第9話 世界はまだ片栗粉の衣を纏って

「で、結局戻ってきた訳なんだが……」


 平原での出来事の後、俺たちはユフィがヘカテーさんに教えてもらったという唐揚が絶品のお店へと足を運んでいた。


 ユフィが開口一番店員に向けて注文を口にすると直ぐに俺たちのテーブルの上には山盛りのジャイアントケロッグの唐揚が運ばれてくる。


 正直あんなぐちゃぐちゃのジャイアントケロッグを目の当たりにした後にこれを口にするというのは憚られる。が、注文をした当の本人はそんなことを気にする間もなく一緒に運ばれてきたソースと共にそれを口に放り込んでいた。


「散々だったわね」

「まったくもって返す言葉もございません」


 そう、結局俺たちはあの後すぐにジャイアントケロッグの討伐を切り上げこの店へと足を運んだのだ。俺もユフィも、今の俺がこれ以上ジャイアントケロッグと戦ったところで埒が明かないということに直ぐに気づいていたのだ。


 情けなさに悔しくなると同時に、そりゃ当然だという諦めの感情が先ほどからずっと胸の中をぐるぐるとしている。


「なーに暗い顔してんのよ」

「だ、だってそりゃぁ!……んぐっ!?」


 俺がそのもやもやとした感情にいたたまれなくなり口を開くと、直後にテーブルの向こう側から唐揚が口の中に押し込まれる。


「……んっ、ぐっ。……美味いな!」

「でしょ?」


 味は鶏肉に近いのだろうか。口の中に入れた瞬間、肉の繊維がホロホロと口の中でほぐれていく。ささみともも肉の中間といったところだろうか?といってもあっさり目と言う訳では決してなく、唐揚の衣にしっかりとそのジューシーさが閉じ込められており、噛みしめた瞬間に裂けた衣の隙間からじゅわりと肉の旨味があふれてきた。


 見ればキッチンの奥からガタイのいい店員がこちらにグッと親指を立てている。俺が浮かべた料理への反応に満足してくれたようでちょっと嬉しかった。


「とにかく、腹が減っては戦はできぬ、よ」

「……そんなもんかな?」

「そっ。お腹いっぱいになったらまた考えましょう。空腹だと前向きにだってなれないわ」

「……そっか」


 なんとなくこいつが食事中いつも楽しそうなのが分かったような気がする。ユフィだって常に明るく振舞い続けている訳じゃないんだろう。でも、それでも少しだけ前向きに明るく生きていける様にって食事からエネルギーを貰ってるんだろうな。


「……何嬉しそうなの?」

「分かる?」

「アヤトはその辺分かりやすすぎ」

「そ、そうか?」

「そーよ。で、どうしたいの?」


 唐揚に手を伸ばしていた手がふと止まった。


「顔に書いてあるわよ。今のままじゃよくないって」

「……そこまでバレる?」

「それ、隠せる場面では隠したほうがいいわよ」


 ……そうかぁ、そんなに分かりやすいか俺。ってか隠したほうがいいってそんな場面に巡り合うとは思えないけど。というか多分巡り合っても今がその場面って俺なら気づかない自信がある。


「善処はするよ」

「で、どーすんの?」

「そりゃぁせめて自分の身ぐらいは守れるようになりたいとは思う。ユフィみたいに強くとか、ヘカテー先生みたいに知識人に、なんて欲張ったことは言わないけれど、せめてこの世界で生きていくうえでの最低限の力はあったほうがいいだろう?」

「殊勝な判断ね」

「というか高望みしたところで俺がお前や先生みたいになれるとは思えない」

「それは……どうでしょうね」


 というかそもそもこの世界においてどうやったら強くなれるのか、そしてまずどういう人間が強いのかという基準すら俺の中にはないのだ。


 もしかしたら地形を変えてしまうほどの大魔法使いがいるかもしれないし、剣戟で大地をぱっくり割ってしまうほどの力を持った剣士がいるのかもしれない。


 まあ、これはさすがに言い過ぎかもしれないけど。


「何よりまず、俺は自分自身が何をできるのか分からないんだよ。この力もさっぱりだしさ」


 この際俺が最初から持ち合わせているこの力というのはもう割り切ってなかったことにして考えるべきだろう。


 発動方法が分からないどころか発動したことのない力を当てにするなんてのは明らかに間違っている。


「うーん……そうねぇ」


 から揚げにフォークを突き刺しながらユフィが何やら考え込む。


「何かいい案ないか?」

「……魔法、覚えてみる気はない?」


 正直、その考えはちょっとだけあった。俺もユフィみたいに魔法を使えるのならそれに越したことはない。というか何よりせっかく異世界に来たんだ。俺も漫画やアニメみたいにカッコよく魔法を扱ってみたいじゃないか。


