せせらぎ
ああ、ずいぶん、遠くまで来たもんだ。
都会の喧騒に嫌気がさして、僕は一人、自然あふれる山にやってきた。
ここには、耳障りな音がない。
ここには、心臓に悪い声がしない。
ここには、何も、ない。
ただ日の光を遮る大木があり、ただ大木の根が行くてを阻んでいるだけだ。
ただひたすらに、前に進む。
ただひたすらに、周りを見ずに。
ただひたすらに、考えることをやめて。
聞こえない場所はここにあった。
聞きたくないものは聞かなくていい。
聞かない幸せに浸る、僕。
聞こえてくるのは、僕のやや乱暴な足音と、木々のざわめき…。
おや。
木々のざわめきの合間に、心地のいい音が聞こえた気がする。
こぽ、こぽ…サラ…サラ…
この樹海には、川がないと聞いているのだが。
僕の耳に聞こえてきたのは、穏やかなせせらぎの音。
一際大きな木の根っこを越えて、せせらぎの聞こえる方へと足を運ぶ。
…小さな、水路があった。
この水はいったいどこからきているのだろう?
久しく湧くことのなかった好奇心が顔を出した。
水路のもとを探して、水の流れをさかのぼる。
枯草や小枝、木の根っこをかき分けて、足元に注意を払いつつ進むと、だんだん水路に幅が出てきた。
これは、もう、川だな。
ぽちゃ、ポチャ…ザー、ザー…
心地よい川の流れの音を聞きながら、川べりを進む。
あんなに木の根に阻まれていた僕の足が、小石を踏むようになる。
川べりには、砂利があるものだからね。
じゃり、じゃり・・・
歩いていくにつれ、川幅はずいぶん広くなっていく。
…こんなに広い川があったとは、知らなかった。
広い川には、せせらぎの音はなく、ただ静寂があった。
しばらく、僕はその自然の雄大さに、見惚れていたが。
「乗りますか?」
川べりに、渡し船が流れてきた。
船頭が、僕に声をかけてきたので。
僕は。
「お願いします。」
渡し船に乗り込んで。
あの世へと、旅立った。
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