第一章

第5話

「29……30!ふうぅぅ…ライルー!プランクまで合わせて4セット、終わったよ!」

「よし!ジルニアもだいぶ体幹が安定してきたな!少し早いけど今日はもう終わりにしよう。あっストレッチはちゃんとやるぞ」

「んーわかった。少し追い込みが足りない気がするけど、明日は神託だもんね。」

 汗を拭いながら俺たちは二人でストレッチを始める。


 ジルニアと出会ってから2年、俺達は5歳になった。



 二人の間を取り持ってくれたのは、やはり、筋肉だった。




—————————————————————




 2年前。


 俺は加護話しで盛り上がるラースとルビアから離れて、ジルニアに聞いた。




「筋肉に興味ある?」




 俺の問いかけに、返ってきた言葉は




「きんにくってなに?」




 ジルニアにそう返された時、俺はチャンスだと思った。この世界へ転生した俺の目的、筋肉布教活動の第一歩としてジルニアに筋肉とは何かを説き、ぜひ魅力に気付いてもらいたいと!



「筋肉ってのは…生きる目的…かな。常に側にいてくれる相棒…全ての答えがそこにあるんだ。悩んだ時は筋肉に聞けばいいし、落ち込んだ時は慰めてくれる。決して裏切らないパートナー。確かに育てるのは大変だし、キツい。でも、そこを乗り越え、共に育ち、共に歩んでいくってのが僕の人生の目的かな。僕は筋肉に全てを捧げるために産まれた、そう思わせてくれるのが『筋肉』かな」



 脳内では国営放送のBGM。

 言ってて止まらなくなった。正直引かれるのは覚悟していたが、返ってきた言葉は







「きんにくってすごい!!!」







 ジルニアは…すごく素直な子だった。





 そこから産まれて初めてのヒンズースクワット。ゆっくりと、怪我をさせない様に慎重に教える。15回を超えたあたりでジルニアは応接室の端っこで汗だくになり、筋肉が痛みという形で悲鳴を上げる。そこからさらに、5回。





 ジルニアは、泣いた。






 ジルニアが産まれてすぐの事。体調を崩した母親はそのまま亡くなったらしい。ジルニアには母親の記憶が無い。それがずっと気にかかっていた。


 お母さんがいないのは私のせい


 私が産まれなければお母さんがいたのに


 そんな負の感情の谷底にいたジルニアを、筋肉が救い上げた。



 汗をかき、筋肉と対話する。



 俺が教えたのはそれだけだったが、ジルニアは衝撃だったらしい。


 貴族の子どもは、5歳になり加護を得るまでは外で遊ばせてもらえない。部屋で本を読んだり客を招いてお話ししたりがほとんどだ。過保護なもやしっ子である。

 ジルニアも例に漏れずそんな事してたから精神が病むのだ。

 ろくに汗もかかず、運動もせずでどうやって健康的な体や精神がついてくるのか。

 体を鍛えると言うことは、それ即ち精神をも鍛えているのだ。



 



 初めて汗をかき、筋肉が痙攣する。全身が酸素を求め、生きようとする。




 その痛みで気付いたのだ。


 母から貰った自分の体を

 母から貰った生を

 母の分まで成長したがっている筋肉を


自分が痛めつけた筋肉の叫びで実感したのだ。





 そこからはもう言わずもがな。


 俺はジルニアのトレーニングメニューを考え、ジルニアは忠実にそれをこなした。

 辺境伯も日に日に段々と顔が晴れていく娘を見て俺らを積極的に会わせてくれた。

 会うたびに俺の部屋かジルニアの部屋で一緒にトレーニングを行なった。

 男女の違いはあれど、互いに切磋琢磨する日々は楽しかった。


 ちなみに、応接室で泣いてるジルニアを見たシリアは、俺をめちゃくちゃ怒った。会ったばかりのお嬢さんに運動を強制して泣かせたように見えたのだろう。

 事情を説明したが、それでも怒られた。げせぬ。




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 ストレッチが終わった俺たちは、部屋のベッドに腰掛ける。シリアに作ってもらったプロテイン(味のついた鳥肉を風魔法でめっちゃ乾かしたやつ)を齧りながら一息ついた。


