第3話 神様のお導き

「それで、結局あんたは何者なのよ」


 全く変わり映えのしない森の中を、それでもユフィは迷うことなく進んでいく。歩き慣れているのか、それとも何か指標となるものが存在しているのか。


 そんな道中ユフィはそんなことを俺へと訪ねてきた。

 どう答えたものかと逡巡しながら、俺は森で目覚める直前の出来事を思い返していた。



―――



 目が覚めると、真っ白な空間だった。

 

 別に強い光が目に入り込んでくるだとか、四方八方が白い壁に囲まれているだとかそんな感じでは決してない。ただただ自分がぽつりと白い何かに包まれた空間。

 

最初に目が覚めた時、俺がいたのはただそんな空間。


「……どこなんだここは」


 ぽつり呟いても答えが返ってくるはずもなく、俺はただ無意識にその空間を当てもなく歩き回った。

 

 どこかに出口があるはず。

 

 そんな考えを頭の片隅でぼんやりと程度にでも思考することができたことだけは自分で自分を褒めてやりたいと思う。


「ようこそいらっしゃいました」


 この空間を無為に歩き出してからどれくらいの時間が経っただろうか。ふと後ろから誰かに声をかけられた。


「…………っ!?」


 目覚めてから初めて聞く音に体が硬直する。突然の声に驚いて振り返った俺の視界に飛び込んできたのは、どこかこの世のものとは思えない一人の美少女だった。


「えっと……君は?」


 俺の問いかけに彼女は小さく口元を緩める。


 歳は14~5ぐらいだろうか。俺よりもちょっと下といったところか。肩甲骨辺りまで伸びた綺麗な栗毛と彼女の芯から滲み出てきているような優し気な表情が特徴的な不思議な少女だった。


 そして何より特徴的だったが、やはりこの世のものとは思うことができない、背中に生えた大きな一対の羽だろう。


「……いや、羽てっ!」

「お目覚めになりましたね、アヤト様」

「君が誰かとかそういうのはいったん置いておくとしてそれよりもその背中の羽っ!」

「これですか?可愛いですよね、気に入ってるんです」


 柔らかな笑顔を浮かべながら背中の羽を動かす少女。その動きはどう見ても俺の知ってる作り物のそれの動きではなかった。


 それはいったん置いておくとして、どうして彼女は俺の名前を知っているんだ。いやまぁ、それが背中の羽をいったん置いておく理由かといわれると結構いい勝負をしているとは思うのだが。


「戸惑っていらっしゃるようですがご安心ください。私はあなたに害を為す者では決してございません」


 彼女の言葉を反芻していくことで、俺は少しずつ冷静さを取り戻していっていた。今自分がどんな状況に置かれているのか。きっとそれを知るには目の前の彼女から情報を引き出していく他ないのだろう。


「どうして俺の名前を?」


 その問いかけに、彼女はまた小さく口元を緩めて見せる。


「あなたは選ばれたのです」

「選ばれた……?」


 疑問が解決することなくまた新たな疑問。


「はい。あなたの魂は選ばれたのです。運命神トゥルフォナ様の神託のもとに、あなたの魂は第二の人生を送ることと相成りました」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。第二の人生……?それってまさか……俺、死んだの?」

「えっと……」


 奥歯に物が挟まったかのような彼女の物言いに、俺は全てを悟ることとなった。


 脳裏に浮かび上がったのは目覚める前、正確には俺が意識を失う前までに生きてきた自分の人生の総集編。自慢じゃないが他人に堂々と胸を張れるような人生を送ってきたわけではないと思う。普通のサラリーマンと専業主婦の間に生まれ、平々凡々な学生生活を送ってきた。友人もそれなり。でも、それでも俺にとっては悪くない人生だったと思う。それが――。


 背中を冷たいものが流れていくのが分かった。


 質の悪い冗談だと一蹴することもできただろう。だがしかし、今自分がこの訳の分からない空間にいることがその証明と言えるのではないだろうか。


 そして目の前の羽の生えた美少女はさながら黄泉への案内人って訳か。


「で、目覚めたここは天国って訳か……」

「いえ、違いますよ?」


 なるほど。短い人生だったと思う。こんなに早く死んでしまって両親には悪いことをした。それに、高橋に借りた漫画、まだ机の上に置きっぱなしだったな。そういえば数学の課題の提出は明日までだったっけ。まぁ、それも死んでしまっては意味もないことになる訳だけど。それもこれも――


「……へ?」

「ですから、ここは天国ではありません」

「いやいやいやいや、今の流れ完全に俺死んだ流れだったじゃん。何か言いづらそうにしてたのって完全にそういうことだったんじゃないのっ!?」

「そ、それは……っ!」


 突如、目の前の少女があわあわと慌てだす。可愛い。


「そ、そのっ、今からお伝えすることが少々その……お伝えしづらいというかなんというかっ」


 背中の羽を小さくパタパタと動かしながら少女はころころと表情を変えた。


「えっと、もしかしてさっき言ってた運命神がどうのこうのってこと?」

「そ、そうなんですけど……」

「結局のところ、俺は一体今どういう状況な訳?」


 なんだかんだ、俺が一番気になってるのはそこである。彼女の言動からして、俺はまだ完全に死んでしまった訳でないらしい。そして突然の新ワード。”運命神の神託”とは一体なんのことなんだろうか。


