえば先日行った飲食店で通商連合産の野菜を食べました」

「あぁ、プリズムウェルは最近通商連合との貿易が盛んらしいからな。まぁ、この地域じゃ一番の商業都市と言っても過言じゃないからな。おかしなことじゃねぇが……」


 ヘカテーさんとの話で分かったことがいくつかある。それは、この世界が俺が知っている世界とは全く違う形をしていること。大きな大陸とそれに連なるいくつかの小さな島々。世界地図を目にしたときにはあまりにも違うその形に俺はしばらく言葉を発することが出来なかった。


 そして、その大陸は5つの大きな大国とそれに連なる小国家で成り立っていること。

 プリズムウェルは、その中でも所謂王国と呼ばれる勢力の支配下にあった。


「通商連合って確か南の方の国ですよね?」

「ああ、漁業と貿易の国だな。と言っても国というよりも小勢力の集まりによって成り立ってる文字通り連合体だ」


 世界地図によるとこの大陸の南方には大きな海が広がっている。そこで獲れた海産物を主な貿易財として海運貿易によって莫大な財を築いている通商連合の勢力もあるとかないとか。


「海かぁ、一度行ってみたいですね」

「俺は拝んだことはないな。もし見る機会があったら後で感想でも教えてくれや」

「いいですねそれ」


 もしこの世界を回る機会があったら、その時はぜひ通商連合の海とやらに行ってみるのもいいのかもしれないな。


「に、してもさすがプリズムウェルですね。他の国からあんなおおきなキャラバンが来るなんて」

「あぁ……。でも坊主は知らねぇだろうが、元々プリズムウェルはそんなに大きな街じゃなかったんだ。というか、街ですらなかったんだがな」

「え、そうなんですか?」


 意外だった。立派な外壁を構え、その中には多くの商店や宿が立ち並ぶ街並。大通りは人で賑わっており客寄せの声や行きかう人々の雑踏で五月蠅いくらいのあの光景を思うと、コラガンさんの話は半ば嘘のようにも思えてしまう。


「プリズムウェルが発展したのはちょうど100年ほど前の話だ」

「100年……」


 100年と聞くととてつもなく長い気がするが、思えばうちのひいおじいちゃんも100歳とちょっとで亡くなった。

 そう考えれば人一人が一生を終える程度にはその歴史は浅いということになる。


「これはワシの爺さんから聞いた話なんだが、昔はそもそもプリズムウェルなんて名前はなかったんだ。ちょうど今どでかい教会がある辺り、街の中央あたりに小さな村があった程度だったらしい」

「それがどうしてこんなに大きな街に?」

「その地域は昔からある神様を信仰していてな」


 ある神様、というのでピンときた。思えばユフィと出会った最初のころからその名前は出ていたはずだ。


「豊穣の神ヘカーティア。農作で生計を立てていたその地域は長いことその女神さまを信仰していたのさ」

「それがどうして今のような商業都市に?」

「あぁ、女神ヘカーティアを深く信仰していたその地域は常にヘカーティアの神性と共にあった。大きな飢饉や勢力同士の戦火に巻き込まれることなく、毎年豊作に恵まれていたそうだ。それが幸いとなったのかそのうち作物を王国や他国に輸出するようになった。それがプリズムウェルの始まり。穀倉地帯だったこの場所が、農作物を輸出するための一大拠点となったのさ」

「それがプリズムウェルの始まりだったんですね……」


 600年。ヘカテーさんは自らが生きてきた年月をそう表現した。彼女はもしかしたらその長い年月この場所を守り続けてきたのだろうか。


 プリズムウェルはヘカテーさんの神性と共にあった。コラガンさんはそう表現した。活気あふれる街、そして一歩外に出ると目に入る豊かな大地。


 ヘカテーさんの生きた年月の一端に少し触れられたような気がして少しだけ嬉しくなった。


「そうだ、だから街の皆は彼女を讃えて毎年こうしてお祭りを開く。彼女の加護がいつまでも続くようにと」

「そういえばお祭りっていつからなんでしたっけ」

「ん、知らねぇのか?四日後からだぞ。まぁ、元から催し物が好きな人間が多い街だ。前夜祭なんて名前で既にあちこちで盛り上がってんだろうがな」


 そういえば昨日ユフィと食事をした店も随分と賑やかだった。店内も派手に飾り付けられて特別メニューなんてのも出回っていたが多分その前夜祭のせいなんだろう。


「誰か誘わないのか?」

「お祭りですか?」

「あぁ、聞けばプリズムウェルの祭りは初めてなんだろう?せっかくだから楽しんで行けよ」

「う~ん……」


 茶化すように笑うコラガンさん。どうしたものかと逡巡しているとまるで助け舟を出すかのように東側のトラップが鳴った。


「食後の運動、にしちゃなかなかにハードだがしゃあないな」

「牧場の未来がかかってますからね」


 事前に打ち合わせたかのように目も合わさず武器を取る俺とコラガンさん。


「さて、美味しい食事と面白い話の代金だけはしっかりと返さなきゃ」

「依頼料分も働いてくれよ」

「……頑張ります」


 せめて足だけは引っ張らないようにしないと。そう気合いを入れて俺達は牧場東の防衛柵の方へと駆け出した。


 それにしても、昔の人たちもウォーバックの襲撃には手を焼いていたんだろうか。

 ふと、先ほどの話を踏まえて俺はそんなことを考えたのだった。

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