押入れ
「ねえねえ、なんでこの押し入れちょっと開いてるの?」
「ああ、隙間開けとかないとさ、湿気がたまっちゃうのさ。」
うちの二階の寝室には押し入れが二つある。一間の押入れが二つ並んでいる。昔和室だったのをリフォームしたので、フローリングに和室の押入れがあるというずいぶんおしゃれなデザインになっているんだけど。
「片方は何も入ってないじゃん!閉めといてよ、なんか怖い!」
「怖いってなんだ!押し入れに失礼じゃん!!」
娘がワイのワイのうるさいので、思い切って押入れを全開にする。…まあ、全開といっても、ふすまを真ん中で重ねて左右を大きく開けただけなんだけど。
片方は使ってない寝具と季節替え用の衣服が衣装ケースに入ってみっちり並んでいて、もう片方はタオルなどの糸物とカバンなどが入った衣装ケースが積んであるのだが。
「一番右の押入れの上の部分、なんで使ってないの。」
右の押入れの上半間には、何も入っていないのだった。
「あんたそこでおねしょしたんだよ!ほら!しみが残ってるでしょ!!」
「え、嘘、マジで!!うわ!!ほんとだ!!…。」
娘が四歳、いや五歳だったか。保育園の時に、どうしても押し入れで寝たいというので布団を敷いてね。寝かせたんだわ。そしたらばっちりおねしょしちゃってですね!!!
「おねしょ乾かさないといけないから開けてたんだけどしみが残っちゃったからさあ、今でも空けてるんだって。」
「うわぁ、なんかごめん、ほんとごめん…。」
「いやまあ、こういうこともあるって、うん。」
娘はざらつく押し入れの棚板を触って、しみが湿っていないか確認しているようだ。…十年以上も前なんだから乾いてるに決まってるじゃん!!
「よかった乾いてて。もう押し入れで寝るのはやめよう!!」
「あんたもう入れないくらいでかくなってるじゃん!!!」
「あはは!!!そうだね!!!」
娘は過去の自分の失敗を笑い飛ばしながら下へ降りて行った。
「・・・ごめんね?」
ありゃ。
出てきちゃったよ。
娘がおねしょをしたあの日。娘はめっちゃ反省したのだ。反省しすぎて、反省した気持ちがここに、残っちゃったんだよねえ…。本人はすっからかんに忘れ去っているというのに、この健気さはどうだ!!!
「怒ってないよ、乾いてるから大丈夫。」
保育園児の娘の反省した気持ちは、押し入れがずいぶんお気に召したご様子で、今でもたまに中からこちらを見て楽しんでいるのだった。育っていく自分を見るのが楽しいんだってさ。
にこっと笑って、幼き日の娘は押し入れの奥に消えた。
…娘の消えたふすまは少し開けたままにしてと。
私は他のふすまをきっちり閉めて、寝室を出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます