第6話


「ジル、帰ったらご飯食べて、下半身のトレーニングだ!昨日は軽かったから今日は追い込むぞ!」

「うん……ライル……」


 帰りの馬車の中は行きとは違う、重い静けさだった。シリアもフールさんもめっちゃ気を遣ってくれてるのが伝わってきた。予定とは少し違ったが、無事(?)加護も受けずに済んだし、俺としては百点満点の結果なんだけどな…

 加護を授かれないというのは前例が全く無かったらしく、神父さんがすごい慌てていた。最終的に俺があっけらかんとしているのを見て、ステータスプレートは貰ったからまぁいいかって感じになったが。あれ絶対めんどくさかったんだろ。神父の職務怠慢とかで罰せられたりしないだろうか…


 お通夜ムードな馬車が家に着いた。


「母さーーん!ただいまー!」


 俺は馬車から飛び降りて玄関へ向かう。


「あらあら、お帰りライオット。その様子じゃいい結果だったみたいね?」


 シリアも馬車から降りる。


「奥様、ただいま戻りました。ライオット様の加護については、後ほど旦那様も交えた上でお話しいたします。先にお昼を済ませましょう」

「あら、そう?ふふ、楽しみだわ!じゃあ先にお昼にしましょうか!ジルちゃんも一緒に食べて行くわよね?いいお肉を焼いて貰ったのよ!フールさんもご一緒に!」

「うん……」

「ふぉふぉ、ありがとうございますアイシャ様。せっかくですが、私は先に旦那様にご報告して参ります。また、夕方ジル様を迎えに上がります」


 フールさんは屋敷に戻るのか。そりゃそうか。娘はSSRで友人は引く事すら出来なかったからな。バーグさんになんか言われるかなぁ。


「そうですか?ではまた夕方に。今日は馬車のご用意ありがとうございました。また後日、伺いますね」

「かしこまりました、旦那様にお伝えします。ではアイシャ様、ライオット様、ジルニア様、また夕方に」


 フールさんが馬車に乗り去って行く。


「母さん!早く食べよ!食べたらまたジルとトレーニングするからね!」

「はいはい。じゃあ行きましょうか」




 肉…タンパク質……楽しみだぜ。




—————————————————————



「ライル…加護…貰えなかったね…」


 お昼を食べ終えた俺はジルと俺の部屋で一休みしていた。いい肉だった…


「ジル、貰えなかったんじゃない、あえて貰わなかったんだ。みんなが加護を使って生きてくなら、僕は筋肉で生きていく」

「でも…」

「大丈夫。それより、ジル凄かったね!神様の加護おめでとう!バチバチしてたけど痛くなかったの?」


 あの雷は凄かった。跪いて雷を纏う姿はまるで未来から来た液体金属ロボみたいだった。あれ?その場合俺が殺されるのか?


「…ありがと。うん、平気だったよ!お祈りを始めたら、周りが白くなって…怖いおじさんがいたんだ。その人は神様でね、よく鍛えたなって言われて…私は、まだまだですって答えたの。そこから今までの事を話したんだ。そしたら周りが光って…気付いたらまた教会に戻ってたの」

「褒められたんだ!ほら、トレーニング無駄にならなかったじゃない!」

「うん!ライルのおかげだよ!」


 おお、元気になってきた。なんだかんだジルは嬉しいよな。神様の加護は特別だし。今頃バーグさんもウキウキでパーティーの準備でもしてるんじゃないか?


「それで、雷の神様って珍しいんだっけ?」


 神父が俺とは違うあわあわを見せてたからな。


「うん!神父さんは初めて見たって!私も聞いたことない!きっと凄い神様なんだよ!」




 …辛いけど…聞かなきゃいけないな。

返答次第ではジルと会うのは今日が最後になるかもしれない。俺は真面目な顔でジルに向き直った。


「…ジル。これから、どうする?」

「?どうするって?」

「トレーニングだよ。凄い神様の加護を貰ったんだから、もうやらなくてもいいんじゃないかな」


 言ってしまった。加護が無い俺と違って、ジルは今日、加護を貰った。しかも神様の加護だ。貴族としてこれから色々あるだろう。俺に付き合って他の人から異端のレッテルを貼られるのは忍びない。断られたら悲しいが、しょうがないって気持ちもある。


「……?やるよ?だって加護に甘えたら筋肉が育たないもん。神様にも褒められたし、止める理由なんて無いよ」

「でもみんなトレーニングなんてしないだろ?周りから見たらジルが変な人になっちゃうぞ?」

「ふふ、せっかく育てた筋肉が痩せる方が嫌だよ。ほら見て?」


 言いながらジルが服をまくりお腹を見せる。


「ほら!少し割れてきてる!ライルと頑張ってここまできたんだもん。…私だって、行けるとこまで行ってみたい!」


 なんと…


「そっか…ジル、これからもっと大変になると思う。トレーニングも、周りの人の目も。でも、止まらずに歩いたら、そこにはきっと凄い景色が広がってると思うんだ…一緒に行こう、筋肉の向こう側へ!」