「…いよいよ明日ね」

「ああ。神託が終わったらまたうちでトレーニングだ。明日は下半身重視だぞ」

 鍛える部位にはちゃんとスケジュールがあるのだ。


「…ライル。加護を貰ったら今までのトレーニングって無駄になっちゃうのかな…?」

「無駄なトレーニングなんて無いよ。この2年間の積み重ねは僕らの血と、骨になってる」

「それはわかってるわよ。そうじゃなくて…なんか、コワイの…屋敷の人に聞いても加護を貰う前にトレーニングした人なんていないし。むしろトレーニングって何って言われたし。加護を貰ったら世界が変わる、とか、加護のおかけで屋敷にいるとか言われたら…」


 むむ。ナーバスジルニアが出てきているな。神託があるからといって早めに切り上げない方がよかったか?


「大丈夫。ほら、丹田に意識を集中して?大腰筋に聞いてみなよ」


 ジルニアは先ほどまでのトレーニング部位である筋肉に手を当てる。下腹部の前と後ろだ。


「………!聞こえる……!育てた筋肉の声……!痛いって!でも、今より大きく、強くなるんだって叫びが!」


「ね?その筋肉達はジルニアと今まで一緒に歩いて来たんだ。ジルニアが産まれてからずっと一緒。これからも必ず側にいてくれるよ。加護なんかに負けたりしない」



「…うん!私がバカだったわね!鍛えた筋肉がここにあるのに不安になるなんて!」


「筋肉は裏切らない。裏切るのは、自分だ。大丈夫、ジルニアの育てた筋肉を信じて!」


「ありがとう…ライル!」


 良かった。ナーバスジルニアは去ったようだ。


「その…ライル。お願いがあるんだけど…」


「珍しいね、ジルニアからなんて。いつも僕がお願いして新しいトレーニングを試すのに。でも今日はもうストレッチしたし、明日の方がいいんじゃないかな」


「違うの!えっとね…儀式がんばろうねって事で…ジルニアじゃなくて…ジルって呼んで欲しいの!」


「…?わかった。じゃあ、ジル。明日は頑張ろうな」


「!!あ、ありがとう!これからはジルって呼んでね!ライル…また、明日!」


 ジルは決意表明?をして去っていった。俺も明日の準備でもするか。



—————————————————————



 そして次の日。



 やって来ました。


 来てしまいましたよ強制ドーピングの日が。


 あの世で会ったあの自称神にまた会うんだろうな。どうやって加護を蹴るか…転生直前に意思表示はしたつもりだが、ゴタゴタしてたから受理されたか微妙だ。


 朝ごはんを食べ終わった俺は、自室に戻り着替える。シリアは馬車の出迎えだろう。


 硬いボタンに苦労しているとノックも無しにドアが開いた。きゃーエッチ。


「ライオット。フリード家の男子であり、日々の祈りを欠かさなかったお前ならきっと神様の加護を頂ける。私が帰る頃には朗報を期待しているぞ」



 父さんだった。唐突に無茶を言って去っていった。顔怖いわ。いやお祈り無効のランダムガチャでしょ?期待には応えられないんじゃないかなぁ。オレ神嫌いだし。


 入れ違いにシリアが来た。


「ライオット様、馬車が参りました。ジルニアお嬢様も乗られておられますので、早く向かわれるようお願いします」

「急かさないでよ。この服ボタン付けるの難しいんだから」

「あらあら。お母さんが付けてあげるわ。…はい」

「…ありがとう。じゃあ、行ってくる」


 母にボタンを付けてもらうのは精神年齢的に少し恥ずかしいが、指が小さいからな。しょうがない、うん。

 3人で部屋を出て足早に馬車へ向かう。

 おっジルが見えた。


「おはよう!ライル!いよいよね」

「おはよう、ジル。まぁなるようになるよ」


 今までのようにジルニアではなく、ジルと呼んだ俺を母さんとシリアが見てくるが、小言は無いようだ。


「奥様、ライオット様、シリアさん、おはようございます。快晴でなによりですな」

「フールさん、おはようございます。ほんと、雲一つない良い天気ですね。今日はよろしくお願いします」


 母さんが話しているのはいかにも好々爺といった感じの人で、名前はフールさん。小さい体にサンタの様な顎ひげを携えて、見た目通り優しい。俺達のトレーニングに協力してくれる良い人だ。


