第8話 激闘、プリズムウェル遭遇戦!
異世界に飛ばされて一日。ヘカテーさんの家で一晩を過ごした俺とユフィの姿は、現在プリズムウェル北西に位置する草原の上にあった。
「で、ここがヘカテーさんに指定された場所なんだけど……」
「遠くの方にもう”居る”わね」
「あれか……」
遠く草原の向こう。僅かに湿地帯になっているそこに、今回の依頼のターゲットとなっているそいつらがいた。
「まぁ、あんなもの私なら魔法一発なんだけど……」
「あくまで依頼を受けたのは俺って訳だからな」
俺は道中に買ったこん棒を、その感触を確かめるように握り直すとそっと小さく息を吐く。
「ほら、ここで見ててあげるから行ってきなさいな」
「任せろ」
「ヤバくなったら……骨は拾ってあげるわ」
「それは骨になる前に助けてくれ」
昨日、食後すぐにヘカテーさんの家に辿り着いた俺たちは早速彼女から今回の依頼の内容を聞かされていた。
「最近、プリズムウェルの北の草原にジャイアントケロッグの成体が姿を現すそうなんだ」
「ジャイアントケロッグ……?」
「あー、簡単に言うと四足歩行のでかい獣よ」
「どんな奴なんだ……?」
俺の問いかけに答えるようにユフィは本棚の方へと向かう。そこから一冊の本を抜き出すとパラパラとページをめくりながらこちらの方へと戻ってきた。
「こいつね」
「あー」
そこに描かれていたのは一体の生物だった。黄緑色の皮脂、胴体に乗っかる大きな二つの目。大きく発達した後ろ脚と、それを支えるように生える小さな二つの前脚。イラストの右下に書かれた文字によると、大きな口から放つ鞭のような舌で獲物を絡めとるのだそうだ。
はい……どう見てもカエルです。カエル程度と思う奴も多いだろう。しかし問題なのは先ほどのテキストの下に書かれたとある数字。
「あの、体長3メートルって書いてあるんですけど」
「あー、もっとでかいの、私連邦の方で見たわよ」
「……さいですか」
とにかく、俺の想像している所謂カエルとは比べ物にならないくらいにこのジャイアントケロッグとやらがデカいということだ。
「どうやらこいつらが近くの牧場に姿を現して家畜を食べているらしくてね。私のもとに牧場の主から数減らしの依頼が来ているのだよ」
「肉食なのかよこいつっ!」
「小さなトンピッグぐらいならぺろりと一口らしい」
俺は昨日食事処で見たトンピックの丸焼きを思い出す。
この世界では豚や牛ほどにメジャーな家畜らしく、その肉は食用として色々な料理に使用されているらしい。隣の冒険者らしき集団が頼んでいたのだが、机の上に置かれたそれはなかなかにデカい存在感をテーブルの上で放っていたのが記憶に新しい。
「あれを一口って、もはや化け物だろ」
「なに、頭狙って棒きれ振り回せば簡単にこと切れる」
「おお、そりゃよかったです!」
なんてやり取りをしたのもどこか懐かしい出来事のようで……。端的に言うと、俺は完全にこの世界の”生き物”というのを舐め切っていたのだった。
「……と、飛んだぁあああああああ!!!!」
大きく一息。こちらを補足したジャイアントケロッグは一瞬胴体を静かに沈みこませたかと思った次の瞬間、その強靭な後ろ脚で地面を勢いよく蹴り上げたのだ。
「ちょちょちょこっち来るんだがぁあ!!!」
「あ、アヤトっ!服引っ張るのやめてっ!」
「た、助けてくれっ!」
「あんたが受けた依頼でしょうが」
「無理無理無理無理あんなの死ぬっ!」
「なっさけないわねぇ……」
次の瞬間、こちらへと勢いよく飛来していたジャイアントケロッグが突如中空で爆散した。
「はぁ、もう次は手伝ってあげないからね」
「……心から感謝します」
自らに抱き着く俺をユフィは強引に引き剝がすと、呆れたような表情で近くの木陰へと歩を進めていく。
「ほら、見ててあげるから頑張りなさい」
「いや、あの、そのですね……」
「コツを教えてあげるわ。近づいて、勢いよく頭を殴る。魔法が使えなくてもそれなら大丈夫よ」
あのですねユフィさん。生物というのは大抵そうやれば倒れるんですよ。それをそう胸張ってコツなんて言われても……。
まぁでも、腕組みのせいで持ち上げられたその豊かなお胸が眼福なのでオッケーです。
なんなら一生そうしててくれ。
「なんか不埒な視線を感じるんだけど」
「……気のせいじゃないか。あるのは博識なユフィさんに対する尊敬のまなざしだけだ」
「ならいいんだけど。ほら、次来たわよ」
ユフィに指摘されて湿地の方へと再び目を向けると、のそのそと別の個体が姿を現すのが見て取れた。
「……やるだけやってみるか」
ぶっちゃけいつまで経っても泣き言を喚いている訳には行かない。この世界は俺の知っている現実とは違っていて、恐らく俺みたいな現代人が呑気に生きていられるほど甘い世界じゃない。
この頼りになるか分からない能力だけを引っ提げているよりは、単純に俺自身が強くあらねばならないのだ。
「……なら、やらない訳には行かないよなぁ」