 正直女の子がなんでもお願いを聞いてくれる力よりもそっちの方が憧れる。


「俺が使えるのか?」


 だけど、俺がその考えを口にしなかったのはそこに思い至っていたからだ。もし自分が魔法を使えるのなら、それこそ最初から何らかの力を発揮できるのでは、と。


「あんたは魔法をなんだと思ってるの?」

「え、えっと、そりゃあれだろ……?体の中からあふれる魔力とか、大気中に浮遊する魔素みたいなのを集めて、それを力に……」

「……なるほどね、そこから間違ってるのかぁ」


 俺の読んできた漫画や小説はそれが定番だったのだが、ユフィの反応を見るに俺の考えは間違ってるのか。


「魔法ってのはね、神様との契約なのよ」

「……は?」

「体内の魔力とか空気中の魔力の元とかよくわかんないけど、とにかくあんたの居た世界の魔法とこの世界の魔法は違うの」


 いや、俺の居た世界にも魔法は無かったんですけどね。高度な科学は魔法と見間違うってのは誰の言葉だったっけ……今は関係ないか。


「とにかく、この世界の人間は皆が皆魔法を使えるわけじゃないの。使えるのは神様と契約を行った人間。そして私たちはその神様の力を媒介にして魔法を行使してる」

「……なんかややこしいな」

「まぁね。私もちっちゃいころに神様と出会ってなかったら魔法使えてないだろうし。その辺は運命の出会いに感謝ね」

「運命ねぇ……」


 そういえばこいつはヘカテーさんと小さいころに出会っている。ヘカテーさんを”先生”と呼んでもいるし、こいつの契約している神様はヘカテーさんなんだろう。


「じゃあ俺も魔法を使えるようになるにはその契約してくれる神様を探さなきゃならないってことか?」

「……ぶっちゃけそうなる」

「それこそ途方もない労力な気が……いや、待てよ」


 よくよく考えればいるじゃないか。俺に会って契約してくれそうな神様を。そもそもその神様のせいで俺はこの世界にいるんじゃないか。おまけに余計な力まで与えてくれちゃってさ。


 だったらせめて呼び出した俺のお願いぐらいは聞いてしかるべきなんじゃないだろうか。


 なんか色々と考え出したら腹が立ってきたな。会ったら文句の一つぐらいは言ってやろうか。


「アヤト、もしかしてトゥルフォナ様に会うとか思ってない?」

「そうしてやりたい気で満々だな」

「……本当に思ってるのなら難しいから考え直したら?」

「は?」

「多分難しいのよ。トゥルフォナ様はこの世界においての六柱神の一人だから」

「……ろくちゅーしん?」

「そ、この世界の成り立ちと存続を担う六人の神様。その一人なの。そうそう地上に姿を現すような神様じゃないわ」


 なんじゃそりゃ。思ったより高位の神様じゃねぇか。なんだこの世界の成り立ちと存続を担う選ばれし神って。めちゃくちゃかっこいいじゃないかそれ。

 そんな人が俺に与えた力がこれって、多分神様どうしの忘年会かなんかでその場のノリで作った力だろ。


 ……神様も忘年会とかすんのかな?


「なーに考えてるの?」

「ん?多分余計なこと」

「ならいいや」

「ってか神様なら誰でもいいのか?」

「ええ、多分。魔法の源になっているのって所謂神様の神性なのよ。それを術者は分けてもらってる。なら神性を持った存在ならそれが可能なはずよ」


 それならばもしかしなくても適任が一人いるじゃないか。そう俺が思い至った時だった。


「お待たせ」


 俺たちのテーブルに木製の皿に盛られたサラダが運ばれてきた。見覚えのあるような無いようなカラフルな野菜たちが綺麗に盛られれていて思わず食欲がそそられる。

 唐揚ばかりで正直胃もたれしそうだったところにこれはありがたい。


「あれ、ベジルは入ってないんですか?」


 同時に運ばれてきた小皿にサラダを取り分けながら、ユフィが皿を運んできたガタイのいい店員へとそう尋ねた。そういえば彼はさっき厨房でこちらに嬉しそうに顔を向けてくれていた人物だ。見るにこの人がホールでも最年長っぽい。恐らくこの店の店長なのだろう。


「ベジル?」

「ええ、プリズムウェルの特産品なのよ。シャキシャキとした触感とみずみずしさで凄く口当たりのいい野菜なの」

「へぇ」


 しかし彼女のリアクションを見るにどうやらそのベジルとやらはサラダに入っていないらしい。


「あー、実はな」


 そういってぽりぽりと頭を掻く彼も、その顔には僅かに苦い色を浮かべている。


「嬢ちゃんたちはあんま知らねぇだろうけど、ここ数年プリズムウェル周辺の野菜の収穫量が極端に落ち込んでいてな……。実はこのサラダに入ってる半分が通商連合からの輸入品なんだ」


 通商連合。知らない名前だ。まぁでも名前から推察するに貿易などを生業としてる中小国家の集まりなんだろう。


「……そうですか」


 その話を聞いてユフィはその表情に影を落とした。よほどのそのベジルが食べたかったのだろうか。まぁ、無いものはない。店員も「すまねぇな」とだけ言い残し厨房の方へと戻っていってしまった。


「野菜の収穫量が落ちてる……か」


 ぽつり、ユフィが寂しげにそう呟いた。


「食べたいものが食べれなくて残念だったな。でも、これ美味いぜっ!気落ちするぐらいだったら食べようぜ」


 ユフィを励ますようにサラダを口に運ぶ俺。元気づけようとして投げかけた言葉だったがそれに違わずサラダは非常に美味しかった。


「そうね」

「で、食べ終わったらもう一回ヘカテーさんのところに戻ろうと思う」

「……分かった」


 結局、食事が終わるまでユフィの顔色は最後まで優れなかった。食べたいものが食べられなかったせいでふてくされてるのかと思ったがこいつが、そんな奴じゃないことはここ二日の付き合いで分かっていた。


 ……きっと、何か思うところがあるのだろう。でも、その時の俺たちはまだそのことを言い合えるほどの間柄ではなかったのだった。

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