第4話 世界広がる道すがら
「で、プリズムウェルではこの時期になると毎年のように豊穣の神ヘカーティア様に捧げる大きなお祭りが行われるの」
あの出来事の後、俺とユフィはすぐさま街を目指して行動を開始した。どうやら今から向かう街はこの地域で一番でかい商業都市らしい。
聞けばユフィは生まれた町を出て色々な国を旅して回っているそうだ。職業は彼女曰く見習い魔法使い。自称見習いであの程度の実力なのであれば、彼女の職業から見習いという文字が取れた時には一体あのグリムボアはどこまで吹き飛んでいくことになるのやら。
「それじゃあユフィはそのお祭りとやらに参加するためにプリズムウェルへ?」
「まぁ、そういうことになるわね」
俺たちは今、これから目指すプリズムウェルへの道中を呑気に並びながら歩いている。舗装された道はコンクリートや石畳なんかはないものの、多くの商隊や旅行者たちが行き交うおかげか比較的歩きやすいように均されていた。
脇には多くの田畑が並び、遠くの方には大きな風車も見て取れる。こうしてみると、改めて自分が違う世界に来ているのだとジワリと思い知らされる。
「で、あんたはそのお祭りを知らずにプリズムウェルに来たって訳?」
「そ、そうだな。大きな街があるってことは知ってたんだが、街の名前やましてやお祭りのことなんてのは知らなかった」
結局、俺はユフィに馬鹿正直には自分の正体を話していない。まぁ、話したところで俺はもともと別の世界の人間で、真っ白な空間で神の使いとやらに出会い、そして次の瞬間見知らぬ森で目覚めていました。なんてことを口にしても信じてもらえないのが分かり切っていたからだ。
「ふぅん……今から行く場所の知識をほとんど仕入れずに旅をしている、なんて変な旅人もいたものね」
そのため、俺は彼女へと自分自身の正体をそんな風に伝えている。
元はといえばユフィに出会ったのは本当に偶然だ。たまたまこうして今一緒に歩いているが、街に着いてしまったらもう二度と彼女に会うこともないだろう。それならば何も知られずに別れるほうがわだかまりもないだろう。
それまではしばしの間、性格は僅かにツンツンしているけど顔だけ見れば天使の擬人化とでも言えるこの美少女と短いデートとしゃれこむのもいいだろう。
それにしても、俺は一体こんな世界に来て一体何をやればいいんだろうか。運命神様とやらは”世界の秘密を解き明かして欲しい”なんてことを言ったらしいが、この世界に一体どんな秘密が眠っているというのやら。
もしかしたら俺に与えられた力と一緒で、その理由も適当に考えたような理由だったりするんじゃないだろうな。
「……何考えてるの?」
「いや、別に大したことじゃない」
「そ、ならいいけど」
僅かにつまらなさそうにそっぽを向く彼女をみながら、俺はぼんやりとこれからのことを考える。
「ユフィは街に着いたら何をする気なんだ?」
「先生に会いに行こうと思ってる」
「先生……?」
「うん。ちっちゃいころにお世話になった先生が街に住んでるってのを人づてで聞いててね。だから久しぶりに会いに行こうかと思って」
「学校の先生かなんかか?」
「いや、魔法の先生」
「魔法の先生なぁ」
「私の魔法は先生に使い方を教えてもらったものなの。で、顔でも見せたらせっかくだしお祭りでも楽しもうかと思って。そういえば……アヤトはどんな魔法が使えるの?」
景気よく交わされていた俺たちの会話がぴたりと止まる。まぁ、主に俺が原因なのだけれども。いや、いつかは来るだろうとは思っていた。多分この世界じゃみんながある程度魔法を使えるというのは常識で、きっとさっきの質問もユフィ自身に一切の悪気はないはずだ。
だけど俺に対してはその問いかけはよろしくない。
まず俺がそもそも魔法が使えるのかどうかが分からないのだ。それに、いかにくだらない力とはいえ、せっかく運命神様とやらが授けてくださった能力もユフィ相手にはからっきし。発動する気配すら見せなかった。もしかしたらあの話自体嘘だったりしないだろうな。
「もしかして……聞いちゃまずいことだった?」
「あーえっと……あはは……」
誤魔化してはみたもののユフィは不審がってはいないだろうか。ちらと隣を歩く彼女の顔を覗き見ると、その顔はなぜか俺の想像したものとは真逆の輝きを放っていた。
「実は世間に公表されていない秘密の魔法を使えたり!?」
「……は?」
「うっそー!めちゃくちゃかっこいいじゃないそれっ!でも実はまだその魔法は完全じゃないから、俺が秘密裏に完成するまで他人には口外しないことにしてるんだ!っ的な魔法だったり!?」
「いや、待って」
「うわー私もしかしてめちゃくちゃ凄い人に会ってる?私と同じぐらいの年代なのにそんな人がいるんだ!世界は広いな―!」
あ、だめだこの子。思ったよりその、残念なタイプだ。
「何よその顔ー!」
「いや、なんでもないよ」
