第10話 立ち止まるにはまだ早い
「それでのこのこと一人で戻ってきた訳だね」
ジャイアントケロッグと激闘を繰り広げたその日の午後、自分にはいろいろと足りないものが多すぎると痛感させられた俺は再びヘカテー先生の元を訪ねていた。
「面目次第もございませぬ……」
「まぁ、そんなことだろうとは思ってたけどね」
ふふっと柔らかな笑みを浮かべながらヘカテーさんは恐らく食後に嗜んでいたのだろうティーカップに口をつけた。
「もしかして、分かってました……?」
「そうだねぇ。君も実物を目にしただろうがジャイアントケロッグはなんといってもあの大きさだ。何の力もない君に腕力でどうこうできる相手じゃないよ。ま、私の想像しえない特別な力が覚醒したのなら別だけど」
そんなことはなかったですけどね、なんて苦笑いを浮かべながらヘカテーさんの向かいのテーブルへと腰を下ろす俺。全く持って情けない限りでございましてそれ以上どんな顔をしていいのやら。
ちなみに俺の窮地を救ってくれたユフィはというと、ここに来る道中にちょっと気になることがある、とだけ言い残してどこかに行ってしまった。
なにやら真剣な表情をしていただけにどこに行くのか何しに行くのかなんて野暮なことを聞く訳にもいかず、こうしてとぼとぼと一人見知ったヘカテーさんの家へと戻ってきた次第である。
「それで、私のところにこうして戻ってきたということは何か尋ねたいことが出来たのではないかい?」
「それは……」
先ほどユフィと食事を共にしたときに俺は気になることが出来ていた。もしかしたらそれがこの世界で俺が生きていくための力になるかもしれない。そう思ってここに足を向けた次第だ。
「どうしてそれを?」
「いやぁ、女の子にだらしなさそうなように見えて、君は案外真面目そうだからね。何かとっかかりを見つけたのならそれをすぐに実行に移す。そういうタイプだろう?」
「冒頭はともかくとしてさすがに過剰に評価が過ぎるのでは?」
「いいや、だって君はこうしてすぐに知識を求めて私のところに来ているじゃないか。熱くなってまたジャイアントケロッグに挑みに行く、なんて無謀な人間じゃなくて私は嬉しいよ」
いやいや、もしあのでかいカエルにお礼参りに行くなんて奴がいたらそりゃそれこそ異世界転生の主人公だ。俺はそう簡単に一度敗れた相手に修行をしてリベンジしに行く、なんて柄じゃない。
それは自分がよくわかっている。
「でも、目の前の壁を乗り越えていく方が男としては魅力的じゃないですか?」
現に俺が憧れた漫画やアニメの主人公たちはそうやって強くなっていった。
「どうだろう。それはそれを見届けている人たち次第じゃないだろうか。現に君は自分の手の届く範囲で出来ることを必死に探している。そうやってこの世界で生きていくことに真摯であろうとしている君の方が、そういう男の子たちよりも私は好きだよ」
参ったな。俺の顔、真っ赤になってたりしないだろうか。なんというかこの人は卑怯だ。きっと俺のこの純粋な男心をからかって楽しんでいるに違いない。
「どうかしたかい?」
「全く。冗談はよしてくださいよー!」
「冗談なんかじゃないさ。まぁ、恋愛感情のような類とは違うかもしれないけどね」
「そ、そうですか……」
「おや、残念だったかい?」
「非常に」
「はは、冗談はよしてくれよ」なんて言いながらヘカテーさんは再び笑った。冗談のつもりでは全くなかったのだけれども、よくよく考えたら神様であるこの人と俺が対等でありたいという考え自体が既に前提として間違っていたのだろう。
「それで、だ。話は戻るが、君は私に何を聞きたいんだい?」
「えっと……」
どう話したものか。俺は先ほどの食事処での出来事を振り返りながら頭の中で選ぶ言葉を考える。
「ユフィに魔法について聞きました」
「ほう、どんなことを?」