「こ、ここは運命神トゥルフォナ様が作り出した魂の保管庫。別世界で肉体と乖離したアヤト様の魂は、トゥルフォナ様の手によりこの世界に導かれました」

「ごめん、さっぱり分からん。つまるところ……?」

「つまるところ、私の上司の気まぐれによってこっちの世界に転生したってところですかね」


 なんというありきたりな設定。


「で、俺みたいなてんで特徴のない奴をこっちに連れてきて、その運命神様とやらは何をしたいんだ?」

「それは……私もよく聞かされてなくて」


 それは聞いとかないと駄目だろ。といってもこれを直接口にしたところで目の前の美少女がまたあわあわとし出すのは目に見えてるので思うだけにしておくが。


「と、とにかく一つだけっ!トゥルフォナ様はアヤト様にこの世界を巡り、世界の秘密を解き明かして欲しい、ということだけはお伺いしておりますっ!」

「いや、世界の秘密ってまた曖昧過ぎか!」

「えっと、とにかく私の説明はここまでです。何かご質問は?」

「ご質問だらけなんだけど」

「じゃあ質問は受け付けません」

「不親切すぎないかここのサポートセンター」


 勝手に連れてきておいてその辺にポイはさすがにあんまりすぎるだろう。まぁ、目の前の美少女に免じて許してやらんこともないが……。


「そうだっ、最後に一つだけ」

「まだなんかあるのか?」

「トゥルフォナ様のお慈悲により、アヤト様には一つだけ特別な力が付与されております」


 うお、まさかのここもお決まりパターン。アニメや漫画ではさんざんお目にかかってきたが自分にそれが訪れるとは。はてさて、一体どんなチート能力を与えてくれるのやら。

 魔法か?剣技か?運命神だからな、運命が見える目とかカッコよくないか。それともシンプルに身体強化とかでもいいな……夢が広がるぜ。


「で、一体どんな力なんだ?」

「はいっ!『美少女が一生に一度のお願いを何でも聞いてくれる力』です!」

「……へ?」

「ですからっ、『美少女が一生に一度のお願いを何でも聞いてくれる力』ですよ!」

「……二度も言わんでよろしい」


 いやいや、何があったし運命神。最近嫌なことでもあったのか?郵便ポストに訳の分からないチラシでも詰まりまくっていたのか?……というかその力、本当にそれが文字通りの力なのであれば……。


「えっちなこと頼み放題じゃないかっ!」

「……何か言いました?」

「いや、なんでも」


 よしてくれ、そんな冷たい目で俺を見ないでくれ。分かってる。分かってるんだ。だがその力が良くない。俺は悪くないんだ。強いて言うならそんな力を与えた運命神とやらが悪い。


「…………まぁ、力の使い方は自由ですけど、良心の範囲内に留めておいてくださいね。それと注意事項が三点」

「なんだ、注意事項なんてものがあるのか」

「はい。一つは同じ相手に二回使用ができないこと。文字通り一生に一度のお願いと言う訳ですね」

「……なるほど、使い時は考えろってことか」

「二つ、あくまでも使えるのは”美少女”に限ること。男性や綺麗な女の方には能力の行使自体が不可能です」

「……えっちなお姉さんにお願いできないってことかっ!?」

「もしそうしたい願望があるのであれば能力を使わずに頼み込んでください」

「ヤ、ヤダナージョウダンダヨー」


 体感気温が一気に下がった気がする。朗らかそうな女の子にあんなに冷たい目で見つめられたら心が折れかねない。それか違う世界に目覚めそう。


「そ、それで三つめは?」

「ああそうでした。三つめは、能力行使による神性領域への介入は不可能なこと」

「……ん、どういうことだ?」

「この世界には、所謂神の領域と呼ばれるものが存在します。人々の営みの中で起こるであろう事象を超越したもの。最たるものが生命を操ることでしょう」

「生命を操る……」

「命そのものに干渉することですね。例えば、誰かを殺せと命令することは可能ですが、死んだ相手に生き返れと命令することはできません。死んだ後に生き返るように、と命令を事前に行っていたとしてもこれも例外です。また、その神の領域そのものを操るものに対しても同じように能力を行使することが出来ません」


 なるほどな。……ん?それって思ったよりも制限に引っかかる範囲が多くないか?というかそもそも――


「それ、何がセーフで何がアウトかって事前に把握することはできるのか?」

「あー、今のところ不可能ですね」

「うわ、思ったより不便だな」

「……私に言われても」

「だよなぁ」


 困り顔を浮かべる神の使いちゃんに、俺も思わず苦笑いが零れてしまう。どうやら目の前の美少女は直属の上司である運命神とやらに随分と苦労させられているらしい。


「とにかく、この力に関しては私自身がどの程度のものなのか把握してはおりません。ましてやトゥルフォナ様自身でさえ、その能力の本質をお分かりにはなってはいないでしょう」

「……じゃあ何で作ったんだよ」

「ほんとですよね。とにかく、これでアヤト様ご自身に与えられた力の説明は終わりです。それでは行ってらっしゃいませ」


 彼女の言葉と同時に俺の意識がぼんやりとしていく。まるで空気に溶け込んでいくようで、起きているのか夢の中なのかわからなくなっていきそうだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれっ!最後に一つだけ」

「なんでしょう……?」

「その、今から行く世界とやら、ちゃんと言葉は通じるのか!?」

「……どうなんでしょう」


 困り顔を浮かべる彼女を見て、どこかに持ってかれそうになっていた俺の意識は最後の力を振り絞るようにして俺に大声を上げさせた。


「一生のお願いだっ!頼むから言葉はせめて通じるようにしてくれっ!」



―――



 そんなこんなでどことも知らない森の中に飛ばされたのが先刻の事。だがそんなことを言ったところで一体だれが信じてくれるというのだろうか。


「あー、俺はさすらいの旅人なんだ」


 咄嗟に飛び出た決めポーズからは、美少女の冷たい視線だけが生まれたのだった。

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