第7話 生きていくには金が要るっ!

 俺とユフィがヘカテーさんの家を訪ねてからしばらくのこと。ヘカテーさんを含めた俺達三人の姿はお祭りの前夜祭で賑わうプリズムウェルのとある一角にあった。


「あの、ヘカテーさん?」

「どうしたんだい」


 皿に盛られた焼き魚の骨を器用にフォークとナイフで剝がしながら、不思議そうな顔でヘカテーさんは俺を見る。


「んっ、これめちゃめちゃおいしいっ!お魚のジューシーさと味付けに使われてるお野菜の酸味が程よいハーモニーで、口に入れた時はじゅんわりと、そして後味はさっぱりと……!さすが一大商業都市。食べ物も一流って訳ねっ!」


 そしてそんな俺たちの横で目をキラキラとさせながら焼き魚を頬張るユフィ。お前はどこかのリポーターかなんかか。


「その、あの話の後でどうしてこんなところに?」

「あー、そのだな」


 俺の言葉を受けてバツが悪そうに頬を掻くヘカテーさん。


「実は私、豊穣の神なんて名乗っているが料理が少々苦手でな……」


 いや、ごめんなさい。俺が聞きたいのはそんなことじゃないです。


「違いますよっ!お願い事が云々のことですよ!」


 「それで、一つお願い事を聞いて貰いたいのだが」。彼女が自宅のリビングでそう告げた直後、一体どんなお願い事をされるのかと身構えていた俺に投げかけれらたのは何とも気の抜けた一言だった。


「いい感じの引きをしておいてどうして次に出てくる言葉が”それではまずは食事にしよう”なんですか!?」

「何を言っているんだアヤト君。食事は命の根源だぞ。人は、食事を無くして生きること非ず。それはどの世界でも常識だろう?」

「そ、それはそうですけど、その……」


 俺たちが今居る場所はプリズムウェルの中心を大きく南北に貫くメインストリート、その一角にあるとある食事処だった。

 その店のテーブルの一つに俺の隣にユフィ、そしてテーブルの向かいにヘカテーさんという構図で腰を下ろしている。

 レンガと木造の建築物を組み合わせて作られた店内は活気の中に温かさを感じさせる内装が施されており、どこか俺の世界で言う北欧やその辺りを想起させる異国情緒あふれるつくりをしていた。

 

 いや、異世界で感じる異国情緒ってなんだよって話なんだけどな。


 とかく、立地もよく雰囲気も良いためか店内は活気に賑わっており、俺たちが今腰を下ろしているテーブル以外にも多くの客が食事を楽しんでいる。


 そんな客たちに話が聞こえてしまわぬように俺は思わず声を潜める。


「その、ヘカテーさんは神様な訳じゃないですか。そういう方が食事をするってのは一体どういう理屈で……」


 もしかして自分の力を蓄えるための特別な儀式の一環を兼ねていたりするのだろうか。


「いや、食事はただの趣味だ」

「……はぁ?」

「いやぁ、人の姿をして生まれたからには私も人らしいことを楽しみたくてな。まぁ、最初は私の力が及んだものが、どうやって人間に受け入れられているのかという興味から来たのだが……。今じゃすっかり食べ物の魅力に取りつかれてしまって」


 そういえばここに来るまでの道中、ヘカテーさんは自宅にいるときよりも随分と楽しそうに会話をしていたのを思い出した。

 久しぶりに弟子に会えたからだと思っていたが、今の話を聞くにあれは……。


「アヤト君、女性の秘密にずかずかと踏み込むのはあまり感心しないねぇ」

「す、すみません……」


 付け合わせの根菜をフォークで突き刺しながら、ヘカテーさんは俺にぼそりと呟いた。


「まぁ私はそんなことを気にする性分じゃないが、その辺りは今から弁えていった方がいいかもしれないな」

「そんなものなんでしょうか?」

「その辺の駆け引きがモテる男の秘訣って訳さ。それに、特に君は気にした方がいいだろう」

 

 ふと、先ほどまで無心で魚の照り焼きにかぶりついていたはずのユフィと目が合った。何かを言いたげな目をしていたが、一つ大きなため息を吐くとまた再び照り焼きの身を丁寧にばらす作業に戻っていった。


「俺が特に……ですか?お言葉ですが、俺がそんな機会に恵まれるとも思いませんが……」

「随分と自分を過小評価するじゃないか」

「元居た世界で女の子にちやほやされた経験なんてないですから」


 苦笑いを浮かべつつテーブルの上の薄く切られた肉を口に運ぶ。外はしっかり、中は程よく火が通ったそれは、口の中に入れた瞬間に広がる炭火と濃厚な肉汁の旨味で思わず俺を小さく唸らせた。


「旨いっ!」

「だろう?ここのローストボアは絶品でね。だけど、君のここでの人生はそんなボア肉の味のようには美味しくはいかないみたいだ」

「どういうことです?」

「君に力を与えたのが、運命神トゥルフォナだからだ。あれは運命を司る神。この世界でも高位な神性を宿した神だ。そいつが君にそんな力を与えたのだから、君はこれから嫌というほど可愛い女の子と巡り合っていくことになるだろう。人との出会いという偶然に、運命という力が介入していくのだからね」

「そうやってアヤトはこの世界の女の子をそのしょうもない力で振り回してく訳よ」


 俺とヘカテーさんの会話はちゃんと聞こえていたようで、不服そうな表情でユフィが会話に混じってくる。


「そうならないためにも、アヤト君はその女の子たちに真摯に向き合っていかなければならない。君の力が万全の力を発揮した時、それは他人の人生を変えてしまう力を持つのだから」

「他人の人生を変える……」


 考えたこともなかった。聞くだけじゃ男の願望をただ詰めただけの力にしか聞こえないからしょうがない。が、知ってしまったからにはしょうがないですまされる話ではななくなってきたと言う訳か。それにしてもそれほど強い力なのか、この力は……。


「まぁ、今のところ発動する兆候もないようだしその心配はなさそうだがね」

「発動できれば嬉しいななんて思ってましたけど、今はちょっと怖いですね」

「おや、使いたい相手でもいるのかい?」

「まさか。ヘカテーさんは神様ですし、ユフィはイマイチまだよくわかんないですし」

「……よくわかんなくて悪かったわね」


 俺の皿からローストボアを一切れ搔っ攫うと、むすっとした表情のままユフィはそれを口に放り込んだ。まぁでも、思えば俺がこの世界で初めて出会った美少女といえばユフィだ。これももしかしたら、運命神様とやらの力なのだろうか。


 それならば俺とユフィの出会いは、ただの出会いじゃないということになるのだろう。


「まぁ、今から難しく考えてもしょうがないさ。とりあえずは、今はこの食事を楽しもうじゃないか」

「そ、それもそうですね……!」


 初めて出会う異世界の料理に舌鼓を打ちつつ、俺はぼんやりとこれからのことを考える。


「ヘカテーさん、俺はこれからどうすればいいんでしょう」

「それは君が決めることだね」

「と、言われましても……」


 気づけばテーブルの上には食後のデザートが運ばれてきていた。皿の上にはパンケーキのようなものが一つ。その上にはこれまた目にしたことのない瑞々しいフルーツがちょこんと鎮座していた。


「そうだなぁ」


 パクリと一つフルーツを口の中に頬張るとヘカテーさんは満足に顔を明るくした。本当に美味しいものを食べるのが好きなんだなぁ。というかこの人なんというか、神様なのに可愛いな。


「それじゃあ先ほどアヤト君が尋ねてきたことの回答といこうか」

「俺が聞いたことって、もしかして”頼み事”についてですか?」

「まさしくそれだ」


 手に持っていたフォークをテーブルへと置くと、ヘカテーさんはポンと一つ手を打った。


「それじゃあ、チュートリアルと行こうか」

「……へ?」

「異世界に来たばかりのアヤト君のことだ。どうせお金もないんだろう?」

「そ、それはそうですけど……」

「今晩はうちに泊まってもらっても構わないが、これからずっとと言う訳には行かない。そうなったときに、君はお金を手に入れる手段が必要になるだろう」

「言いたいことは分かりますけど……その手段って?」

「依頼ね」


 ヘカテーさんがそう口にすると、ユフィが俺のパンケーキの上から桃色の小さな果実を奪いながら会話に混じってくる。

 というか、こいつどれだけ俺から食い物を奪っていく気なんだよ。


「依頼なら私もよく受けてきたわ」

「確かにな……お前も旅しながらここまで来たんだよな。どんな依頼があったんだ?」

「えっと、まぁざっくり言うと色々。その中でも特に一番多かったのが獣退治ね」

「俺たちが森の中で出会ったグリムボアみたいな奴か?」

「そうそう。畑を荒らす獣を倒して欲しいとか、街道近くに現れる大型獣を追い返して欲しいとか。他にもキャラバンの護衛とかもやったし、王国の軍に混じって魔獣退治の遠征軍に参加したりしたわ。最後のは特にさすがに王国がバックってだけに報酬も美味しかったし」

「と、いう具合に、この世界の力ある人間はその力を使って助けを求めている人々の頼みごとを解決していることが多い。報酬として色々なものを対価に貰ってね」


 なるほど、そこだけ聞くと本当にゲームや小説の冒険者みたいだ。そういえば近くの街には冒険者ギルドなるものがあるんだっけか。もし機会が来るようであればそこを訪ねてみるのもいいかもしれない。


「とりあえず、そういう訳で今回は私が君たちに依頼を出すことにしよう」

「それが、ヘカテー先生のお願い事ってことですか?」

「そういうことだ」


 俺は小さく姿勢を正すと改めてヘカテーさんへと向き合った。もしかしたら、これが俺が今後この世界で生きていく上での生活の基盤となる、その第一歩かもしれないからだ。


「それで、その依頼というのは?」

「それは――」

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