有閑

お気に入りの、お茶を飲みながら。

ふわりと吹く、風を楽しむ。


ポットのお湯は、冷めない仕組み。

ずいぶん、至れり尽くせりだ事。


選んだお茶は、ジャスミンティ。

飛び切り高級な、花が開くやつ。

良い、香り。


香りを纏ったお茶に唇を寄せ、そっと一口。

…少し、熱い。


ふうと息を吹きかけて、もう一口。

…うん、美味しい。


あたたかいお茶が、私の中に、しみてゆく。


ああ、雲が、流れていく。

青い空には、白い雲が。

いつまででも、見ていられるわ。


わたしには、ずいぶん時間があるから。


時間に追われることはないもの。

眺めるものがあるから、見ているのよ。


ここにきて、ずいぶん時間がたったはずだけれど。


私は飽きることなく、ここにいる。

有閑を、堪能している。


…ああ、お茶がずいぶん、薄くなってしまったわ。

新しい、お茶を。


テーブルの上に、新しいカップセットと、ジャスミンボール。

本当に、至れり、尽くせり。


ここで過ごす時間の、優雅なこと。

ここで過ごす時間の、贅沢なこと。


ここに来る前は、どんなだったかしら。

ここに来る前は、もう思い出せないわ。


青い空に、白い雲。

時折風が、ふわりと足元の雲を巻き上げる。


誰も来ない、一人だけの楽園。


ここには時間が溢れている。

ここには時間が。


…いいえ。

ここには、時間が、ない。


時間の中で喘いで暮らすのは、命のある者だけだもの。


ここには、すべてが、あるもの。

私が願う、すべてがここに。


今から私を愛する人を呼ぶわ。


私の言葉を受け止めてくれる人。

私の欲しい言葉をくれる人。

私を好きだと言ってくれる人。

わたしだけを見つめてくれる人。


「やあ。」


顔はぼんやりしているけれど。


声ははっきりしないけど。

この人は私を愛している人。

ひとしきり愛の言葉を囁いて貰ったら。


「またね。」


欲しいものをただ堪能するこの現状。

願いはすべて叶う、この現状。


飽きたら降りなさいねと言われているけれど。

飽きることはあるのかしら。


ずっとこのままでいたいと願うのよ。


苦難を乗り越えるとか。

努力をしてつかみ取るとか。

コツコツ知識を貯めるとか。

すごく、すごくつまらないわ。


願いが叶って、ぼんやり過ごして。


自分の知識だけで過ごす時間。

与えられる幸せ。


すごく、すごく魅力的だと思うわ。


ここに時間がなくてよかった。

ずっと、ずっとここにいたいもの。



―――雲の上はずいぶん手狭になってきたね。

降りたがらないものが、増えたからねえ。


―――場所を開けないといけないね。

選出しないとねえ。


―――傷のないものがいいね。

ここは、傷ついた心を癒すための場所なんだよねえ、本来は。


―――癒されたら降りてほしかったんだけどね。

また傷つくのを恐れる者もいるけどねえ。


―――降りて傷つくことを恐れることすらしなくなってるものを選ぼうか。

一人ままごとを楽しむ場所ではないからねえ、ここは。


―――ただ与えられる運命を、

ただ受け取るだけの運命。


―――知識を与えてもらえない運命は、

余計なことを考えないで済む。


―――運命を嘆くための知能は、

必要ない。


―――運命を嘆くための機能は、

必要ない。


―――ただ生まれて、与えられて、

その身を与えて天に上る。


―――捕食されるものにも心は必要だからね。

命はすべからく魂を持っているからねえ。


―――さあ、今から、集めに行くよ。

ごっそり、下に降ろそうねえ。


―――有閑なひと時は、生きる者の憩い。

時間のないものに、必要なものでは、ないからねえ。


「迎えに、きたよ。」


私が願ってもいないのに、私を愛する人が、尋ねてきたわ。

これはいったいどうしたこと…。


「さあ、行くよ。」


私は…。


「たくさん愛されておいで。」


うん…。


「たくさん、与えてもらいなさいね。」


…。


どさっ・・・。


「花子が雌牛産んだぞー!」


「よーし!これからかわいがってやるからな!」

「かわいいー!」


「いっぱい牛乳出してくれるといいね!」

「元気に育てよー!」


―――愛情いっぱいの所に生まれて、よかったですね。


―――次からは、

何も考えずに生まれ変われるね。


―――難しいことは考えられなくなってるからね。

気楽でいいと思うよ。



―――余計なことを考えないのは、

とても、楽だからね。


―――暇な時間だという事すら、

気が付かないで済むからね。


どうか、幸せな、牛生を。

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