「もちろん!」


 感動した。この世界でここまでわかってくれるとは。

 もう言葉はいらない。俺とジルの心は今、繋がった。筋肉境界線マッスルラインを超えたのだ。ならば迷うまい。


「よし!ジル!スクワットだ!出会った頃のように、ヒンズースクワットをしよう!』

「うん!もうあの時みたいにはならないよ!まずは30回!ジャンピングスクワットも!」

「いいね!よーし、今日は追い込むぞ!」



『おーーー!』



—————————————————————



 そして、夕方。



 フリフリドレスと礼服のままトレーニングをした俺たちは母さんとシリアにめっちゃ怒られた。シワになっても魔法で戻るんだからいいじゃないか…


 ジルはフールさんが着替えを持ってきてくれたのでシャワーを浴びてから帰って行った。

 帰り際に明日からのトレーニングメニューを渡したらとても喜んでいた。明日からキツくなるからな、一緒に頑張ろう。


 さて、俺のシャワーが終わったらいよいよ神託の報告だ。

 流石に怒られるだろうか…いやでも母さんはどんな加護でもいいって言ってくれたしなぁ。


 シャワーを終え着替えていると、扉越しにシリアが声をかけてくる。


「ライオット様。夕食の準備ができました。旦那様も奥様もお待ちになられております。気が進まないのはわかりますが、私も精一杯フォローしますので」

「今行くよ。シリアも心配性だなぁ。大丈夫だって、あらそうなの頑張ってねって感じになるよ」

「はぁ…ライオット様…いいですか。加護を授かれなかったというのは前代未聞です。私も過去の文献を調べましたが一切記実はありませんでした。最悪、この家にいられなくなってもおかしくはないでしょう」


 無い無い。だいたい加護がなくたって筋肉があるじゃんか。こうして生きてるんだから加護なんて無くても大丈夫なんだよ。


「わかったよ。こう、神妙な顔つきでいればいいんでしょ」


 言いながら俺はむつかしい顔をする。


「…ライオット様。お二人には私から説明します。どうか、お静かに」

「はいはい」


 ドアを開け食堂へ入ると父さんと母さんが目に入る。


「ライオット!神託の儀式お疲れ様!」


 そこには豪華な食事が並んでいた。兄のラースは寮にいるためここにはいないが、もしいても食べきれないほどの量だろう。


「凄いでしょう?シリアと一緒に、たくさん作ったのよ?」

「凄い!早く食べよう!」

「まぁそう急くな。まずは信託の結果から聞こうじゃないか。その分だと期待していいんだろうな?」


 ええー先に食べようよー冷めちゃうよー


「……私から説明いたします。どうか、どうか落ち着いてお聞きください」


 シリアが神妙な顔つきで話し始める。俺も神妙な顔をしておこう。


「…結果から申し上げます。ライオット様は、神託の儀式に失敗しました」



『………?』



 場が止まる。


「失敗…?どういう事だ?神様から加護を頂けなかったという事か?」

「い、いいのよライオット。神様でなくたって?言ったでしょ?どんな加護でも私達は怒らないわ?」

「いえ…違うのです…言葉そのままの意味で…儀式に失敗…つまり、ライオット様は加護を頂けなかったのです…」



『……………』



「それはつまりどういう事だ?加護を授かれなかったと?そんな事はありえん。プレートを出しなさい。どんな精霊でも怒らないと誓おう。さぁ、ライオット」


 俺は静かにプレートをテーブルに置く。


「な…んだ…これは……?」

「加護も…レベルも…無い…?」


 二人は目を見開いてプレートを見る。そんなに驚く事か?プレートに息子はいないぞ?俺は目の前にいるんだぞ?


「父さん、母さん。たしかに加護は貰えなかったけど、僕はちゃんと生きてるよ?たぶん神様も」



「どういう事だ!ライオット!!シリア!なんだこれは!神父は何をしていた!!」

「落ち着いて下さい旦那様!神父様とも話しました!前例はありませんが、プレートがある以上これがライオット様の加護の形だと!」

「これが加護だと!ふざけるな!フリード家は代々上位神の加護を授かる!それがなんだこれは!」

「ライオット…?あなた…何をしたの?何をしたら…こんな…毎日お祈りしてたわよね…?神様……」


 言いながら、母さんが倒れた。


「母さん!!」

「奥様!!」


 シリアが母さんを抱え食堂を出て行く。


「…私も書斎へ行く」



 俺は一人、残された。




 いや待ってくれよ。



 目の前に元気な息子がいるのに安っぽいプレート見て血相変えて…



 神様にお伺い立てて貰うんだから気分次第で貰えない事だってあるはずだろ?



 だって加護だぜ?



 神様が護ってあげるって事だろ?



 加護が無いって事は、俺は神様に護ってもらわなくても生きていけるって事だぞ?








 俺は…甘く見ていたのか?


 この世界は、加護が全て。

 それは、俺が思っていたより根深く、深刻なのかもしれない。


 シリアの言ってた通り、あの様子じゃそのうち追い出されるかもしれないな。









      俺が証明してやろう。





   加護なんか無くても生きていけると。


   加護なんか無くても強くなれると。







   俺の筋肉で、世界に、理解らせてやる。






 俺はすっかり冷えた肉を一人で頬張った。塩辛かった。

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