しかしどうしたものか。ユフィは俺のことを凄い魔法使いだと思ったりしているみたいだ。が、その誤解を解いた方がいいのかそうじゃないのかイマイチ判断に困る。
「……なんてね」
「……へっ!?」
ふと、先ほどまできらきらと驚きに輝いていた彼女の表情がくしゃっとした笑顔に変わる。
「冗談よ冗談。アヤトが魔法が得意じゃないことぐらいすぐに分かるわ」
「な、なんで……」
「いやぁだって……キックはないでしょ」
「えっと……だめだったか?」
「だめって訳じゃないんだろうけど、グリムボア相手に魔法より先に足が出るって聞いたことがないってこと。普段から魔法を使い慣れてる人間だったら猶更よ。あの場面で蹴りが先に出たってことがなによりアヤトが普段から魔法を使い慣れていない証拠よ。……どう?」
俺は両手を顔の横まで引き上げるとため息交じりに小さく呟く。
「……ご名答です」
「やりぃ!」
「その……だな」
ここまで来たらもう彼女に隠し事は無理だろう。事のついでに俺はどうしても聞いておきたいことを尋ねることにした。
「どうしたの?」
「あー、魔法ってのはやっぱり使えたほうがいいのか?」
「当然よ。というかみんなそうしているわ」
そうだろうなということは薄々は感じていた。きっとこの世界での魔法というのは元居た世界での運動と近しいものを持つ。それが自衛のためだったり健康のためだったり目的は違うかもしれないが、この世界では魔法を扱うということはある種当たり前の価値観なんだろう。
「ねぇ、気になったことがあるんだけど」
そんなことを考えているとふとユフィが俺の顔を覗き込むようにしてこちらを見つめてくるのが分かった。なんというか近い。そして相変わらず整った顔してやがる。
「……あなた、本当にこの世界の人?」
ギクリ。一つ自分の胸の奥がキュッと締め付けられるのが分かった。
「あー、えっとそれはですねぇ……」
どう答えたものか。頭の中がすごい勢いで思考を繰り返すのが分かった。この前の期末テストだってここまで頭を使った覚えはないのだが。
「それは――」
バレたら一体どうなるのだろうか。目の前の少女は俺を異物として排除するのだろうか。それとも運命神とやらが俺を消しに来るのだろうか。
……いや待てよ。あの神の使いちゃんは俺にそんな禁足事項を一つとして伝えてきただろうか。覚えがあるのはこの『美少女が一生に一度のお願いを何でも聞いてくれる力』の注意事項のみだ。そして俺はある一つの結論に辿り着く。
これ、別に隠す必要ないのでは?
そう開き直った俺はユフィには真実を伝えてもいいのではないかと思い至る。
「あー、実は俺はこの世界の」
ふと、その時俺たちの前方から大規模なキャラバンが向かってきているのが目に入った。先頭を走る生き物が引いている荷車には大量の袋が積まれている。
ユフィにはともかく他の誰かに聞かれるのはまずいかもしれない。そう思った俺は開きかけていた口を咄嗟に閉じた。
「あのキャラバンは?」
「あぁ、ピルナッツにむかう商隊ね。ピルナッツにはそこそこ大きな冒険者ギルドの本拠地があるから。さながらそこに食べ物を運び込む途中って感じ?」
なるほど、さすがここいらじゃ一番の商業都市って訳か。冒険者ギルドなんてのもそこから食料を仕入れているということらしい。
「ということは荷台の中身は?」
「この時期は小麦がメインね。後は保存が効く野菜とかじゃないかしら」
「なるほど」
「で、さっき言いかけたことなんだけど……」
急かすようなユフィの視線が俺を射貫く。やっぱり話すべきではないのだろうか。先ほどの決意はどこ吹く風か。それが見えてきたのは、俺がどうしたものかと視線のやり場に困っているそんな時だった。
「うわ、でけぇ……」
小高い丘を越えた先、その前方にこれでもかというほどの立派な城壁が現れた。そういえば、昔世界史の資料集で似たような絵を目にしたことがあったな。なんてぼんやりとそんなことを考えた。
壁の中央にはこれまたどでかい門が構えており、その下ではいくつもの商隊と鎧を着た衛兵らしき人間が忙しなく動き回っている。見れば街の反対側にも似たような門がぽっかりと空いている。きっとあの場所でも目の前と同じような光景が繰り広げられているのだろう。
そしてその向こう側、門の先に広がる世界はまさに俺が想像した異世界の街並みだった。いくつもの建物が所狭しと立ち並び、その一番奥には大きな教会のようなものが見て取れる。
ああ、俺は今、本当に違う世界に来てしまったんだな。
「ようこそ、プリズムウェルへ。なーんて、旅人の私が言えるものじゃないんだけどね」
見知らぬ場所で目覚めたこととか、目の前で魔法を目撃したこととかそんなことよりも何よりも、人々が暮らすこの場所こそが、それを何よりも俺に自覚させた。
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