「アイシャ様!おはようございます!」

「ジルちゃんもおはよう!今日は特に可愛いわねぇ!」

「あ、ありがとうございます!」


 たしかに今日のジルの服装はお互い初めて会った日を思い出すフリフリだ。


「じゃあ、ライオット、しっかりね。あなたなら大丈夫。お父さんは厳しい事を言ってたけど、きっとどんな加護でも受け入れてくれるわ。というかお母さんが許さないもの。一緒に行けないのが残念だけど、フールさんとジルちゃんに迷惑かけちゃダメよ?シリア、よろしくお願いね」

「わかった。ちゃちゃっと貰ってくるよ。あっ、お昼御飯食べたら二人でトレーニングするからね」

「はいはい。お肉焼いて待ってるわ。それじゃあ、頑張ってね。ライオット、ジルちゃん」

 言いながら母さんが俺とジルを軽く抱きしめて挨拶を終えると、俺らは馬車へ乗り込んだ。


「ふぉっふぉ。では、向かいますかの」


 フールさんが御者に合図を出すと馬車が動き始めた。


 国境付近にあるこの街、ローランドは貿易が盛んらしい。人口とかシリアから教わったけど全く覚えてない。歩く人がわいわいしてるから栄えているんだろう。馬車の窓から流れる街並みをぼーっと見ていると15分くらいで教会に着いた。ジルは緊張してるのか会話はほとんど無かった。


「ライオット様、ジルニア様、お気をつけてお降りください」


 俺はシリアの手を無視してピョンと馬車から飛び降りた。


「ライオット様!危ないですよ!」

「へーきへーき。シリアは過保護なんだから」

「もうライルったら」


 ジルがシリアの手を借りながらゆっくりと降りてくる。


 おお、綺麗だ。


体幹トレーニングの成果か、軸が全くブレていない。


 教会の前には数台の馬車があり、保護者が待機している。まぁ街中の五歳児が集まってくるわけじゃないからこんなもんだろう。区画も日取りも申請順でわけられてるからな。


「ほらジル、早く行ってちゃちゃっと終わらせよう。午後もトレーニングあるんだから」

「ライル、待ってよーこの服歩きづらいんだから!それに急いでも早く終わんないよ?たぶん午前全部使うし」

「気分の問題だよ!あれ?俺たちって最後の方なの?遅れた??」


 教会に入ると数十人の子どもが簡易的な椅子に座っていた。思ったより俺の声が響いてしまい、一斉に視線が集まる。よせよ照れるじゃないか。


「ようこそおいでくださいました。時間にはまだ余裕がありますが、あなた方で最後です。これで今回の信託の儀、30名、全員揃いました」


 俺たちが最後だったらしい。みんな早いね。

 ジルと並んで席に座ろうとするとシリアとフールさんが追いついてきた。

 フールさんが神父に丁寧なお辞儀をしながら挨拶をして何かを書いている。


「神父様。どうぞよろしくお願いします。では、シリアさん、行きましょうか」

「はい。ではライオット様、ジル様、後ほど」


 そう言って二人が馬車へ戻っていく。待ってる間どんな事喋るんだろう、想像がつかないな。案外共通の趣味とかあるんだろうか。


 神父が教会のドアを閉めた。


「それでは、皆さん。これより信託の儀式を開始いたします。難しいことはありません。名前を呼ばれたら大きな声で返事をして、像の前に来てください。そこで神様にお祈りをしたら加護を授かります。目の前にプレートが生まれますので、それを受け取り、私に見せて下さいね」