「この世界での魔法とは、ズバリ”神様との契約”であると」
「さすが私の教え子だ」
「それで、です。ヘカテーさんに折り入ってお願いがあります」
すいとヘカテーさんがこちらに向けた手が、俺の次の言葉を遮った。
「俺に魔法を教えて欲しい、かい?」
そう口にしたヘカテーさんは、どこか寂しそうな表情をしていた。
「あ、えっと……」
突然そんな顔を見せられて、正直俺はどうしたものかと逡巡してしまう。もしかして神様にこんなお願いを不躾に頼み込むのは失礼だったりするのだろうか。
しかしそんな俺の心配とは裏腹に、ヘカテーさんは一つ小さく笑って見せると、キッチンの方へと歩いていく。かと思えば空になったティーカップに新しい飲み物を注ぎながら俺の方へといつもと変わらぬ笑顔を向けてくるのだ。
「アヤト君も一緒にどうだい?」
「え、えっと、それじゃあいただきます」
「さて、どう説明したものか……」
そんな言葉を口にしながら両手にカップを持って戻ってくるヘカテーさん。
先ほど見せた陰りのある顔が、どうしても俺の脳裏から離れてくれなかった。彼女からカップを受け取っている今だって、なんとなくその綺麗な横顔がどこか暗く思えてしまう。
「結論から入ろうか。私が君と契約を結ぶことはできない」
「そ、そうですか……」
なんとなく先ほどの表情で察していたがこれはなんというか、辛い。お前みたいな奴に私の神聖な力を分け与えてやれるか、って奴ですかね。
「勘違いしないで欲しい。君が別に嫌いな訳じゃないんだ。むしろ好ましい男の子だと思っているよ」
「そ、それは光栄ですけど……」
「だけど、それとこれとは話が別なんだ。すまないね……」
謝罪を口にする彼女の顔は、先ほど俺が見た暗い顔へと戻っていた。何がヘカテーさんにそんな顔をさせるのか。そして出来れば俺がその陰りを取り除いてやりたい。
そう思っても俺にはその力がない。それに気づいてしまっているから、俺はそれ以上彼女にそのことを尋ねることが出来なかった。
「そこで、だ」
僅かに重くなってしまった場の空気を変えるためか、ヘカテーさんが一つ明るい声を上げた。食卓とは別に部屋の隅に置かれている小さなテーブルから何かを持ち出すと、こちらの方へと歩いてくる。
「その、お詫びと言っては何だが、明日行って欲しい場所があるんだ」
「行って欲しい場所……?」
差し出されたのは一枚の封筒。中身を取り出すと何やら地図と住所のような記載がすぐに見て取れる。
「差出人は街外れのトンピッグ牧場の牧場主。依頼内容はトンピッグ牧場の防衛。まぁ、襲ってくるのは小さな生き物たちらしいがね。どうだ、せっかくだから私の代理として行っては貰えないだろうか?」
「えっと、その生き物ってのは……?」
「心配しなくても大丈夫だ。ジャイアントケロッグなんてヤバいものはあの地域には生息していない」
ヘカテーさん、そういうのを俺たちの世界ではフラグっていうんですよ。というかヤバいと思うのなら最初から俺にあれをぶつけないでくださいな。
「ま、まぁ……」
でも、結局このまま何もせずに立ち止まっているだけでは俺の世界は変わっていかない。これも一つ何かのチャンスだ。
そう思い俺はヘカテーさんから受け取った封筒を内ポケットへとしまい込んだ。
「そうだ、最後にもう一個お願いが……」
「どうかしたかい?」
もしまたこの世界の生物と対峙する羽目になるのならとても重要なことが一つだけあった。今日は散々だったが、もしかしたらそれが俺のこの世界での大きな力となるかもしれないのだ。
「ユフィに買ってもらったこん棒、ジャイアントケロッグ相手に投げちゃったので……その、お金貸してもらえませんか?」
「なんというか、締まらない奴だな君は」
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