腰を落としてこん棒を構える。奴が飛ぶのは理解した。ならそれに合わせて位置取りをすればいい。着地の瞬間だけは必ず奴も無防備になるはずだ。その後舌に注意して横から奴の頭に一撃加えてやれば倒せるはずだ。
「いや、無理じゃね」
そう思い直すも時既に遅し。ジャイアントケロッグはその大口を勢いよく開いて俺の方へと長い舌を射出していた。
「ジャンプじゃねぇのかよっ!?」
そもそもの前提が間違っていた。何が着地後に攻撃だよ。そりゃ毎回同じルーチンを取ってくれるとは限らないだろうに。
俺と奴の距離は10メートル程。確かヘカテーさんの家で見た図鑑によるとあいつの舌は最大15メートルまで伸びるらしい。異世界のカエル凄い。
っつか15メートルじゃ今の距離じゃ無理じゃねぇかよ。
「わぁあああああ!」
無様に後ろに向かって駆け出す俺。何とも情けない。しかししょうがない。異世界だもの。
「っ!?」
が、特筆して能力のない俺がそんな化け物の魔の手、もとい魔の舌から逃げられるわけもなく。腹部に絡みついたそれは反対方向へと逃げだす俺のなけなしの行動力を文字通り絡めとっていった。
「っ、はな、れねぇ……っ!」
両手で何とかあがいてみるもののズルズルと俺の体がジャイアントケロッグの元へと引きずられていく。両足に力を入れて踏ん張っては見るもののそれも焼け石に水。なんか舌、ヌルヌルするし。それに何より足場が悪い。湿地帯と草原の中間に位置するこの場所は、僅かにぬかるむ地面によってうまく踏ん張りが効かないのだ。
「このままじゃまずいっ……」
そうなったら最後の手段。奴が俺を引き戻した瞬間にこん棒を思いっきり頭に打ち付けるしか……。ってさっき両手で舌を引き剥がそうとしたときに投げ捨てたんだっけか。
こうなりゃいよいよ絶体絶命。ああ、父さん母さん。俺はどうやら異世界でカエルの養分になってしまうようです。
「……死にたくねぇ!」
でもやっぱりそう思う。仮にここがどこの世界であれ、簡単に命を落としていい理由にはならないのだ。こうなったら一か八か。俺は最後の手段に出ることにした。
「ユフィっ、『一生に一度のお願いだっ!』この状況を何とかしてくれっ!」
吐き捨てるように俺がそう叫んだ直後だった。
「うおっ!」
急にジャイアントケロッグの引き付ける力が緩んだ。前方向へと思いっきり力を入れていた俺はそのままの勢いで前方へと転がり込む。
「い、一体何が」
地面へと無様に倒れる俺の元へ、頭上から手が差し伸べられたのが見て取れた。
「え、えっと……」
その手を握り返しながら俺は後方のジャイアントケロッグを振り返る。
「あ、ありがとう?」
「素直に受け取っておいてあげる」
見ればそこには俺を先ほどまで食い殺そうとしていた怪物が原形をとどめないほどにグロテスクに爆ぜていた。
「一生に一度なんて気軽に口にするもんじゃないわよ?」
「でも俺にとっては文字通り一生がここで終わるかどうかの瀬戸際だったんだよ」
「なんかヌルヌルするし……。ってかほんとにヤバくなってたら助けてあげたわよ。そんなこと頼まれなくたってね」
そう口にしたユフィはどこか不服そうな顔をしていた。
「私、そんなに信頼されてないかしら?」
「……そんなつもりじゃなかったんだが、それはなんというか、ごめん」
「とにかく、今助けてあげたのはあんたの力じゃなくて私の気まぐれだからねっ!」
そういえば、先ほどユフィに対して『一生に一度のお願い』を口にした時も俺の中には何の力も感じなかった。もともとそういうものだと言われたらそこまでなのだが、きっと発動時には発動者の俺には何らかの現象が自覚できるはずだ。
結局、この力の発動条件は一体何なんだろう。
「何難しい顔してんのよ」
「……いや、生きてるなぁって思って」
「なに、それ」
「いや、大したことじゃないよ。でも、ユフィがいてくれてよかった」
「そ」
あぁ、強くなりたいな。少し照れくさそうにそっぽを向くユフィを見て、ふと俺はそう思った。昨日も、そして今日も。俺は二度彼女に命を救われている。
なんとなく、このままいつまでもおんぶにだっこのままじゃ行けないと素直に思った。
「……お腹すいたな。朝ごはん食べてから何も食べてないんだっけか」
空に浮かぶ太陽はいつの間にか俺たちの真上に来ていた。そろそろお昼時、といったところだろうか。
「じゃあ先生に教えてもらったお店があるのよ、そことかどう?」
「お、何のお店なんだ?」
「ジャイアントケロッグの唐揚が絶品なんだって」
「……さっきの今でよくそれを食おうと思うな」
俺達の後ろでは今も無残に肉片となってしまったそれが野晒しになっている。
「それとこれとは話が別よ。さ、行きましょ!」
あぁ、俺はこれからこの世界で生き残ることが出来るのだろうか。でもまぁ――
「ジャイアントケロッグ以外の選択肢はないのか?」
「私の胃袋がそれ以外今は受け付けない」
「さいですか」
とにもかくにも、まずは生きるために飯を飯を食わなければならないことには違いない。
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