 いわゆるステータスプレートってやつだ。ラースに見せてもらったけど免許証みたいなサイズ感で、素材はわからないけどオレンジ色のアクリルみたいだった。絶対違うだろうけど。


「不安かもしれませんが、見ていればすぐわかりますよ。呼ばれる順番は教会に入ってきた順番になります。では、アトスくん、こちらへ」

「は、はい!!」


 みんなに凝視されながら一番乗りアトスくんが前に出る。おー緊張してるねぇ。今後の人生が決まる単発ガチャだもんなぁ。しかもドーピング道の始まりときたもんだ。


「ゆっくりでいいですよ。…はい。では、祈りを」


 アトスくんがゆっくりと跪き、手を合わせる。


 待つこと10秒くらい


 跪いていたアトスくんの周りを囲うように、ボワッと一瞬、青いオーラが出た。


 なんだ?!

 格好いいな!


 周りの子ども達もざわざわしている。当のアトスくんはゆっくりと目を開けゴソゴソしている。おーすごい、空中にカードが浮いてる。


「おめでとうございます。これでアトスくんは無事加護を授かりました。授かる瞬間に発現した青い光ですが、属性や種類によって色も形も様々です。怪我をしたり気分が悪くなることはありませんので、驚かないで下さいね」


「ライル!すごいね!綺麗だったね!」

「うん。ちょっとカッコ良かった」


 ジルとこそこそ話す。


「それでは、次に進みます…………」





 初めの緊張はどこへ行ったのか、子ども達がワイワイと騒ぎながら進んでいき、あっという間にジルの番になった。


「それでは、ジルニアさん、前へ」


「はい!…ライル、行ってくるね」

「おう、頑張れ」


 ジルが前に出て跪く。




 しばし沈黙。

 この時はさすがにみんなしんとなる。






……長くないか?





 前の子ども達より長い沈黙の後。






 バチバチバチッ!






「ジル!?」



 ジルの周りを激しい雷が覆った。

つい声が出て、席も立ってしまった。




 光が収まると、そこにはプレートを手にしたジルがいた。当然傷一つない。



「今のは…いったい…?ジルニアさん、大丈夫ですか?」


 神父が声をかけるが、ジルニアは動かない。


「ジル!?」



「平気よ!ちょっといっぱいお話ししちゃったの。神父様、はい、プレートです」



「おお…これは…雷の神様…?初めて見ました…おめでとうございます」



 神様の加護か!そうか今のはSSRの演出だったんだな!

 今までにない派手な演出に子ども達のテンションが上がる。精霊ではない、神様の加護も今日初だからな。


 ジルが席に戻ってきた。どこか誇らしげな顔をしている。

「おめでとう、ジル」

「ありがとう。えへへ、神様といっぱいお話ししちゃった」


 そうか、話せるのか。転生前を思い出すな。さぁて、アイツに一発文句言ってきますか。


「それでは、最後になります。ライオットくん、こちらへ」

「はい!」



 視線を受けながら像の前まで歩く。

 跪き、目を瞑って手を合わせる。



 俺の視界は暗くなっていった。










……………いや待って。






目を瞑って視界が暗くなるの普通じゃね?





あれ?なんも起きなくない?




おーーーい、神ぃー!



おーーーい!



おーーーい!!




え?










 静かな教会が少しずつざわざわしてきた。


 いや確かにオレ加護いらないって言ったけど!アイツ神託の時に記憶がどうのこうの言ってなかったっけ?

 頼み事したんだからここで会いに来るのが道理じゃない?


 跪きながら横目でチラッと神父の方を向くと目が合った。

 困った顔しないで、俺も困ってる。


「…ライオットくん。せ、精霊や神様との対話はできましたか…?」


「いえ、何も…」


『…………………』



 沈黙に耐えられず立とうとしたら、足に何か当たった。

…プレートだ。拾い上げる。


「えっと、神父様、これ…」


「お、おお!なんだちゃんと加護は授かってたようですね!えっと……え…?」



 神父の持っているプレートを覗き込むと、そこには


ライオット・フリード


レベル -


加護  -






んーと…






やったぜ!




脱!ドーピング!!

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